風の丘
アリスはそのまま歩き続けた。森の中は歌声だけが響く。
風も吹かない。
ここは本当に森だろうか。森の入口ぐらいしか入ったことがないが、こんなに静かだったことはない。
アリスの足元の草もなんだかおかしい。先ほどまでは突き出した木の根に何度か躓くことがあったがもうそれもない。
随分と短く歩きやすい。いつの間にかアリスは細い道を歩いていた。
そして前方が明るい。アリスは光に向かって歩き出す。
森を抜ければそこは遺跡の丘だった。確かに森は村を囲むように存在していたが遺跡の丘は森にそれほど近くはなかった。
アリスはよろけて太い木の幹に手をついた。かさついた感触とやわらかい苔の感触がアリスの掌にあった。
それでも何度も訪ねたことのある場所だ。そして森の中あてどなくさまよってきたアリスにとって家に帰る道しるべ。アリスは思わず丘に向かった。
見慣れた読めない文字を記された柱をアリスは撫でた。
それは普段見るそれと何ら変わりがなく。そしてアリスは後ろを振り返ってみた。
森がなかった。
いつも通り開けた草地が広がっていた。
アリスは自分の掌をのぞき込んだ。さっき間違いなく振れた木の幹の感触を何度も思い返して、確かに森はあったのだと。
風が吹いてきた。アリスのこげ茶の髪が揺れる。そして風はどんどん強くなる。そしてアリスは立っていられなくなった。
風はアリスの小さな体を吹き飛ばそうとするように吹く。
この地方ではこんな強い風は冬にしか吹かないはずなのに。
アリスは風から目を守ろうと両腕を顔に掲げた。
風は暖かい、こんな季節に吹く風ではない。
どうしよう。丘から家に帰ることはできるけれどこんな強風が吹いていたら歩くことができない。
うずくまったままアリスは周囲を見回した。
誰か助けを求めようとしたが人の姿は見えない。
背後から足音がした。
振り返ったアリスは助けではなかったと落胆した。
メイフェザーがうずくまったまま動けないアリスに近づいてくる。
「やっと見つけた」
アリスに向かって吐き捨てるように言う。
「さて、あれはどこにある?」
アリスはそれを理解できない。アリスは何かをどこかに隠した覚えはないのだ。
「なに?」
「ごまかすな、お前が知っているだろう」
「知らないの」
アリスをこの場所に縫い留めている風は何故かメイフェザーには当たっていない。
アリスの髪をなびかせている風はメイフェザーの乱れた髪を全く揺らしていないのだ。
この不可解な現象に興味もないのかメイフェザーはアリスの身体に手を伸ばそうとした。
「詩を、あの詩を」
うなされるようにメイフェザーは呻く。
「デイジー」
アリスは呟いた。風に溶けた詩を歌う者の名を




