第十四章・これはこれで氷の副官
「あー、二時間も凍り付いてたせいでタイムロス~」
王宮の地下にある禁書庫でメルは情けない声を上げる。
「おれなんか中腰で立ち上がりかけたとこにフリーズ来たからマジで腰イター」
「あー、そいや長老の話、早いとこ聞いときたいかな。一応こっちに呼んできてくれる?三長老といわず五長老でも十長老でも。とにかくなんか知ってそうな人全部。将軍に折られる前に確保おね!」
最後の切実な一言にロヴも強くうなづいた。
「まあ行ってくるけど、ちょっと時間もらうよ。ゾンビってかミイラになってるかもだから、爺さんたち」
「ああ、ゆっくり食わせて飲ませておいで。手伝いはシアでも呼ぶから」
「ほいさっさ」
ロヴが出て行くのにあわせて、先ほどふらりと出ていったイルシアを呼ぶための伝令を呼ぼうと書庫から出ると、ジャストなタイミングで本人と副官のカレドラセルがこちらにやってきた。
「あれえ?おれまだ呼んでないのに、もしかして心の声届いちゃった?」
「うちの子をそんな電波な人間にしないでいただけますか、メルトーヤ閣下」
カレドラセルはむろんメルに対して容赦ない。
しかし容赦ない人々に囲まれているせいでメルの毒舌耐性はかなり高かった。それよりも副官のうちの子発言のほうが気になって仕方の無いメルであった。そしてメルの中で、カレドラセル=シアのおかんという図式が出来上がるのだが、同様の図式が自分とロキスタに当てはめられてることをメル自身は知らない。
互いに互いの副官はおかんと認識しているが、自らを包む母の愛にはなかなか気づきにくいようだ。
「ああ、古語の書物も大量にあると聞いたからカッレをつれてきたんだ。おれも読めないことはないが、どちらかというと高いところの書物を取ってくる任務などが得意だ」
「イエス・脳筋・オブ・ザ・イヤー。まあ入って入って。埃っぽいけど」
「あ、ではわたくしは先に隣の部屋を片付けてまいります。みたところ、この書庫は保管が第一目的のようですので庫内での読書はお勧め出来かねます。幸い隣室は天井が高く取ってありますのでいくらか明かりを持ち込んでも空気が悪くなることは無いでしょうし。よろしければイルシア様もこちらのお部屋でお茶でもいかがですか?書庫内では基本飲食厳禁ですし、力仕事にしてもまずは先立つものがございませんとね」
書庫への立ち入りを丁重に断った副官の目はこう言っていた「うちの子をそんな暗くて埃っぽいところで働かせたりしたらただじゃおかないからね!」
メルは首をすくめてひっそりと書庫に戻った。
メルが書庫でごそごそとめぼしい書籍を選んで隣室に持ち込むころには隣室はカレドラセルの手によってとても居心地のよい素敵空間に作り変えられていた。
暖炉で赤々と燃える炎。焚き染められたハーブのすがすがしい香り。優雅な猫足のテーブルセットにはカレドラセルが部下から没収した美しいレース編みのテーブルクロスがかけられている。
カレドラセルは埃まみれのメルを見て、冷たい視線で足元の雑巾を指した。
「えっと、この部屋を汚さないために埃を拭けということですね」
メルはおとなしく部屋の手前で書籍の埃を払い始めた。
「終わったら雑巾を洗うついでにご自分のお顔も洗ってらしたほうがよろしいですよ」
忠告とも警告とも取れるカレドラセルの一言…はおそらく後者、もしくはいやみ的なものであろうと思われる。
「それと、本は中へ。先に目次だけでも現代語に訳しておきます」
厳しいのか優しいのかわからない副官である。
そそくさと水場へ向かい、冷たい水で雑巾を洗い、手を洗い、顔を洗うメル。
はっとこの行為にこめられたカレドラセルの無言の悪意が垣間見えた気がした。
「この雑巾で、顔を拭けと?」
継子いじめ的仕打ちにフリーズするメルに、戻ってきたロヴが声をかけた。
「すまん、遅くなった…っておま、せめて顔くらい拭けよな」
そういってロヴは手巾を取り出してメルにほおった。
「あ、そうか手巾という存在があった」
イジメかも!?という衝撃に、メルの脳内からは手巾という存在がすっぽり抜け落ちてしまっていた。シアの副官がそこまで鬼ではなかったことにメルは心から安堵した。
「で、そちらは?」
顔をぬぐい終えたメルはロヴがつれてきた枯れ果てた老人たちを眺めて問う。
「うん、とりあえず部屋に入ろうぜ、書庫じゃなくて隣の。あっちならゆっくり話もできるしな」
「隣室の存在を知ってたんなら先に教えて欲しかった…あやうくシンデレラストーリーを地で行くとこだったよ、しかもさわりだけエンドレス」
「なにその苦行」
「うんちょっとね、自分の上官を猫っかわいがりする過保護部下がおれをかなりハイレベルな虫けら扱いしてくれるからさ、なんだかちょっと目の前が暗くなったのよ」
「あー、あのおかっぱメガネな。いかにも意地悪そーなツラしてたし」
「うんうん、ツラはともかく雰囲気がヤバくてさ」
「にらんだら人殺せそうな感じ?」
「おれ多分ヤツの脳内で三回くらい死んでるわー」
たわいない会話をしながら雑巾を干し終えた二人はくるりと後ろを振り向いた。
そこには極上の笑顔で微笑んでいるカレドラセルの姿があった。




