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第十三章・ある意味氷の副官

 王と周辺の治安維持活動を兼ねた優雅な紳士のたしなみである狩りを満喫するはずだったイルシアは、まあ予定外のなにやらで部下ともども王宮に戻ってきていた。

「シア、ようこそおれの素敵空間へ」

「いやいや、ここって王の第二執務室なんだけど」

「ロヴ、良く見て。採光度外視の設計、明かりも少ないしなによりこの素敵椅子。どう見ても本来の用途、執務じゃないでしょ」

「メル、それが本音と建前というヤツだ。指摘すると野暮だといわれるぞ」

 ここに来るまでに濡れた外套は脱いできたようだが、軽くタオルドライしただけのイルシアの髪はまだやや湿っている。同様に湿った上着を脱いでくつろぎモードに移行したイルシアは手の一振りでメルをゆり椅子から追い払い、心地よいくつろぎを約束する椅子にゆったりと体を沈めた。

「おー、ジャスト国王サイズ」

 感心したようにロヴがつぶやく。これを常々利用していた王もイルシアも堂々たる偉丈夫。ちんまりと止まり木に止まっているかのように見えたメルと違って、イルシアのゆり椅子に座る姿はじつに堂に入っていた。

「…いや、王ってサイズで決まるもんじゃないから」

 ちょっと拗ねたようなメルのつぶやきを無視してイルシアが外で起こった出来事を報告する。

「王妹、遺跡に逃亡か!?って見出しがつく感じ?」

 イルシアの話を聞いたメルがざっくりとまとめた。

「その流れだと次の記事は、恐怖!!人が忽然と消えうせる謎の遺跡とか?」

 ロヴも調子を合わせる。

「どうも巷ではそういう噂が流れているらしいな。調査隊を派遣できる場所じゃないから詳しいことはわからんが」

「遺跡は王の直轄になるからねえ…。そこらへん、王位第一継承者的にはどんな情報もってんの?」

「ゴリラ以下になに期待してんのさ」

「…そうだね、遺跡関係のこと、詳しいのってどの辺?」

「んー、三長老とか、あとは王も少しは知ってるはずだよ。あ、でも一番詳しいのは王室伝承管理部の方かも」

 聞いたことの無い部署にメルとイルシアは顔を見合わせる。

「祭祀官とか式典官とかさ、儀礼やしきたりとか細かいのがいろいろあるわけじゃん?そういうのを一括して情報まとめてるのがその管理部ってとこで…。んでなぜか遺跡の管理もそっちの管轄なの」

 それが本当なら、メルトーヤが限られた情報の中で出した仮定を裏付けるさまざまな情報がそこに埋もれているはずである。ロヴに対してはかなり吹いていたが、実際のところ現在メルが把握している情報は裏づけが不足している。自説を補強する事実があるのならのどから手が出るほど欲しいところではある。

「えーっと、そのなんとか部の部長さんて誰?責任者の人と話できる?」

「んー、現在桃花の塔の233号室でゾンビになってるパスィシル爺様だな、うん」

「よし会おう、いますぐ会おう」

 いろいろ状況を整理する必要があるためイルシアとも情報交換しなければならないことはわかっているが、メルは自らの探求する智への執着に負けた。

 そのとき、部屋のおくからごそりと物音がした。

 ゆったりくつろぎモードでいた三人のうち、まず体育会系脳筋を代表してイルシアが、ついで頭脳派を自称するメルが、それぞれ立ち上がって剣の柄に手をかけた。ちなみにおぼっちゃん育ちで魔法以外使ったことのないロヴは長いすにくつろいだまま、視線だけ音のしたほうに向ける。

 カーテンで仕切られた執務室の奥から物音は聞こえてくる。

「だ、誰だ?」

 警戒心を持ち合わせていた二名のうち、やや心もとないほうが噛みつつ誰何する。

「うんむ?その声は、メルか?」

 その声はメルにとって聞きなれたものであった。

「古今無双の脳筋、カンピオ将軍?」

 警戒を解いて、メルがカーテンを引く。

 執務室の奥にはでんと巨大なベッドが存在していた。ゆり椅子、長いすならまだなんとか言い逃れもできようが、さすがにベッドの存在はこの部屋の執務について王の正式見解を待ちたいところである。

 そのベッドに身を起こし、ぐいと伸びをしているのはあやまたず、メルの配下のカンピオ将軍であった。

「塔内の見回りをしておったら持病の腰痛が出たもんで静養しとった」

 ちなみに将軍に持病など無い。

「あ、えっと。そうでしたかすみませんはい」

 なぜか部下に敬語のメル。

「なんぞ、よくわからぬ難しげな話をしておったな」

「あ、聞いてましたか、お耳を汚してしまってすみません」

 やはり敬語。そして卑屈なメル。

「だがのー、233号室のな、あれな」

「将軍、もしかしてすでに確保ですか?野生の獣並みの第六感で彼が重要人物だとわかったんですね」

「んー」

 メルのやや失礼な表現は気にも留めず、そして同様に情報を持つ人物の重要さにもまったく心を砕かず…。将軍はおもむろに言った。

「その者、わしゃ、折った」

「はい?」

 なぜか三人ハモった。

「わし、三文字以上の言葉で理屈っぽい話されるとな、つい折ってしまうのよ。ぬはは、悪い癖だからまあ許せ」

「えっと、だからの使い方が将軍専用です」

 決して間違っているなどといわないのがメルの賢明さである。たかがツッコミでも折られる可能性はある。となればツッコミの言葉も選ぶも道理であった。

 ちなみに将軍の「折る」は「殺す」の婉曲表現である。脳筋なのに慎み深い一面もある将軍であった。というか婉曲も何も、その巨大な体躯にみっしりついた筋肉の量を思えば彼に折られても死なないのはすでに死んでいるものくらいだろう。メルなら将軍の親指と人差し指で簡単に頚椎を折られるはずで、イルシアですら将軍の鯖折をまともに食らえば窒息死をまぬかれない。

「おれの説の補強…はい消えたぁ!」

 メルが現状把握してがくりと膝を突いた。

「ぬん?折っちゃあまずかったか?」

「いえいえいえいえ、将軍が折りたいと思ったのでしたら折りましょう是非」

 いいつつうなだれるメル。

「一応葬る前に身包みはいできたがのう。がらくたばかりじゃ。みるか?」

「はい、見ます」

 しょんぼりしながら将軍の戦利品を見るメルの目の色がみるみる変わった。

「これ、禁書館の鍵!こっちは祭祀場の鍵だしこれは…墓所の鍵!」

 いずれも特定の王族しか入れない場所であり、そこに眠る情報の膨大さはメルが欲してやまぬものである。

 小躍りするメルとそれを遠巻きに見るイルシアとロヴ。我関せずと再びベッドに横たわる将軍。

 そこへ、再度ノックの音が聞こえた。

「メルトーヤ閣下、イルシア閣下、元第一王位継承者様、こちらにいらっしゃいますね」

 凛とした声の響きはメルの副官のものだった。

「すみませんなぜわたしだけ役職名的なアレ?」

「失礼、王位継承権整理番号一番をお持ちであった方といったほうが正確でしたでしょうか。わたくし王室の作法には疎いもので」

 問答無用でドアをあけて室内に入ってくるロキスタの威容に気おされ、ロヴは蚊の鳴くような声ですみませんでしたとつぶやき長いすに戻って負け犬らしくうなだれた。

「ぬ?誰かと思えば、ロッキーか」

「あら、あなた。こちらにいらしたの?」

「うむ、なかなかよいベッドがあってな。おまえもどうだ?」

「あなたったら、まだ昼間よ?」

 このやりとりを聞いて脳内をフリーズさせてしまったもの約一名。

「…あれ?あの、もし。違ってたらすみませんがあの、おふたりは…その」

 しどろもどろになりながら、ロヴは一生懸命回らぬ頭を回転させる。

「夫婦、ですがなにか?」

 容赦なくロキスタは事実をびしりとつきつける。

「はいすみませんわたしは貝になりたい」

「誰も止めないわ」

 慣れたとはいえイルシアですらいまだこの夫妻が会話している場面に出くわすと多少固まる。そしてメルは「美女と野獣というよりも鬼に金棒」などと余計なことを言ってはいつも三途の川を渡りかける。

「ロッキーの旦那さんがいい仕事してくれたんで、おれはこれから書物漁りなどにいそしみたいなと思う所存だけど」

「かまいませんけど、一応報告いたします。王族確保前と後の気象、作物の生育、土壌の成分分析等ひととおり終了し、グラフ等の資料も完了いたしましたので」

「あ、それ見る。見たいな」

「本の虫になるのでは?」

 言外に虫けら的立ち位置がお似合いですと、冷ややかな目でメルを見つめるロキスタ。言外の言葉を理解できてしまうメルは鍵束を手におとなしく退出するしかなかった。

「あ、でもね。一応こっちのめどが立ったらロッキーの報告も聞くから。それと、ちょっと識者での検討会を計画してるから報告書の複製もお願い」

「ここまでくればもう力押しで普通に王位につけますものを…。識者などより民衆へのアピールを練習しくさったほうがよろしいのではと愚考いたします」

「おい、メル。わしの嫁に自らを愚かと言わせておるなら…。折るぞ?」

「やだあなた、これは自らを貶めることにより相手の相手の愚かさを揶揄するという先祖伝来の礼儀作法よ。あまり細かいことにめくじら立てちゃいやん♪」

 ロスキタの「いやん♪」発言によりその場が瞬時に凍りついた。

 その氷は容易に溶けはしなかった。


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