第十二章・王族も知らない魔術のきほんのき
「ロヴ、なんでおれに魔術が宿ったのか、お前ならどう思う?」
メルはロヴを個室に招いた。小さな部屋だが暖かいアイボリーを基調とする室内装飾が部屋をあまり狭く見せない。むしろ閉塞感よりも、心地よいプライベートな空間にいるような気分で、そうなると多少の狭さがむしろ心理的な安堵感を与えてくれる。
「さあね、本気で回答しようと思うなら始祖魔術師の謎から解明しないと答えはでそうにないね」
「ロヴがめずらしく物事の重大さを正しく認識しているようでうれしいよ」
「え?めっちゃあさっての方向にボール投げてみたんだけど」
「それがストライクとか、どんな方向感覚してるのさ」
「待ってよ、始祖の伝承とかほとんど残ってないのよ?どうやって謎を解く気?」
「手がかりが完全に失われたとは思ってない。魔術を得た身として、これまでひそかに魔術の仕組みについていろいろと実地で検証をしてみた結果仮説めいたも推測ならできたさ。おそらくそこが足がかりになってくれる予感がする」
「そんなんで始祖の伝承に迫れるかなあ」
「始祖の謎説きがそのままおれの存在の謎を解くとは思ってないけど、おれの存在を含めてさ、この国には奇妙なことがたくさんあるよね。一番奇妙なのはきみら王族と王族が使役する魔術なわけで」
「これってそんなに奇妙?」
「国内にいてはあんまり当たり前すぎてわかりにくいかもしれない。でもおれメヒスアルワに留学してたこともあってさ、まあ外から見たこの国っての、ある程度客観的に見ることもできるのよね」
「メヒスアルワにも呪術師とかいるらしいじゃん」
「うん、だけどあれは原始的な宗教観と多彩な薬草と地味な心理学が組み合わさったものだ。できることといえばせいぜいが、司祭が命張って雨乞いの踊りを踊って低確率で雨が降るくらいのものでさ。それでも呪術として成立してるのは、雨が降らないのは司祭が呪術に失敗したせい。呪術自体の否定にはつながらない論理を確立してるからなんだよ」
「うん、理解不能。続き頼む」
「えーとね、つまりなんていうか。まああっちでは、どのみち摩擦によってしか炎は生み出せないわけよ。こっちみたく、何もないとこからあっさりファイヤボールとかライトニングボルトとか出せないの」
「おれたちの魔術とメヒスアルワの呪術は別物だってことかしら」
「そこが理解できれば十分。うん、そういうわけで、この国の魔術に似たものはメヒスアルワはもちろん、ほかのどの国にもない。ちなみに遺跡ね、あれもこの国だけにある。そして遺跡のロストテクノロジーの恩恵で、この国はほかの国に比べてはるかに文明の成熟度は高いんだ。それは技術力に顕著に現れている。他国にいってびっくりするのはさ、農業はただ平地に種をまくだけ。育つかどうかは天候任せこれ基本。建築なんて石組みはおろか、木と紙しか使わない国とか泥しか使わない国とかざらにあるし。上水と下水の概念もないね。それってつまりね、進化の系譜を基本とした発展と、この国の技術は異質だってこと。遺跡のせいっていっちゃえばそれまでだけど、この国の文明は異質だよ、どっかでショートカットしてる。そうそう…他国の神具みたいなのはほぼ確実にうちの国の遺跡からの不正規流出したガラクタが原型ぽい」
「待って…がらくたが神具って…」
「うん、そんだけの差があるんだよ、そしてその差がどれだけ異質なものなのかほとんどのひとは理解していないと思う」
「でもさ、変じゃない?そんなにうちの技術レベル高いんだったらたとえば作物は大豊作ってことにならねえ?」
「それがそうなってないから逆にこの国はすごく奇妙なの。大規模な灌漑技術や農地の改良、さらには品種に手を加えることすらできるだけの技術があるのに、この国の食料自給率はすごく低い。隣の国とそんなに自然環境は変わらないはずなのにこの国だけやけに旱魃や冷害が頻発する。たった国境ひとつ越えただけなのに、方やなんの技術も使わず自然のままに任せてそれなりの収穫がある。うちはあらゆる技術を駆使してもさっぱり採算が合わない。この国の大地はなぜか枯渇しきってるんだ」
「へえ…」
「これをみてよ」
メルはテーブルの上の花瓶を指した。みずみずしい水仙が生けられ、馥郁たる香りを放っている。
メルがゆっくりと水仙の茎から花びらへ指先を動かす。メルが触れたところから新鮮な水仙はみるみる干からびて色を失い枯れ果てた。
水仙に触れたメルの指先がほのかな光をまとう。
「実際に魔術をみせるのは初めてだね。いまおれはすごく限定的な魔術の使い方をしたからわかりやすく水仙は枯れた。けど同様のことがすべての魔術の発動の際に起こっているんだよ」
「えっとどういう?」
「うん、こう考えればつじつまが合うんだ。魔術はこの国の生気を奪って発動する…とね。そう考えればこの国だけ作物の実りが悪いのもうなづける」
メルの説明を真摯に聞いていたロヴはにっこり笑ってこう告げる。
「うん、さっぱりわかんね」
メルはまあ予想してたので肩をすくめて苦笑した。
「いいよ、ゆっくり話すから、それにしても…まあ、どう話したものかな」
メルはふいと表情を翳らせ、大きなゆり椅子に腰掛けた。重厚なオークのゆり椅子はどんな巨漢を乗せても気のすむまでゆれる所存と言いたげなくらいがっしりとして大降りである。華奢なメルにはサイズが合わないので、隙間を埋めるようにクッションがばらまかれている。そのうちのクッションのひとつをてすりにもたせ掛けてメルはそこに寄りかかる。ついでに足を引き上げてお行儀悪くひざを抱える。
ロヴはあたりを見渡して、適当な長いすに腰掛けた。
「王族はさ…実は異世界人だったとか言ったらどう思う?」
「さっきからわけのわからないことばかり言ってなにがしたいんだよおまえは」
「このね、王族に退いてもらう本当の理由、確証はまだないんだよ。これから裏づけするとこ。それにあたってはやっぱりこの疑惑伝えるべきかなあ。誰かに伝えるべきなのかそれともこのまま闇に葬るべきなのかちょっと判断に迷ってさ…」
「そんなん別にどっちでもいいし?」
「どっちでもいいってことはないんじゃないの?」
「いや真実を知ろうが偽りを鵜呑みにしようが猜疑に凝り固まろうがなんにせよどのみち今後の王族の末路見えちゃってるし?無力化されて幽閉されて、多分もとの暮らしには戻れないんだろ?おれらの統治に文句があるなら王の首すげ替えた後でいくらでも民衆に吹聴すればいんじゃね?」
「うーん」
いっそすがすがしいくらいドライなロヴの主張にメルは肯定とも否定ともつかない返事をする。しばらくとりとめのない考えをまとめるために思考を集中させているように眉根にしわを寄せて苦吟する。
「って…そういう煩悶もまあ似つかわしくないんだね実際」
それから宙に指を遊ばせて不思議な形を描く。
「ボー・エルント=ワズィ・ユ・エルント・ノマーズィ」
「なんか意味ありげな古語をつぶやいておれの気を引く気?」
「いや、意味とか知ってるかなって思って」
「一応丸暗記はさせられたけどさ、おれって必要ない知識維持しとくの苦手でね。あー、そんくらいの構文なら解読できんこともないけど?」
眉尻を下げ、片頬をゆがめてあらあら困った子ねえと心の声が聞こえてきそうなほどわかりやすいせせら笑いを浮かべるメル。そしてそれにイラっときてついまじめに古語を読解してみるロヴ。
「ボーは対を成す語句の等しきをあらわす前置詞。そんでエルントってのは民族。えーとつまり二つの民族は等しいってこと?王族と貴族とかわらねえって意味かなあ」
「はずれー」
両の腕を交差させて大げさにわかりやすく不正解のジェスチュアを掲げるメル。
「そこまでバカにされたらおれ辞書持ってきて調べちゃうよ?」
「ああはい辞書」
メルの人を小ばかにしきった態度にようやく怒り的な感情を見せるロヴに、さらなる怒りをあおると承知で古語辞書をひょいと投げ渡す。
「ざけんな、…一時間くれ」
「ロヴおまえどんだけかわいそうな頭なの?」
「各地で募金をつのるレベル」
「ものすごく貧しいんだね」
「察したら黙れ」
「やれやれー。でもこれくらいは知ってるよね。ボエルナ・ジ・ユルーネ・ジ」
「そこでなんで礼拝の言葉が出てくるんだ?」
「うん、実はさっきの古語とこの礼拝のときの決まり文句は同じなんだよ。祭祀が王族のみに限られるのもここに要因があって…」
「おまえさ、ゴリラに高等数式説いててむなしくならねえ?」
「自分をゴリラ以下って最初から認めて大丈夫?」
「カテキョの爺ぃ共のもろ手をカテキョに指名される前に全力で万歳させたおれだぜ?そんな益体もない話はそれこそ爺ぃどもにしてやれよ、喜ぶからマジで」
「ううん…話しとくべきかなあ」
「ぐっちゃぐっちゃ悩むなよな、マジうぜぇ」
「ここは悩みどころなんだって。変質した伝承を後生大事にあがめてる人たちに真実を伝えるのって親切かなあ」
「そもそもお前親切なの?」
「ひどい…でも確かに。おれそういやあんまり親切じゃないわ」
「だな」
あっさりと問題が解決し、メルの眉間のしわがきれいに取れた。
「んじゃさロヴ、さっきのアレ、お願い。長老さんたちとのティータイムのお膳立て。それである程度の手ごたえあれば、王族の主だったものを集めてちょっと斬新な研究の成果発表とそれに基づいた更なる真実の解明のための情報交換会を開くかな、それも人選お任せしちゃってよい?」
「うん、おれ不参加でいいなら」
いやいやいやいや…と、やわやわ拒絶しかけたメルの耳にノックの音が聞こえた。
「…いやいや?」
誰だろうとつぶやいたつもりのメルの言葉は心の声駄々漏れであった。
さらにノックの音が響く。
「メル?ここにいると聞いたんだが」




