第9話「盛岡旅行!再会と出会い」 Aパート①
愚か者め!己が目的を見誤るな。
本当に、我々に予算を割いていいのか。
よく考えよ!
「う……ごめんなさい」
「何やってんのヨシノ」
サービスエリアにて繰り広げられる、一人芝居。
片隅に置かれた子犬のぬいぐるみに喝を入れられ、
ヨシノは思わず首を垂れる……という妄想劇である。
土曜日の朝、ヨシノとゲッシーは高速バスに乗り、
盛岡へ向かっている最中。乗客のトイレ休憩のため、
今回乗車したバスは必ず特定のサービスエリアに停車する。
「このわんこがほら、何か私の意思の弱さを叱りそうだったから…」
盛岡に一切ゆかりのない、ありふれたぬいぐるみ。
各地のお土産屋に置いていそうなマスコットを購入するのは、
些か悪手である。そんな購入欲とのせめぎ合いが、
人格を成してヨシノを静止したのである。
「どんだけぬいぐるみが好きなのさ、ヨシノは……」
ハンドバッグから顔を出し、呆れ返る球体。
普段ならヨシノが向けるような冷ややかな視線を、
今回ばかりはゲッシーの側が彼女に対して投げかける。
仕方がないからとヨーデルを口ずさみながら、
バスへとUターンしようと振り返った一瞬。
ヨシノに気付かれぬよう、
カバンからスルリと抜け出したのはゲッシー。
「ESGじゃん!どうしたわけ?」
染色した頭髪と、若々しい顔との対比が著しい、
背広姿と威厳のある表情。道の駅のアルバイト兼、
賢界の家族の経営するグループの弁当屋。ESGの男である。
見慣れた顔との、意外な場所での遭遇。
思わず飛び出さずにはいられなかった。ノリカの頼み?
盛岡旅行への同行を拒否された彼女の代理として、
撮影やら何やらを指示されたのかと想像するが、
ESGの男の答えは違う。
「お前のところのテレビ局絡みだ」
ルミナキャストのタイアップかな?ゲッシーも、
今回は事前に上司から伝えられている情報はさして多くなく、
突然の内容に疑問を覚える。それよりもゲッシー。
「うわあ!バスが発車しちゃう!」
ESGへの挨拶もなしに、転がりながら一直線。
慌ててその場を去ったゲッシーに呆れ返りながらも、
バスを追いかけるように車に乗車。そのまま法定速度で突き進む。
「あ…ここは高速道路か」
車に刻まれるは若葉の紋章。
懐に隠すは取りたての普通自動車免許。
付け焼き刃の地球の交通知識をもってして、
アクセルを踏みつけ、時速100km/hで突き進む。
その速度感に怯え、震えながら。
「うわー…すごいおっきいビル」
岩手県盛岡市へ、高速バスで一直線。
駅のバスターミナルに一人と一匹。
ハンドバッグにゲッシーを詰め込んだヨシノは、
周囲の建築物に圧倒されるばかり。
「これで仙台の方が都会って…想像できないかも」
これもまた、都会としては遥か序の口であるらしい。
地方都市の在り方にすっかり慣れたヨシノにとっては、
半ば恐怖に近い事実である。感動とも困惑ともつかない感情。
それを処理できぬ彼女を尻目にハンドバッグはボコボコと暴れまわる。
「とりあえず時間はまだあるんでしょ?はい、これ」
ハンドバッグからゲッシーが手を伸ばす。
ヨシノが受け取ったのはチケット。マッサージ――
もとい、整体の施術を行う店舗の無料券のようである。
懸賞をコツコツ送っていた甲斐があったと、
どこからこんなものを手に入れたんだと訊ねるヨシノに対して答える。
「魔法のヒロインのマスコットがやるサポートが、懸賞って…」
夜なべか何かをして、必死にハガキを送るか、
インターネットサイトへの応募を繰り返したとなると、
いささか世俗的すぎるのは確かである。
ヨシノが苦笑いをするのも致し方ないのかもしれない。
「ほらコレはさ!普通にお金で給料払えないんだし」
視聴者に夢を与えるとて、無償で戦うには限界があると言うのは、
かねてから双方認識していたことである。以前、
ヨシノの父の会社のシステムを改善したように、
今度はヨシノ自身の体をケアしてあげるのが給料がわり。
「そういう事なら受け取らないとね」
ここで快く受け取らないのはゲッシーにも失礼だよね。
ヨシノは友人と会う前の時間潰しとして、
チケット裏の案内に沿いながら、民間の整体院に足を運ぶ。
「あ゛あ゛~気持ぢい゛い゛」
背筋が刺激されて、ヨシノはたいそう汚らしい恍惚の声を上げる。
多層的に疲労感を積み上げていた彼女が、この革新的なまでの解放感を体験したら、
取り繕った綺麗さなど維持できないといったところか。
広背筋を起点に、腰、四肢も刺激され、ヨシノの脳に快感の信号が走る。
まるで四本、六本、八本の腕で同時に体をほぐされているような、
そんな満足感があった。
「地球人の筋肉構造ってこれでいいんだっけ…」
スタッフじゃねーか!ヨシノは急に割り込んだ施術者の独り言に、
心のオーディオミキサーを思わず最大音量にする。
わざわざ地球人の筋肉を知らないとまで言い出した以上、
人の皮を被っただけで真の姿は全く別のフォルムをしているかもしれない。
女子中学生が無料で整体を受けられる言うまたとない機会であったものの、
さっきまでとは一転、途端に不安になる。
「ちょっと発言には気をつけてよ!ヨシノが驚いてるじゃないか」
やっぱりスタッフじゃねーか!
ボールのように転がり込んできたゲッシーの介入に対して、
今度は己が腹と声帯の音量を直接上げる。
そんなヨシノに向けてゲッシーが言うには、
この整体師らルミナキャストの福利厚生担当でもなんでもなく、
彼女の言う「スタッフ」は誤り。これは宇宙における整体従事者のロケ。
未知の人種にも対応可能という、PRの撮影を行なっていたらしい。
腕は確かだから安心してほしい、とヨシノに断るものの、
最初から言いなさいよ!と彼女は返す。バレてしまえば。
二人のやり取りを見ていた整体師の姿が、一本の腕が左右についた、
ホモ・サピエンスの姿から乖離していく。突如、新たな腕が生え始め、
肩を軸に四本ずつ、計八本の腕に。
「こう言うのは地球ではタコと言うんでしたっけ」
冗談を交えながら自分の身体的特徴を語る宇宙整体師の姿に、
ヨシノは顎が外れるほど口を開く。ご安心してください、
と言わんばかりに整体師は彼女の右掌の筋肉と神経を揉みほぐし、
再度リラクゼーションの世界に没入させる。あ゛あ゛~。
「あの整体師さん、どっちかって言うとイカだよね」
わざわざ自身をタコに喩えた八本腕の宇宙整体師。
すっかり体をリフレッシュさせたヨシノは、
集合場所の駅構内に向かうために駅前のショップ群を歩きながら、
無礼にも体をほぐした恩人に茶々を入れていた。確かに、
足を加えたら十本の肢があることとなる。
「地球人から見た多肢の知的生命体って言うのは意外と多いんだよ」
ヨシノ自身、失礼すぎたかな?と気まずくなる軽口に対しても、
この程度はマクロな視点では失礼にすら当たらないよ、
とでも言わんばかりに受け流すゲッシー。
中には37兆から60兆の間ほどの腕の数の宇宙人もいるよ、と付け加えながら。
「いや想像できんわ!」
ヨシノが思わずゲッシーの秘匿を忘れてしまうほどに声を張るも、
地球の人間の細胞もそれくらいの数って聞いたけどなあ、
と肝心のゲッシーの方はあっけからん。そんなやり取りを交えつつ、
さすがに細胞と腕には差がないか、と思考を巡らす直前。
思い切りブレーキを踏んだかのようにヨシノは急停止。
「え、ちょっと待ってゲッシー…ルミナキャスト以外にも番組撮影やってるの?」
「あ…マジか」
こっちがマジかだよ!ゲッシーのあまりに無責任な発言に、
再びヨシノは叫ぶ。下手したらこの盛岡市、
あるいは他の都市や町村などもヨシノの地元のように、
何らかの介入を受けている可能性すらあるという事になる。
宇宙のテレビクルーがふざけた真似をしていないことを祈りつつも。
「あ!ヨシノ!何十年ぶり!?」
ヨシノにとって聞き覚えのある声が響く。誰?と言う表情で、
ハンドバッグに隠れつつ、聞いたことのない声と顔に不思議がるゲッシー。
ふた呼吸ほど置いて、この子が転校した同級生か!と、心の豆電球を点灯させる。
「数ヶ月しか経ってないわ!」
宇宙でも「ひらめいた」の感情表現に豆電球を使うのか……と、
怪訝な顔でゲッシーの心に一瞬介入するヨシノ。
しかし、今はそれよりも部活仲間と再会した方が大事。
久しぶりに聞く友人の生の声に、満面の笑みを浮かべる。
ついでに、友人のふざけた冗談にツッコミを吐きながら。
「なんだか凄く元気そう」
ほぐしたての軽やかな関節。動かす足もキレがある。
春先に会えなくなった友人、ヨシノの元気そうな様子に、
阿保あかりもたいそう嬉しそうである。




