第8話「赤点のムジカントム」 Aパート②
「あ…これ酸化か」
何故だか、酸素変化などと言う珍妙なフレーズを書き記してしまったヨシノ。
放課後。自宅にて机に向かうものの、どうにも単語がピンと来ない。
ヨシノの最大の弱点として、興味関心の薄いものに対しては、
記憶力があまり働かないこと。普段、錬金術については色々調べているものの、
どちらかと言うと歴史的な成り立ちの方に関心を抱いてしまっている。
そのため、元素記号や化学式を覚えたり、フレーズを覚えたり…
と言った事項は意外と得意ではない。
「これじゃあ魔法素粒子界の戦士失格だよ…」
恐らく、もう少し苦手意識を払拭できたら覚えが早くなるのかもしれない。
もっとも今のヨシノとっては、それまで微妙な成績そのものが、
大きなプレッシャーになっているのだが。
「宿題とか予習復習はわりとちゃんとやってるのにこれじゃあね」
「何がこれじゃあね、じゃい!ゲッシー!」
余計なお世話である。ヨシノよりも歳下ながら、
大学出のゲッシーとしては高みの見物と言ったところか。
数学の問題が解けなかったのはどこの誰だと、ヨシノも内心悪態をつくものの、
苦手克服のため机に向かう。そういえばさあヨシノ…
「僕たちならモリオカに転送くらいなら出来るけど」
ゲッシーはふと、ヨシノが順位を上げて盛岡へ行こうとすることに対して、
番組側で手を打てることを示す。ルミナストーン回収と言う目下の課題。
これはいくらアドリブありきの撮影現場でも果たさなければならないノルマである。
しかし、ヨシノはその提案に対して首を縦に振らない。
何故それではダメなのか。ゲッシーは率直に問いかける。
「草之根ヨシノとしてだよ」
ヨシノはただ一言そう返す。唐突な答えに対して、
何が?と言わんばかりに口を開けるのはゲッシー。だが、
草之根ヨシノのためと結論づける彼女の眼差しはどこまでも真剣なもの。
漠然とであるが、ゲッシーとしてもその意味を言わずとも理解した。
「ルミナキャストに頼らないで戦いたいんだね、友達に会うために」
ヨシノを主役に選んでよかった。ゲッシーは改めてそう考える。
不可思議な力を得てもなお、不可思議な人脈を得てもなお、
その力に自分の主導権を渡さない。それに頼り切りもしない。
だからこそ、理不尽な状況に置かれてもヨシノは戦えるのだと。
「それに大学だって合格したいしね」
ルミナタキオンとしての戦いを終えても、ヨシノの人生は続く。
まだ中学生ではあるが、ヨシノにとっても地元の国立大学に入ることは、
この先の彼女の人生における大きな目標の一つである。いや…待てよ…
大学に入る頃まで番組に付き合わされる事になったらどうしよう!?
などと、一瞬考えたものの。さすがにそれに囚われていたら正気を失うな…。
ヨシノはそう思い直して、綺麗さっぱり忘れる事にした。
そう思考を整理する中で、今まで触れなかった話題に少し触れる。
「そういえばゲッシーって、大学でどんな免許取ったの?」
「固有名詞だから地球の言葉で喩えづらいんだよなー…」
日本語のニュアンスで言うならば、ゲッシーが大学で得たのは、
「第二種特定惑星改竄処理監督」。厳密に言うならば、
大学卒業で得られるのは、その試験の受験資格である。
試験に合格し免許を取得したら、特定の星に介入して、
合法的にその文明をコントロールできる。特に、
テレビ番組や映画の撮影など、映像制作を行う業種であれば、
この免許があることで架空の惑星史を挿入することが可能。
ヨシノの地元に、後付けのように魔法素粒子界のオーパーツが紛れ込んだのも、
ゲッシーが飛び級で大学を卒業した後、この免許を以て、現場に指示を出したからである。
「いや怖いわ!なにナチュラルに文明コントロールする発想が出るわけ!?」
地球人が想像するような侵略行為ではない。
あくまでエンタメのスパイスに利用するものだ。と、
ゲッシーは言い訳するが、本当に悪用をしない保証があるのだろうか。
宇宙を回る道理や常識。ヨシノはまだその全貌を掴めない。
「ヨシノ、睡眠はしっかりとるんだよ」
そうして、勉強しつつ、騒ぎつつの時間を過ごしていく中。
ヨシノはいつの間にか日付が変わっていた事に気付く。
ゲッシーの気遣いを確かに受け入れ、布団に入ることを決める。
体を壊しては元も子もない。
「それにほら、オモチャのタイアップもあるから」
「…宇宙のおもちゃ会社ってやつ?」
思わず、エッと声を出したのはゲッシーの方。ゲッシーとしても、
唐突な提案を行うことに多少の覚悟はあったものの、
それを難なく飛び越えて先読みしてきたヨシノ。一体どこから、
そんな情報を仕入れてきたんだと慌てふためくものの、答えは簡単。
「三鳥さん…」
「ノ…ノリカかー…」
合点こそいったものの、ヨシノの部屋を漂う空気は果てしなく微妙なもの。
賢界はどこまでこの世界を掻き回すのか、私を振り回すのか。
何も言わずとも。ヨシノとゲッシーはその緊張でコミュニケーションを取る。
な、何にせよ!最初に声を出したのは、結局ゲッシーである。
「ヨシノの勉強にも役立つオモチャだから」
…本当?ヨシノは訝しむものの、ゲッシーの表情は自信に満ちている。
宇宙では確かに、学習効果が評価されている商品を用いるのだという。
一部、教育機関や保護者からクレームが入った事もあると補足しながら。
「こ、怖…」
絶対ロクな代物ではないと確信し、ヨシノは床に就く。




