第8話「赤点のムジカントム」 Aパート①
少なくとも、中間テスト期間に入るよりも、少し前の話である。
その日の夜、机に向かうヨシノは、スマートフォンに文章を打ち込む。
何をそんなに真剣なんだと問うゲッシーに、
感想文を書くためだと返す。書名と具体的なあらすじを教え、
それらしい回答を教えてもらう、と言ったプロセスを踏む行為。
要はAIに感想文を肩代わりしてもらうつもりだ。
だが、意外とゲッシーはこれに対して懐疑的。
宇宙の技術を容赦なく使ってくるこのハムスターの事だから、
効率性に納得してくれるものだろうとヨシノも考えていたが、
その口から出る反論は違った。
「電卓を算数のテストには持ち込まないだろ?」
宇宙にもまだ電卓はあるのか、と思うと共に納得もする。
とりあえずスマートフォンの代わりに原稿との睨み合いを始めるヨシノ。
なんだかんだ、ゲッシーも大学を出ただけあるんだなと感心する。
学力ではなくレポートの出し方という斜め下の方向だが。
「教授に叱られて泣きそうになった時の受け売りなんだけどね」
そこまで言わんでいい、とヨシノは心の中で前言撤回をする。
とりあえず、利便性はともかくカンニングはやめておこう、
というのが今のヨシノの結論だ。この試験も、
会場が教室か自宅の勉強机かの差でしかない。
「(ルミナキャストのパワーもテストじゃ役に立たないだろうしね)」
そして、現在。テスト期間に突入した今こそが、ヨシノの正念場となる。
ヨシノと凪。そしてもう一人。並んで歩いているのは、
丹藤有という、もう一人の同級生。
同じ小学校を卒業した仲であるが、最近会話が少なかったところ、
久しぶりに話に花を咲かせる。
「テスト期間にこんな話するのもだけど」
料理部にでも入らない?と有は提案する。魔法少女部なんてもの、
到底申請出来ないしなあ…。ヨシノは自分の立ち位置について、
少し考える。バスケ部に入らない?と凪が誘わないのは、
運動部特有の難しさもあるのかもしれない、とも。
「テストねー…部活に行きたいわ」
普段なら練習もサボりたいが、今は部活に逃げたい。
そんなバスケットボールへの距離感を、凪が訴える。
なんだかんだ、テスト期間ともなると、部活動が休みになっても、
気軽に遊びに行くには、少々ハードルが高い。うわやべっ!
何かに気づいたようにカバンを開けた凪が叫び、そのまま逆走。
「先行ってていいから!」
走り去る彼女の言葉を聞き取ったところ、
弁当を置いてきたことを思い出したらしい。
こう言う時の凪は本当に先に行って欲しい感じだからね…。
その言葉通りに二人は歩き、テストの話題を続ける。
「うちの部活の子なんかは…」
料理部には、空手の県準優勝クラスの選手が。
しかも、学校成績も非の打ち所がないと言う。
柔道部などには入らなかったのは、
未熟なまま身の丈に合わない技を身につけたら、
全てが疎かになるからと言う理由。
人格も非の打ち所がない。おまけに料理もうまい。
「うわーすごいねそのコ…ウチないもんね、空手部」
過剰なまでのスペック。
他人を妬む性も持ち得ぬヨシノとしては、
そんな空手娘に感嘆する他ない。そんな彼女が、
ルミナキャストに選ばれず、私が選ばれた理由。
「弄りがい」とかじゃないだろうな、ゲッシー。
そんなヨシノの心中など露知らず。
英単語帳を開き、歩く有の姿は、
さながら二宮金次郎。私は空手のその子と比べて、
そこまで要領よくないからと呟く有に、私もだよとヨシノは返す。
ひとまず、理科と社会の暗記項目を覚えて順位を上げる。
盛岡へ行くために。
「アンタ…そろそろ動いたらどうなの?」
河川敷で、ルミナストーンを回収したエゴシック。
敗北はしたものの、現場で戦うムジカントム。そして最後に、
変な怪人を派遣したハラガヘッタ。エゴシックとしては、
この男が自身らと同格とは到底考えたくない。
そんな彼女の胸中は、ガルニエの壇上には響かない。
「個人飲食店を買収し、機械でパーソナライズする。それまで待て」
何を言っているの、アンタ。エゴシックは目を見開く。
ハラガヘッタの計画としては、個人経営の飲食店を乗っ取り、
店舗毎に設置したデータベースとフィジカルAIを用いて、
どこでも全国の味を参照できるロボットの店を作り上げ、
実質的に味を独占する、と言ったものらしい。悪役の所業といえば所業だが、
無論、破滅劇団・ペルソナクスの活動には一切関係ない。
「まあまあ、そない喧嘩せんといて」
サイケデリックな色彩の着物を纏った、虚構舞姫・オクニカタリ。
三者の対立を仲裁し、場を宥める。ムジカントムは変わらぬ調子で笑い声を漏らし。
腕を組み、眉間に皺を寄せるのはエゴシック。ハラガヘッタはお構いなしに、
パソコンを弄るのみ。デスクワークなどと言う事情を無視して、
オクニカタリはハラガヘッタに擦り寄り、一方的に慰める。
「名前がシャイロックはんだったらお二方も喜んどったでしょうに」
「知らん」
名前が滑稽か否かなど我が覇道には些事にすぎない。
ただ一言返したのち、自分の肩に手を添えるうら若き娘を無視して、
老獪な男は仕事を続けた。忘れてはいけないが、
これはハラガヘッタが、破滅劇団・ペルソナクスの団員でありながら、
仇敵のルミナキャストに対し全く関心を持たず、
ロクに任務を行わないがために始まった小競り合いである。
断じて硬派なビジネスパーソンではないし、
名前がダサいからいじめられたわけではない。
「フフフ…見誤るなよ?」
いつもの調子で嘲笑いつつも、
ムジカントムも場を掻き乱す彼女を威圧する。
まあまあ、そないに怒らんといてなと受け流し、
その場を去るオクニカタリ。その瞬間、
ムジカントムとエゴシックは顔を見合わせる。
「誰?」
普通に馴染んでいたが、あんな女、前回までは勿論影も形もない。
阿国を騙る者、すなわち悪い出雲阿国であるのなら、
ハラガヘッタよりは劇団たる組織に相応しい存在であるのは間違いない。
しかし、そんな事は彼女にとって重要ではない。
それ以上に、また無意味な設定変更をしたのかとエゴシックは唇を噛む。




