第1話「ええ!?私がヒロインに!?」 Aパート①
「終わった?」
ベッドの上。スマートフォンを片手に呟くのは草之根ヨシノ。
好きな動画投稿者の企画の打ち切りだ。
彼女の思考の宇宙にとっては超新星爆発くらいには大事件。
制服に着替える手つきも鈍い。宇宙の広さと比べたら、
星が一つや二つ消えたところで、大したこともない。
それでも、小さなヨシノの体に喪失を満たすには十分。
「よっす、元気?」
友人の声にも上の空。とぼとぼと、アスファルトの上を歩くヨシノ。
朝の日差しに連なるような快活な声にも、元気だよ…と弱々しく応じるのみ。
何があったんだと、校門で質問する友人。節木凪に事情を語る。
心を折るほどではないが、ヨシノの心を萎えさせるには十分な出来事である。
そんな事情を聞き、またいい企画が出来るよと励まし別れるが、
いまいち元気がない。実を言うとヨシノの喪失感のきっかけはもう一つ。
先輩の卒業と友達の転校。対局相手がおらず、
所属クラブも宙ぶらりん。スマホ一つで会話は出来るが、
向かい合って碁石は打てない。席に座るなり、机を枕に突っ伏すばかり。
「凪は囲碁やらないもんね…」
そんな独り言を聞いて、優しく微笑む女の子。
三鳥賢界だ。
星が吹き飛ぶ熱量を持て余すヨシノに対して、
暇な時は私と対局してねと一言語る。
積もった雪の上の青空のように、
暑さの代わりに穏やかさを持つ彼女の距離感の方が、
今は凪のような明るい日差しよりもちょうどいいのかもしれない。
ノートは取ったものの、授業は頭に入らず。
そんなヨシノは既に帰路に立っていた。
私の名前はこの花から取ったんだよなと、
視界を横切る桃色の花びらに自らが感じる無常さを重ねる。
「うわ痛っ!」
「えっごめんなさい!」
ヨシノは足を運ぶ中に響いた唐突な叫び声に対して、
思わず謝罪をする。何かにぶつかった?何かを踏み潰した?
ぼんやりとしていた思考の中で何があったのか。
その声は下から響いた。下から?
ヨシノは疑問に思い、視線を落とす。そこから足元、
前方の順に地平を見ると、サッカーボール大かわずかに小さい程度の、
毛並みに覆われた球体が転がる。私はこの毛玉を蹴飛ばしたのか?
勿論、この世に喋る毛玉は存在しない。じゃあこれは何?
そんな疑問が解消するよりも早く、茶色いサッカーボールはその姿を解く。
丸いフォルムのぬいぐるみのような、デフォルメしたハムスター、
だが絶対に地球に存在しないようなサイズの生き物だ。
待ってました!と言わんばかりの期待と焦燥の混じった表情で、
奇妙なハムスターはヨシノに語りかける。
「キミの力が欲しい!」
この不思議な生き物と話している事を知られたら、何かに巻き込まれる。
あまりの事態に危機感を覚えたヨシノは、ひとまずハムスターを抱え、
道沿いにある屋根付きのベンチに座り、何なの君、と小声で語り掛ける。
本人曰く、「ゲッシー」という名前らしい。げっ歯類から採っているのだろうか。
性別は男。オスなんだね、とヨシノが言ったら動物扱いするなとムキになる。
彼の地雷をさっそく踏み、若干の困惑を覚えつつ、男の子なんだねとヨシノは訂正。
続けて、彼は「魔法素粒子界」という異世界からやって来たと自称する。
「これなら証拠になるかな?」
そう一言添えた瞬間、絵に描いたような煙と共に、
ゲッシーの右手にはタブレットが。
それもカタログでは見たことのないような、
リンゴのような形状のデザイン。物は試しと、
その画面から中世ヨーロッパの建物かも、
未来の建物かも見当がつかない。強いて言えば、
ファンタジー系のゲームにでもありそうな、
見たこともない世界の立体映像を浮かばせる。
これが魔法素粒子界のイメージのようだ。
「触れる…」
立体ながら、質感がある。あっそれ非売品だよ。
などと、ヨシノの感想に対して、
冗談めいた言葉でゲッシーは返す。
非現実的。喋る大きなハムスター。
見たこともない魔法のような技術。
「ウソじゃないんだよね…」
マイナスにマイナスを掛けたらプラス。
ただの喋るハムスターなら「仕込み」を疑ったかもしれないが、
単なる女子中学生のヨシノを騙す理由など、
彼女自身、思いつきもしない。
むしろ、ここまで突飛だと逆に現実味すらある。
ありえない事にありえない事が重なる。
そうと来れば、ウソを言っていないだろうとヨシノは確信する。
「ルミナキャスト?」
ゲッシーの言葉を復唱するヨシノ。彼が言うには、
特殊なアクセサリーを使う事で変身することが可能な、
伝説的な戦士だと言う。何でも、
ヨシノが住むこの世界の人間は、
特にその適性が強いとのこと。
それ故に、彼女の力を借りたいと言うのだ。
「何言ってんのさ。私には無理だよ」
「強制はしないよ」
ありえないが乗算されて、ヨシノの思考はマイナスに。
昔視聴していた、変身ヒロイン番組のような世界観が、洪水のように流れ込む。
そんな不可思議な状況。さすがにヨシノもついていけなかった。
頭に入らない説明が流れるように行われていく最中、
ゲッシーが「ファイティングケア」という謎の単語を一言つぶやき、
即座に訂正するといった不自然な様子も見受けられたが、
そんな事を気にする暇もなく話は切り上げられた。
「また見てね」
何を見るの、ゲッシー?
別れ際におどけたまま、最後のヨシノの質問には答えず、
フッと消えたゲッシーであったが、
ヨシノに戦う意思があればまた現れる、
といった旨をその直前に伝えている。
「どうしたの、ヨシノ?昔のオモチャなんて引っ張り出して」
その晩。娘がステッキを軽く振る様に対して、
軽く笑うのは、ヨシノの母。
自分の娘が今より幼い子供だったころ、
大好きだった番組の変身アイテム。
当時のヨシノの宝物だ。
普段のヨシノとも様子が違うのは確かだが、
自分の娘が思い出に浸りたいと解釈したのか、
ヨシノの母もあまり深くは干渉しない。
「パパ、今日も遅いんだって?」
ふと、父の様子が気になり母に尋ねるヨシノ。
営業係長も上や下や他の部署を気にしなきゃならないから大変なんだって。
そう母は返し、ヨシノも微妙そうな顔で納得する。
このステッキを買ってくれた頃は、今より笑顔が多かったかも。
最近の疲れた父の顔を思い出しながら、思い出と比較する。
自室に入り、ヨシノは何となくテレビをつける。目と肌に馴染んだ
地方局のマスコットが手を振って笑っている。
黄色い星の子。この子の笑顔はいつも最高だ。
「ちょっと最近笑ってないかもなあ…」
齢十四にして、未来に不安を覚えるヨシノ。それにしても、
あのハムスターは何だったのだろうと思った瞬間、
「フフフ…」
しっかりと声に出してはいるものの、
薄ら笑いと表現していいような、冷たく嘲笑う声。
悪趣味なほどに煌びやかな燕尾服が映り込む。背を向けているが、
声や体格からして青年から壮年の男性と言ったところか。
放送事故か?と思った矢先、その男は一言呟く。
「出てこい、ルミナキャスト。俺達はお前を迎え撃つ準備が出来ているぞ?」
ヨシノは絶句する。ゲッシーが言った戦士の名を男は語ったのだ。
その間にも、薄ら笑いをその声色で浮かべる男であったが、
慌てたように振り向く。白い仮面で素顔を覆って、
その表情は窺えないが、その手振りから、
困惑している様子は伝わる。
もしかして、カメラの位置を把握していなかったのか?
呆れと緊張が入り混じった中、画面が切り替わり、
何事もなかったかのようにマスコットが微笑みかける。
即座にスマートフォンの画面を開き、SNSを一通り回るものの、
自身の地域において、この異常事態に言及するアカウントは一切ない。
ヨシノは確信した。
「私にだけ見えた?」




