第037話 骨だけ
十二月十七日、灯は扉を抜けて坂を下りた。
坂の途中の土は昨日より乾いていた。乾くと靴の底が滑る。灯は歩幅を半分にして、足の裏を先に置くようにした。
四つ角の台は板が脚の上に載ったままだった。上には札も金物も一つも出ていなかった。
板を出したままにして人がいないのは、キリが北へ行った日。二日前に、板は出したままにしとけと言われた。
板の面には木の目が横に走っていた。横の時は下の線を太くする。灯はその面を一度だけ指でなぞった。
なぞった指に、木の粉が付いた。粉は指の腹でこすると取れて、落ちた先は風で見えなくなっていた。
灯は台の前で足を止めた。脚の下の石は四つ。四つのうち一つだけ、まわりの土が湿っていた。ほかの三つは乾いていた。
西の道は四つ角より一段低かった。下りる二歩ぶんのところで、風の当たり方が変わっていた。四つ角では首の後ろへ来ていたのが、西では正面から来る。
正面から来る風は髪を後ろへ寄せた。寄った先で、耳の縁が出る。出たところが、少し冷えた。
灯は上着の襟に指を掛けた。立てると耳がふさがる。ふさぐと、後ろから来る音が聞こえなくなる。
道の両側の建物は背が高かった。高いぶん、日は道の真ん中までしか下りてこない。真ん中の帯だけが明るくて、両側は暗い。
灯は明るい帯の内側を歩いた。しばらく行くと、帯の幅が少しずつ狭くなっていった。
道の左側の壁の下には細かいものが吹き寄せてあった。寄せたのは風で、人ではない。掃いた跡なら、境はまっすぐに切れている。
吹き寄せの中に、色の違うものが混ざっていた。灯はしゃがんで指で分けた。中に布の切れ端が一つあった。
切れ端は親指の先ほどで、端が糸のままほどけていた。灯はそれを壁の下へ戻した。すぐに風がまたそれを寄せ直した。
西の道の三つ目の角の手前、道の左に傘屋がある。看板は無い。戸も無い。壁の一面がそのまま口を開けていて、中が外から見えた。
口の上の横木に、傘の骨が一本だけ横に打ち付けてあった。骨は十本あって、そのうち二本が折れていた。折れた二本は下へ垂れたままだった。
垂れた二本の先は口の縁まで届いていない。届く手前で止まっていた。止まった高さは灯の背の倍より少し上。
打ち付けてある釘は四つ。四つのうち一つだけ、頭が新しかった。あとの三つは錆びていた。一つだけ、後から打ち直してあった。
灯は口の手前で足を止めた。中の土は外より色が濃かった。日の当たらないぶんが、そのまま色になっていた。
外から中へ入ると、明るさが一段落ちる。目が慣れるまでに、灯は五つ数えた。
その間、口の横の柱へ手を掛けたままにする。柱の木は外側より冷たかった。日が当たらない側。
慣れてから見えたのはまず床だった。床は土のままで、板は張っていない。踏むと足の裏が沈む。沈んだ先で、土は少し戻っていた。
壁には横板が渡してあった。板の高さは灯の膝・腰・肩・手を伸ばして届くところ。四段。夏と同じ高さで、同じ数だった。
一段目は柄の向きがそろわない。先を上へ向けた傘と、下へ向けた傘が交ざっていた。上向きのほうが多かった。
上向きのほうは先の金物にほこりが載っていた。下向きのほうは載っていなかった。載る側と載らない側で、色が変わっていた。
二段目は布の付いていない傘だけを並べてあった。骨の数は一本ずつ違う。十本のものが多くて、八本のものが交ざっていた。
三段目と四段目は布の付いた傘で、上へ行くほど色が濃い。濃いものは四段目に三本しか無かった。
夏と違っているのは床のほうだった。段に入りきらないぶんが、壁の下へ寝かせてある。寝かせてあるのは全部、骨だけの傘。
灯は寝かせてある一本を、少しだけ持ち上げた。持ち上げると、下の土に細長い跡が残っていた。跡の内側は色が濃い。
灯はその一本を、跡の上へ戻した。合わせると、跡と骨の幅が合っていた。
灯は一段目の一本の先へ指を当てた。指に灰色のものが薄く付いた。
匂いは布と、その下に油。油のほうは奥から来る。夏に来た時は油が先で、布はあとだった。順が入れ替わっていた。
布のほうの匂いは押し入れの奥のようだった。冬の布団を出す時に、家でする匂いになる。
灯は一度、鼻から息を吸い直した。二度目のほうが、油が薄かった。
奥へ行くほど、床の土は固くなっていた。踏んでも沈まない。人が同じところばかり歩いた側だった。
固いところは幅が一つぶんしか無くて、そこだけ色が濃かった。灯はその上を歩いた。
ばあやは奥の床に座っていた。座ったところにだけ布が一枚敷いてあって、端が土に着いている。着いているところは、色が濃くなっている。
ばあやは夏に来た時と同じところに座っていた。座り方も同じで、片方の膝だけを立てていた。
「あんたか」
「うん。夏に来たのが最後」
「そこ、どいとくれ」
灯は口の側から半歩ずれた。ずれると、外の光が床の奥まで届いた。
ばあやの膝の上には傘が一本あった。骨だけの傘で、布が一枚も付いていない。ばあやはその骨を、一本ずつ指で起こしていた。
起こした骨は手を離すと少し戻る。戻る幅は骨ごとに違っていた。
十本のうち、戻りの小さいものが三本あった。三本は同じ側に寄っていた。使う時に、その側を風上へ向けていたことになる。
ばあやは戻りの小さい三本を、あとから二度起こした。二度目のほうが、戻る幅が小さかった。
起こす時、ばあやは骨の根元のほうを押さえていた。押さえる指は二本で、あとの指は使わない。
灯は板の横に立って、その手を見ていた。手の甲には筋が四本出ていて、動くのはそのうち二本だけだった。
「これ、布が一枚も付いてない」
「無いよ」
「ばあやが自分で取ったの」
「取っちゃいない」
ばあやは骨を膝の上へ置いた。骨は自分の重さで少し開いた。
布が張ってあれば、十本の先は同じ丸の上に並ぶ。布が無いと、十本はそれぞれの向きへ開く。
布の張ってある傘と、骨だけの傘を、灯は一度並べて見た。並べると、骨だけのほうが背が高く見える。長さは同じだった。
「あんた、手を貸しとくれ」
「空いてる。今日は何もすることがない」
「なら、運んどくれ」
ばあやは板の下から、束を一つ引き出した。束は骨だけの傘で、ひもで一度縛ってあった。
引き出す時、束の下の土がいっしょに動いた。土は板の縁のところで止まる。
止まった土の上に、束の形の跡が残っていた。跡は四角ではなくて、端のほうが細かった。
束のひもは麻で、二重に回して結んである。結び目は上のほうにあった。座ったままで手の届く高さになる。
灯はしゃがんで、束の端を持ち上げた。持ち上げると、思ったより軽かった。布の付いた傘なら、この本数で両手が要る。
軽いのに、束の太さは灯の腕より広かった。太さと重さが合っていない。灯は両手で一度抱え直した。
抱え直すと、束の中で骨が寄っていた。外の形が少し細くなる。
「これ、何本あるの」
「数えとくれ」
灯は束のひもをほどかずに、上から順に数えた。端の一本ずつが見えていた。
数えるうちに、端の一本が指の下でずれた。ずれた先で、数が一つ分からなくなる。灯は初めから数え直した。
数え直したほうは途中で指が滑らなかった。端まで行って三十九。
三十九。
「三十九。途中で分からなくなって、初めから数え直した」
「ならいい」
ばあやは自分の膝の骨を、束の一番上へ載せた。束の縁が一本ぶんずれる。
「四十になった」
「四十だね」
灯はひもを持ち直した。持ち直すと、束の重さが右の手のひらへ寄る。
ひもが手のひらへ食い込んだ。食い込んだところは離しても線が残る。線は三本あった。持ち上げた時に二本、抱え直した時にもう一本。
ばあやは床から立ち上がった。立ち上がる時、片方の膝を先に伸ばして、そこで一度止まる。止まってから、もう片方を伸ばした。
「あんた、これ、まだ傘に見えるかい」
灯は束を見た。骨は四十本ぶん重なっていて、上から見ると細い線が四十本並んでいる。
束の横から見ると、先の金物のところが太かった。太いところが四十、細いところが四十。数は同じで、太さだけが違っていた。
「見えない」
ばあやはそれ以上聞かなかった。口のほうへ歩いて、柱に掛けてあった上着を取った。上着は灰色で、袖の口が二か所ほつれていた。
灯はもう一度、束を上から見た。線は四十本。線と線の間はどれも同じ幅ではなかった。
*
外へ出ると、道の明るい帯は朝より細くなっていた。
細くなったぶん、両側の暗いところが広い。暗いところの壁は下の三分の一だけ色が濃かった。濃さの境は灯の膝の少し上を横に走っていた。
ばあやは先に歩いた。歩く速さは灯より遅かった。灯は束を抱えて、二歩ぶん後ろを歩いた。
束は抱えると、下の端が膝に当たる。当たる場所は毎回同じで、歩く度に同じところへ来た。
当たる度に、束の中の骨が一本ぶんずつずれた。ずれた先で、上の端がそろわなくなる。灯は十歩に一度、上の端を手のひらでそろえ直した。
そろえ直すと、束は短くなったように見えた。長さは変わっていない。
ばあやの歩き方は右と左で違っていた。右のほうを先に出して、左はあとから寄せる。寄せるぶんだけ、右の靴の底がよけいに減っていることになる。
灯はばあやの足元を見ながら歩いた。見ていると、二歩ぶんの間が少しずつ広がった。灯は歩幅を半分にして、間を戻した。
道の右側の壁の下に、水の跡が横に並んでいた。跡は三つ。三つとも高さが違う。
三つのうち、下のものが一番濃かった。上の二つは薄い。薄いほうが古いのだと灯は見た。それから、逆かもしれないと思い直した。
薄いほうが新しいこともある。家の廊下の壁で、灯は同じものを見たことがあった。去年の夏に付いたものが、その上の古いものより薄かった。
跡の濃さで順は決まらない。灯はそう思って、それから三つの高さのほうを覚え直した。膝の下、膝、腰。
「ばあや、この線って何」
「桶の跡だよ」
「ここにも桶が置いてあったの」
「あったよ」
ばあやはそれきり言わなかった。灯も聞かなかった。北の道の切れ目にあった三つの跡を、灯は口の中で並べた。並びができただけで、そこから先へは進めない。
「ばあや、桶って、何を入れるの」
「水だよ」
「傘の布に水を入れるの」
「布にだよ」
ばあやは歩きながら答えた。顔はこちらへ向けない。声だけが後ろへ来る。
灯は布に水を入れる手順を、頭の中で二通り並べた。どちらも途中で止まった。手順を知らないと、先が続かない。
「今も水を入れてる」
「入れないね」
「どうして入れなくなったの」
「入れる布が無いよ」
その先は続かなかった。灯は束を抱え直した。抱え直したところで、束の重さが左へ動いた。
西の道の三つ目の角を、ばあやは曲がらずにまっすぐ行った。灯は曲がる角のほうを一度見た。角の先が名札小路。
角の石には上のほうに欠けたところがあった。欠けた面だけが白い。前に来た時も同じところが白かった。増えても減ってもいない。
小路の入口はここからでは壁の色の変わり目にしか見えない。今日は誰も出入りしていなかった。
二十七軒のうち、灯が中まで入ったことのある家は一軒も無い。入口の外から、開いた戸ごしに見ただけだった。
灯は入口の前を通り過ぎた。それから、首だけをもう一度戻した。戻した先の壁の色はさっきと同じだった。
角を過ぎると、道の左が広くなった。市の立つ広場。今日は枠も台も出ていなくて、地面だけが四角く空いていた。
広場の手前の一軒がメノの店。戸は下りている。五日前に来た時は開いていて、箱の縁が外まで出ていた。今日は縁の跡だけが土に残っていた。
灯は店の前で足を止めなかった。止めると、束を下ろすことになる。
道はその先で下りになった。下りると、両側の建物が急に低くなる。低くなったところから、空が広く見えた。
空は白い。切れ目は東のほうにあって、昨日より南へ寄っていた。
切れ目の幅は腕を伸ばして親指を立てると、その二本ぶんだった。昨日は三本ぶんあった。
灯は親指を下ろした。手のひらは束のひもで押されて赤くなっている。赤いのは三本の線のところだけだった。
道の下りは途中で一度平らになり、そこでばあやが足を止めた。それから、上着の袖を片方だけまくった。
まくった腕は細い。細いのに、手首から先だけが太い。使う側だけが太くなることがある。灯は自分の手首を見た。左右の太さは同じだった。
ばあやは腕の内側を、もう片方の手で二度押した。押したところは押した形に白くなって、それからまた色を戻した。戻るまでに、灯が三つ数える間かかった。
「休むんだったら、あたし持ってる」
「休まないよ」
ばあやは袖を戻して、また歩き出した。歩き出す時、一歩目だけが大きい。
「もう少しだよ」
「もう少しって、どれくらい」
「もう少しだよ」
もう少しがどれくらいかは分からなかった。灯は数えるものを探して、道の左の壁の継ぎ目を数えることにした。
継ぎ目は五歩に一つあった。二十まで数えたところで、壁が切れた。
道の左に、木の枠が三つ立ててあった。三つとも同じ大きさで、中には何も張っていない。市の枠より小さい。
灯は三つの間を通った。通る時、束の端が真ん中の枠へ当たった。枠は動かない。下の端が土へ深く入っていた。
枠の木は上の辺がすり減っていた。下の辺は角が立ったままになる。手を掛ける側。三つとも同じところが減っていた。
減り方は真ん中の枠が一番深かった。真ん中から先に手が掛かる。灯は家の玄関の敷居を思い出した。あれも真ん中だけが低い。
「これ、何に使う枠なの」
「干す枠だよ」
「何を干してた」
「布をだよ」
灯は枠の内側の空を見た。四角く切り取られた空は外の空と同じ白さだった。同じなのに、枠の中のほうが明るく見える。
三つの枠は下の辺の高さがそろっていた。土が平らでないところで、高さだけがそろっていた。誰かが一度に立てたことになる。
束を持ち直した先で、灯は膝の裏に引っ張られる感じがした。
束が重いからだと灯は思った。
灯は束を左右へ持ち替えた。持ち替えても、引っ張られるのは同じ側だった。
歩く間に、灯は四十という数を口の中でもう一度数えた。数え終わるまでに、十二歩かかった。一歩に三本より少し多い。
束の中の骨は全部で四十本。そのうち一本だけが、さっきまでばあやの膝の上にあったものになる。どれかは分からない。
分からないまま運んでいることが、灯には引っかかった。
道はそこからまた下りになっていた。下りの途中で、両側の建物が切れた。その先は空き地で、何も立っていない。
空き地の土は道より色が明るかった。土は乾いていた。ここだけ建物が無くて、上から日が入る。
土の上には細い草が三か所だけ生えていた。三か所とも土台の跡の内側にある。外側には一本も生えていなかった。内と外で、土の下が違うことになる。
灯は空き地の真ん中を見た。真ん中に、四角い土台の跡があった。跡の四つの角はどれも角のまま残っていた。壊したのではなくて、上だけ取ったことになる。
「ここ、前は何かあった」
「あったよ」
ばあやはそれだけ言って、空き地のほうを見なかった。灯は跡の四つの角を、目で順に追った。追い終わってから、束を抱え直した。
空き地を過ぎると、道の幅が半分になっていた。半分になったところで、風が正面から来なくなった。左の壁が風を受けている。
風の音は壁の向こうで一段低くなった。低くなった音は耳より首の後ろのほうへ来る。灯は襟を一度直した。
受けている壁の下だけ、土が湿っていた。湿ったところを踏むと、靴の底が沈んで、離す時に音が変わる。灯は乾いた側へ寄って歩いた。
ばあやは湿った側を歩いていた。歩いた跡が、後ろに点々と残る。灯は自分の跡と並べて見た。ばあやの跡のほうが浅かった。
ばあやは道の端で足を止めた。そこから地面の色が変わっていた。手前が土で、その先が石。石は四角く割ってあって、割った線が縦横に走っていた。
「ここからは足元を見とくれ」
「なんで足元を見なきゃいけないの」
「刺さるよ」
灯は下を見た。石の割れ目に、細いものが何本も立っていた。土から出ているのは先だけで、根元は見えない。
立っているのは傘の骨だった。
灯はしゃがんで、一番手前の一本に指を当てた。指の先は冷たかった。すぐ横の石より冷たい。
根元は石の割れ目に入っていた。入っている深さは指の第一関節ぶんほどだった。灯は骨の上のほうを指で押した。骨は根元から動かない。
一本ずつ、間を空けて立ててある。並びは列ではなかった。近いところは指二本ぶんしか空いていなくて、遠いところは灯の一歩ぶん空いていた。
灯は顔を上げた。
骨は道の先まで続いていた。石の面の上に、細い線が何十本も立っている。上のほうは日が当たっていて、下のほうは影に入っていた。
*
林の入口で、ばあやは束のひもをほどいた。
ほどいた先で、四十本は自分の重さで倒れかけた。灯が抱え直すと、束の中の何本かが互いにこすれて、そこだけ音が変わった。
「一本ずつ立てとくれ」
「どこに立てればいい」
「空いてるところに」
灯は一本目を持って、足元を見た。石の割れ目は縦横に走っていて、交わるところが少し広い。広いところなら、骨の根元が入る。
灯は一本目を、一番近い交わり目へ立てた。手を離すと、骨は自分の重さで少し傾く。傾いたところで止まった。
傾いた向きは風の来る側とは逆だった。押されて傾いたのではない。根元の入り方で決まっていた。
灯は根元を持って、割れ目の奥へもう少し押し込んだ。押し込むと、傾きが半分になった。
二本目は一本目から指二本ぶん離して立てた。三本目はもう少し間を取っていた。空け方に決まりは無い。ばあやも何も言わなかった。
四本目の時、割れ目が浅くて根元が入らなかった。灯は横へ二歩ずれて、別の交わり目を探した。探す間、四本目は右手に持ったままにした。
持っている間に、手のひらの三本の線のうち、一番新しい一本が消えた。あとの二本は残っている。
五本目から八本目までは割れ目が深かった。四本続けて同じ深さに入る。入る時の手ごたえも同じだった。
九本目は根元の先が曲がっていた。そのぶん、まっすぐには入らない。灯は骨を回して、先の向きを割れ目に合わせた。合うところが一つだけあった。
立てるうちに、灯は傘の形が一本ずつ違うのに気づいた。骨の数は十本のものが多くて、八本のものが混ざっていた。折れているものもあった。
八つのものは四十のうち五つあった。五つとも、骨と骨の間が広い。広いぶん、上から見ると形が大きく見えた。
灯は八本のものを五本まとめて立てようとして、途中でやめた。まとめると、そこだけが違う場所になってしまう。
折れた骨はどれも同じ側で折れていた。持つ手の側。
「ばあや、これ、全部誰のなの」
「知らないよ」
「誰がここに置いてくの」
「置いてく人に聞いとくれ」
ばあやは灯より奥へ入っていった。奥へ行くほど骨が古い。古いものは色が黒くなっていて、細い。
細くなった骨のうち、何本かは途中から先が無かった。折れた口は丸い。折れてから、時間が経っていた。
奥は骨と骨の間が手前より狭かった。狭いところは指一つぶんも空いていない。先に来た者から順に、外へ外へと立てていったことになる。
灯は奥のほうを見ていて、人が一人立っているのに気づいた。
林の向こうの端で、背の高い者が腰をかがめていた。灰色の上着で、頭に何もかぶっていない。手に骨を三本持っていた。
その人は三本のうちの一本を、足元の割れ目へ立てた。それから少し離れてみる。もう一度近づいて、位置を指一本ぶん直した。
二本目も同じようにした。三本目の時だけ、立ててから手を離すまでに間があいた。
離してから、その人は骨のほうを見ないで歩き出した。灯のいるほうへは来ない。林の向こうの端に沿って、東へ抜けていく。
灯はその背中を見送った。その間、上着の色と骨の色が一度だけ重なって見えた。
「ばあや、いまの人、知ってる」
「そうだね」
ばあやは顔を上げなかった。灯は三本の骨が立っているところを、目で覚えた。林の向こうの端で、灯の立てた十本からは遠い。
灯は十本目まで立ててから、一度手を止めた。そこで、いま立てた十本を数え直した。十本。数え直しても十本だった。
十本は上から見ると弓なりに並んでいた。まっすぐ立てたつもりで、灯の腕の届く形になっている。腕の長さが並びを決めていた。
立てた十本のうち、二本の先に何かが結んであった。
灯はしゃがんで、近いほうを見た。結んであるのは布の細い切れ端で、結び目は骨の上から三つ目の枝のところにある。
切れ端は色が抜けていた。抜けきる前は白かったのだと分かる。角のところに、白が少し残っていた。
白の残っている角は結び目の内側。内側は日が当たらない。日の当たらない側だけが、元のままでいた。
切れ端の表には線が二本残っていた。線は薄い茶で、片方は短く、片方は下へ曲がっている。文字の一部だとしても、それだけでは読めない。
灯は顔を近づけた。切れ端から布の匂いがした。傘屋の押し入れの匂いより、乾いていた。
もう一本のほうも見た。そちらの結び目はほどけかけていて、切れ端が下へ垂れている。垂れた先は石に着いていた。
そちらの切れ端には線が一本も残っていなかった。表も裏も同じ色になっている。灯は裏を返してもう一度見た。同じだった。
灯は結び目を直そうとして、指を掛けた。そのままにして、そこで止めた。
掛けた指の下で、結び目は思ったより固かった。外側の一回はゆるんでいて、内側の一回は締まったままになる。
灯は指を離した。切れ端はさっきと同じ角度に垂れた。
「ばあや、ちょっと来て」
「なんだね」
「これ、名前が書いてあった」
ばあやは奥から戻ってきた。戻ってきて、灯の横にしゃがんだ。しゃがむ時、片方の膝だけを先に着ける。
「そうだろうね」
「読めない」
「読めないねえ」
ばあやは切れ端に触らなかった。触らないで、その横の石を指の先で払う。石の上の細かいものが、払った側へ動いた。
「あんた、残りを立てとくれ」
灯は立ち上がった。立ち上がる時、膝の裏がまた引っ張られた。今度は束を持っていない。
残りの三十本を、灯は端から順に立てていった。一本立てるごとに、結び目の付いている骨を数えた。
三十本のうち、十五本目までは割れ目が続いていた。そこから先は石の面が広くなって、割れ目が減る。灯は立てる場所を探して、二歩ずつ外へ出た。
外へ出るほど、骨と骨の間が広くなった。広いところは灯の一歩半ぶんある。奥の狭さとは逆になっていた。
二十本目のところで、灯は手を止めて、上着の袖で額を拭いた。袖に付いたのは水ではなくて、細かい砂だった。
二十五本目からあとは日が横から当たるようになっていた。当たると、骨の影が石の上に伸びる。伸びた影は骨より細い。
灯は影のほうを見て立てた。影が前の一本の影と重ならないところを選ぶと、間が自然に空いた。
三十本目を立てたところで、灯は手のひらを開いた。ひもの線は二本とも消えている。かわりに、根元の砂が指の内側に付いていた。
立てた三十本に、結び目の付いたものは一本も無かった。
全部立て終えると、林はさっきより広く見えた。
灯は入口のほうを振り返った。四十本は遠くから見ると前からあった骨と区別が付かない。どれが今日のぶんかは、灯にも分からなかった。
入口から奥までの間に、骨は何百本も立っていた。灯は三十まで数えて、そこで数字が場所と合わなくなった。
列に見えるのは手前だけで、奥は列になっていない。下敷きを立てて筆箱へ入れた時のように、どれも少しずつ違う向きへ倒れていた。
ばあやは石の上に座っていた。座った先で、両手を膝の上に置いている。
置いた両手の指はどれも少し曲がったままだった。開こうとして開かない形になっていた。骨を起こす形に近い。
「ばあや、布は」
灯はそこまで言って、口を閉じた。それから、足元の骨の根元を指で確かめた。根元は石の割れ目の中で、指の第一関節まで入っていた。
ばあやは灯のほうを見なかった。
「今日はここまでだよ」
「うん。また来る」
灯は入口のほうへ歩いた。立てた四十本の間を通って歩いた。通ると、上着の袖が骨に何度か当たる。当たっても、骨は倒れなかった。
当たった骨のうち、二本だけが揺れた。その二本は灯があとから押し込まなかったものになる。押し込んだ側は動かない。
灯は戻って、その二本の根元を親指で押した。押すと、揺れは止まった。
入口の手前で、灯はもう一度振り返った。
日は林の上のほうにだけ当たっていた。骨の上の三分の一が明るくて、下の三分の二は影に入っている。
結び目の付いた二本は灯が今日立てた四十本の中で、立てた順に六本目と十一本目だった。灯は数えた。それから、その二本の位置を目で覚えた。
六本目の切れ端は、まだ結び目の上に載っていた。
十一本目のほうは下へ垂れている。垂れた先の石に、切れ端の形の跡が付いていた。
跡だけが白い。




