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レポ 落とし物の街  作者: 智珠
第一巻 わすれもの

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10/50

第10話 柊の机

 出校日は八時半に集まる。


 灯は七時五十分に家を出た。玄関で母が靴の位置を直していて、直しながら背中で言った。


 母は夜勤明けではない日で、髪をまとめずに下ろしていた。下ろしていると、顔の形が違って見える。灯はそれを見てから、靴に足を入れた。


 「帰りに牛乳。それと、上履き持って帰ってきてね。洗うから」


 「牛乳と上履きね」


 「二本ね。一本だと足りないの、この暑さだと」


 「お金はどうするの」


 「玄関の棚。財布から出しといたから、ちょうどあるはず」


 「おつり出ないようにしたけど、値段変わってたらごめん」


 灯は棚の小皿を見た。硬貨が六枚。百円が二枚と、十円が四枚。数えて、ポケットへ入れた。


 外は日が高かった。塀の影は細い。道の半分から先は日が回っていた。灯は日陰を選んで歩いたが、選べる側が片方しかなかった。


 道の途中で、角の家の犬が柵の内側に伏せていた。名前はハナ。灯は一年前に飼い主から一度だけ聞いている。ハナは灯を見て、尾を二度だけ動かした。顎はすぐに前足へ戻った。


 鞄(かばん)は左の肩。中には上履きの袋と、連絡帳と、筆箱。ノートは入れてこなかった。青い表紙のノートは机の引き出し。学校へは持っていかない。


 灯は歩きながら、指で日を数えた。八月四日。棚の傘が処分に出るまで、あと二十七日あった。


 数えたのは、朝から二度目だった。一度目は玄関で、母の背中を見ながら数えていた。


 角で千夏が待っていた。手に袋を提げている。袋の中で何かが動いた。待つ場所はいつもの電柱の下。そこだけ電線の影が落ちている。


 「見て。持ってきた」


 「ハムじゃないよね」


 「ハムなわけないじゃん。ハムは家。これ、自由研究のぶん。生き物係の下見に持ってくって言ったら、先生が持ってきていいって」


 袋の中は水の入った容器で、底に小さいものが二つ沈んでいた。灯は顔を寄せる。二つとも動かなかった。


 「さっきから動いてない」


 「揺れると止まるの。歩くと止まって、置くと動く。だから途中で立ち止まって見なきゃいけないんだよ、面倒くさい」


 「名前はもうつけた」


 「まだ。二つとも同じ顔してるから、つけたら分かんなくなる」


 「シールでも貼れば」


 「貼るくらいなら、二匹で一個の名前にする。そのほうが楽じゃん」


 千夏は袋を持ち替えて、灯の反対側へ回した。足は止めない。


 道は途中で日の当たる側に出た。灯は袋の影を見ながら歩いた。影は足元で短く、歩く度に形が変わる。


 学校の門は開いていた。夏の門は人が少ない。上級生が二人、自転車を押して先に入っていった。


 校庭には誰もいなかった。朝礼台の白い線が、去年より薄くなっていた。朝礼台の影が短く、鉄棒の下の土が白く乾いていた。プールの水は入ったままで、水面が動いていなかった。灯は歩きながら、プールの端のはしごの数を見た。二つ。去年と同じ。


 昇降口の靴箱は、番号だけが並んでいた。名札は貼っていなかった。灯は自分の段の三つ目に上履きを置いて、外靴を入れた。上履きの中が湿っていた。前に使ったのは七月二十二日で、それから二週間近く入れっぱなしになる。


 千夏の靴箱は二つ隣だった。上履きが入ったままになっていて、千夏はそれを出して履き替えた。かかとを踏んだまま歩き出す。


 「あかりの上履き、かかと踏んでる」


 「ゴムが伸びてるだけ」


 「同じじゃん」


 「違うよ。踏んだのと、伸びたのは違う」


 「上履き、洗うの」


 「お母さんが。二週間入ってたから」


 「あたしのは持って帰らない。どうせまた履くもん」


 「二学期まで置いとくの」


 「洗ってもすぐ汚れるじゃん」


 教室は二階だった。階段の踊り場の窓が全部開いていて、風が下から上へ抜けていた。踊り場の掲示板に、七月の予定表がそのまま貼ってあった。灯は歩きながら二十三日のところを見た。何も書いていなかった。


 教室の戸を開けると、匂いが出てきた。


 二週間閉めきっていた部屋の匂いで、木と、床のワックスと、給食の残りの匂いが混ざっている。二学期の初めの日と同じ匂いだった。灯は匂いのどれが給食のぶんかを、鼻で探した。


 教室に入ると、机が三分の二ほど埋まっていた。窓側の列は、ほとんど空のまま。夏の出校日は来ない子がいると、灯は去年も見て知っていた。


 空いている席は六つあった。灯は数えてから、去年の出校日と比べた。去年の数は覚えていない。


 灯の席は前から三番目の、廊下側から二列目。


 鞄を机の横に掛けて、椅子を引いた。椅子の脚が床で一度引っかかった。座ると、机の天板が思ったより熱い。日が当たっていた側の列で、朝のうちに温まっていた。


 千夏は袋を自分の机に載せて、中の容器を出した。少し見せてから、また袋へ戻した。


 教室の後ろの棚に、夏休みの提出物の箱が三つ並んでいた。三つとも空に近かった。上の紙に「工作」「読書」「自由研究」と書いてある。字は多田のもので、名前の欄ではないので曲がっていた。


 窓側の一番後ろに、柊がいた。


 机に伏せているのではない。座って、机の中に手を入れていた。そのまま動かなかった。灯はそれを見て、目を戻した。


 千夏は容器を机の上に置いて、上から見下ろした。水は指の一節ぶんの深さ。しばらくそうしてから、灯のほうへ首を向けた。


 「動いた。今、片方だけ」


 「どっちが動いたの」


 「右。あ、止まった。見た?」


 「見てない。見てなかった」


 「じゃあ、また動いたら言うね」


 千夏は容器の横に頬(ほお)をつけて、目の高さを水面に合わせた。そこで動かなくなった。


 八時半に多田が来た。


 多田は名簿を持っていなかった。手には出席簿と、白いチョークが一本。教壇に出席簿を置いて、開かずにそのまま話しはじめた。


 「はい、暑いですね」


 「今日は三時間です」


 多田は黒板に横線を三本引いた。


 「一時間目は話。二時間目は机です」


 線の下に、字を入れずに丸を三つ書く。


 「三時間目は相談です」


 千夏が手を上げた。


 「先生、生き物持ってきていいって言いましたよね。あたし持ってきたんですけど、これ教室に置いといていいですか。それとも廊下ですか」


 「千夏さん、廊下は暑いです」


 「後ろの棚にしてください」


 多田は出席簿を開かずに、顔を上げて教室を見た。見る順は、窓側の前からになった。それから名前を呼びはじめた。


 「うめもと、いる」


 「あさの、いる」


 「うちだ、いない」


 「いのうえ、いる」


 名前は順に出てきた。呼ぶ間の長さは、どれも同じ。


 「さいとう、いる」


 「きたむら、いる」


 「くろさわ、いない」


 「おかだ、いる」


 灯は呼ばれる名前を順に追った。呼ばれた順は、名簿の順ではない。窓側の列から始まって、廊下側へ移り、また窓側へ戻る。机の並びの順になっている。


 「かとう、いない」


 空いている席のところで、多田は少しだけ間を置いて、いない、と言った。


 「ひいらぎ、いる」


 「はやし、いる」


 柊は手を上げない。多田も待たなかった。


 自分の名前が来るのを、灯は待っていた。


 「あかり、いる」


 多田は灯の顔を見て言った。言い終えると、次へ移る。灯は返事をしなかった。返事をする間が無かった。


 呼び終わってから、多田は出席簿を開いた。呼んだ順に書き入れていく。書く字は速くて、汚かった。


 灯は前から三番目なので、教壇の上がよく見える。多田の書く字は、日付も曜日も曲がっていた。


 灯は日付の字と、名前の字を見比べた。


 日付は八月四日で、四の下が跳ねている。曜日の字は形が崩れて、何と書いてあるか灯には読めない。その隣の名前の欄は、一字ずつ間が空いていて、はねと払いが最後まで残っていた。


 「先生、字きたないですよね。いつも思ってたんですけど」


 千夏の声だった。教室のあちこちで笑いが起きた。


 「千夏さん、汚いです」


 「急いでいるので」


 多田は書く手を止めなかった。名前の欄へ来ると、そこだけ速さが落ちる。教室の笑いは、次の話へ移っている。


 灯は多田の手を見ていた。


 二年生の時の先生は、灯を一度「あかね」と呼んだ。三年生の時の先生は、出席簿を指でたどりながら呼んだ。


 *


 机とロッカーを整理する時間になった。


 「机の中を出してください」


 多田は黒板の前で、手のひらを一度合わせた。


 「全部です」


 「机の上へ並べましょう」


 窓側の列から、椅子を引く音が続けて立った。


 「要る物と要らない物に分けてください」


 「要らない物も持ち帰りです」


 教室が動きはじめた。


 多田は列の間を歩いていた。歩きながら、机の上を見ていく。止まる机と、止まらない机がある。止まった机では、要らないほうの山を指して一言だけ言った。


 「これは持って帰ってください」


 「先生、これ、去年のです」


 「なおさら持ち帰りです」


 灯は机の中に手を入れた。出てきたのは、国語のノートが一冊。算数のドリルが一冊。連絡帳。折り紙の袋。定規。それと、いつ入れたか分からない給食のスプーンの袋。


 六つ。並べると、机の上の三分の一で足りた。残りの三分の二は木の色のままだった。


 千夏の机からは十四出た。数えたのは灯で、千夏は数えなかった。出したものを積み上げて、上から順に落としては拾っていた。


 十四のうち、四つが同じものだった。丸めたプリントで、丸め方も同じ。千夏はそれを四つとも広げて、四つとも同じ日付なのを見つけて笑った。


 「うわ、四枚もらってたんだ、あたし。誰かに配るやつ持って帰ってきてる」


 「配る係だったの」


 「そう。四月の。余ったのを机に入れて、それきり忘れてた」


 千夏は四枚を重ねて、また丸めた。一つにまとめて、袋へ入れた。


 「あかり、少なすぎでしょ。それ全部」


 「もう空だよ。何も入ってない」


 「あたしのと交換してほしい。あかりの机、涼しそう」


 「熱いよ、天板。さわってみ」


 「あかりって、机の中に物ためないよね。前からそう」


 「入れたらすぐ出す」


 「出したのはどこ行くの」


 「うちの机の引き出し」


 「じゃあ結局ためてるじゃん。場所が違うだけ」


 灯は言い返そうとして、やめた。家の引き出しの中身を、灯は数えたことがない。


 窓側の子の机から、色鉛筆の缶が出てきて、中身が全部無い。前の席の子は、ハーモニカを二つ出して、どちらが自分のか分からないと言っていた。多田は二つとも名前を見るように言った。名前は片方だけ。


 千夏が身を乗り出した。


 「先生、名前ないほうは」


 「調べましょう」


 「放課後まで預からせてください」


 多田は名前の書いてあるほうだけを、その子へ返した。


 教室の後ろのほうから、物の落ちる音が続けて聞こえた。


 柊の机だった。


 灯は椅子の上で体を回して見た。柊は机の中に両腕を入れて、抱えるようにして出していた。出したものが机の上に載りきらずに、床へ落ちている。柊は拾わずに、次を出していた。


 落ちる音は続いた。一つ、間があって、また二つ。教室の何人かが振り返って、また自分の机へ戻った。振り返って戻る速さが、みんな同じだった。


 多田は前のほうにいた。窓側の子の机を見ていた。


 「柊くん、拾ってください」


 「それから続けましょう」


 柊は手を止めて、床のものを拾いはじめた。手つきが速い。片手で三つずつ、机の上へ移していった。置く場所は同じところへ戻っていく。少しずつ動かして位置を直していた。


 灯は立って、後ろへ行った。


 途中で千夏の机の横を通った。千夏は積み上げたものの上に頬をつけて、こちらを見ていた。


 「行くの」


 「あれ、一人だと終わらないよ」


 「あたしはここで見てる。あとで行く」


 柊の机の上は、もう並べる場所が無かった。


 物は机の縁まで来ていて、縁の外へ落ちそうなものが二つある。灯は落ちそうな二つを、内側へ寄せた。そこが別の列だったことに、あとで気付いた。


 柊が手を出して、二つを元の列へ戻した。


 「そっちは違う」


 「どっちも金物なのに」


 「穴が違う」


 灯は二つを並べて見比べた。片方は真ん中に穴が一つ。もう片方は穴が二つ並んでいる。言われてから見ると、確かに違った。


 「穴の数で分けてるの」


 「数と、大きさ」


 「二つで分けてるの」


 「三つ。あと、厚み」


 四十を超える物が机の上に出ていた。灯は数えようとして、途中で分からなくなった。二度目も同じところで止まった。同じものが混ざっている。


 柊の机の中は、まだ空になっていなかった。


 奥に手が届かないらしく、柊は机の横へ回って、体を斜めにして腕を入れていた。肩まで隠れる深さになる。引き出したのは、細長い箱だった。箱は蓋が無く、中が三つに仕切ってあった。


 仕切りの中にも物が入っていた。


 「箱まである」


 柊はその箱を机の上へ下ろした。蓋の無い上を手のひらで一度覆って、離す。


 「手伝う。半分やる」


 柊は灯を見た。それだけで、何も言わなかった。断るなら首を振る。灯はそれを知っていた。


 仕切りの一つが、机の上で空いた。柊は空けた側へ、手のひらを一度当てた。


 「そこ、使っていい」


 「うん」


 柊は仕切りの中身を、机の隅の狭いところへ移した。そこはもう物で埋まっている。柊はその上に重ねずに、一つずつ間へ差し込んだ。差し込む先に迷いが無い。


 灯は床に落ちているものを拾った。


 拾ったのは、金属の小さい部品だった。指で挟むと、思ったより冷たい。六角の頭が付いていて、下が細くて、溝が回っている。切ってある端の色が、まわりより白い。


 「ボルト」


 柊が言った。


 「これも、ボルト」


 「五ミリ。短いの」


 「五ミリって、どこの」


 「太さ」


 「測ったんだ」


 「測った」


 机の上の一角を、柊が指した。そこに同じ形のものが並んでいた。数えると九つ。長さが違って、長い順に並んでいる。灯は手のひらの一つを、一番短い端へそろえた。


 手を離してすぐ、位置が違うのが分かった。手の中のは、一番短いのより短い。


 列の九つは、長さの差が同じだった。端から端まで、一つずつ同じ幅で短くなっていた。灯は指で間を測った。どの間も同じ。


 「これ、順番きれい」


 「そろえた」


 「集めてからそろえたの。それとも」


 「拾うたび」


 「そのたびに入れ直すの」


 柊は口では返さなかった。列の三つ目を抜いて、四つ目の前へ置く。すぐ元へ戻した。順番はそのまま。


 柊が手を出して、その一つを取った。端の外へ出した。


 「五ミリ」


 「見て分かるの」


 「見れば」


 「あたしには同じに見える」


 柊は列から六ミリを一つ抜いて、端の五ミリの横へ並べた。二つ並ぶと、太さの違いが分かった。一つだけ渡されたら、灯には分からない。


 「二つあると分かる」


 「並べる」


 「そのために集めてるの」


 柊は答えなかった。六ミリを列へ戻し、五ミリは端の外へ置き直した。


 それから箱を机の端へ寄せた。底が机に当たって、中の物が少しだけ動く。柊は指で位置を直した。同じ場所へ、一度で入る。灯はそれを見ていて、その速さが列を作る時より速いのに気付いた。


 「前の場所、覚えてるんだ」


 「覚えてない」


 「じゃあ、なんで戻せるの」


 「入る所が一つしかない」


 千夏が来た。来て、机の上を見て、両手を口に当てた。


 「うわ、なにこれ。宝の山じゃん。柊くんこれ全部拾ったの。買ったのじゃなくて」


 「拾った」


 「どこで」


 「道と学校。あとはいろいろ」


 「答えになってないよ、それ」


 千夏は机の端の一角を指した。そこには小さいばねが四つ並んでいる。四つとも巻きの数が違った。


 「これ何。ばね」


 「ばね」


 「そのまんまじゃん」


 千夏は笑った。しゃがんで、机の高さに目を合わせた。


 「あかり、これ見て。ぜんぶ端そろってる」


 灯もしゃがんだ。


 机の上の物は、列ごとに手前の端がそろっていた。長さが違っても、手前だけがそろっている。奥は伸び縮みして、列ごとに違う形の線を作っていた。


 「そろえてる」


 「手前だけ」


 「どうして手前だけ」


 「手前から見るから」


 千夏のほうへは顔を向けなかった。見ないまま次の一角を作りはじめた。


 物は形ごとに分かれていた。


 ボルトの列。ワッシャーの列。片方だけの耳あてが三つ。石が十一。ボタンが六つ。鍵が二つ。どちらも同じ形ではなかった。


 ほかに、キャップの外れたペンが五本。輪ゴムを巻いた木の棒。ガラスの破片が一つ。角が丸くなっていて、触っても切れなかった。


 千夏は破片を持ち上げて、窓に透かす。


 「これきれい。海のやつじゃん」


 「川」


 「川にもあるの」


 「橋の下」


 千夏は破片を机の上へ戻す。置いた場所が半分ずれて、柊が指で直した。


 「これ、名前つけてんの」


 「ある」


 「石にも名前あるの」


 柊は石の列の端を指した。


 「階段の下。校門。プールの裏」


 「拾った場所じゃん。名前じゃないよ」


 「そう呼ぶ」


 千夏が笑った。


 「柊くん、石ばっかじゃん。石屋さん」


 柊は笑わない。石を一つ動かして、隣との幅を指一本ぶん広げた。


 *


 灯はその隙間を見た。


 プールの裏と校門の間は広くて、階段の下と教室の前は狭い。


 灯は列の端から順に指を移した。頭の中で置き直してみる。プールの裏、階段の下、教室の前、それから校門。指と頭が同じところで止まった。


 「歩いた順だ」


 「順」


 「拾った順じゃなくて、歩く順」


 返事はうなずきでもなかった。一番端の石を、柊が指の腹で一度押した。石の位置は変わらない。


 「これ、学校の形になってる」


 柊は動かす手を止めて、顔だけをこちらへ向けた。目の合っている時間が、朝の教室より長い。


 「そう」


 それだけ言って、また動かした。


 千夏は片方だけの耳あてを一つ持ち上げた。


 「これ、片っぽしかないじゃん。片っぽだけあってもさ、聞こえないでしょ。捨てないの」


 「片方が来る」


 「なんで捨てないの、それ」


 柊は千夏の手から耳あてを取り返して、元の位置へ戻した。三つ並んだ真ん中になる。


 灯はその三つに目を落とした。


 三つとも白かった。三つとも同じ形に見える。灯は顔を近づけて、違いを探した。一つは線の付け根に細い傷がある。一つは線が短く切れている。もう一つは何も無い。


 「これ、同じのが三つ」


 「違う」


 「どこが違うの」


 柊が指したのは真ん中の一つ。


 「これだけ、うちの」


 「柊くんの家の」


 両端の二つが、柊の指で少し外へ動いた。真ん中との間が、指の幅ぶんずつ広くなった。


 灯はその間を見た。ボルトの列も、石の列も、間の広さがそろっていた。この三つも、真ん中だけが両端から等しく離れている。


 千夏が自分の机のほうを振り返った。


 「あたしのも見てよ。十四あるんだけど」


 「見る」


 「そう。柊くんのは何個」


 柊は机の上へ目を落として、言った。


 「六十三」


 千夏が声を上げた。灯は六十三を口の中で置いて、そこで手を止めた。柊のほうは数を口に出さない。机の上へ目を落としたまま言う。


 「数えてないよね、今」


 「目で分かる」


 「じゃあ、なんで分かるの」


 「入れる時に足す」


 多田が後ろへ来た。


 机の上を見て、何も言わずに数を数えるように目を動かしていた。


 「柊くん、要らないものは」


 「無い」


 「では、全部持ち帰ってください」


 「袋は職員室から持ってきてください」


 「もらってきます」


 多田は行く。少しして、袋を三枚持って戻ってきた。持ってきたのは、給食の白い袋ではなく、灰色の厚いの。三枚を柊の机の端に置いて、それだけで前へ戻った。


 「柊くん、それ持って帰って、家でどうするの」


 「並べる」


 「家にも机あるじゃん」


 「入ってる」


 柊は袋の口を持ったまま、首の位置を少しずらす。振ったのではない。ずらしただけに見えた。


 千夏は袋の中の容器を教室の後ろの棚へ置いてから、自分の机へ帰った。棚の前でしゃがんで、中を見ていた。


 「あかり、こっち来て。二つとも動いてる」


 「あとで行く」


 「今日は来ないの」


 「これ終わったら」


 千夏はしゃがんだまま片手を上げて振った。顔はすぐ容器のほうへ戻る。


 灯は残った。


 柊は袋を一枚広げて、机の上のものを移しはじめた。右の端から順で、並びのとおりになる。灯も手を出した。順は崩さないようにした。


 「これ、全部いつから」


 「三年生」


 「そんな前から、一個も捨ててないの」


 「捨ててない」


 柊は袋の口を少し開けて、次の一角に手を掛けた。そこでしばらく動かない。


 その一角は金物ではなかった。紙の切れ端が重ねてあって、どれも同じ大きさに切ってあった。灯は一番上の一枚を取り上げた。字は書いていなかった。裏返すと、隅に薄い折り目が付いていた。指で伸ばしても、折り目は消えない。灯はそれを元の場所へ戻した。戻す時に、紙の縁が指の腹を薄く滑った。


 「減った時もある」


 「減るって、捨てたってこと」


 「落とした」


 「探しに行ったんだ」


 「見つかった」


 柊は一角を袋へ移した。空いた四角を手のひらで拭く。物の跡がうっすらと残っている。


 灯は袋の口を持った。柊が落としていく。一つ落ちる度に袋の底が重くなって、持っている手に来た。


 ボタンの列の番で、柊は六つのうち二つを別の場所へ置いた。その二つは、袋ではなく机の端になる。


 「それ、入れないの」


 「これ、違うところの」


 「それ、どこの」


 「学校じゃない」


 その二つは、上着のポケットへ落ちた。ポケットが浅くて、一度は膝で受けてから押し込んだ。


 石の列の番になった。


 柊は石を一つずつ取って、袋へ落とした。落とす前に手のひらで包む。十一個ぜんぶそうした。


 「石、重くない」


 「重い」


 「それも取っとくんだ」


 「捨てない」


 「石だよ。どこにでもあるじゃん」


 「同じのは無い」


 「割れたらどうするの」


 「二つになる」


 「増えるんだ、それ」


 袋の中を、柊が見た。見てから、口を少し閉じた。


 「なんで取っとくの」


 柊は手を止めた。


 止めて、袋の中を見た。それから灯を見ないで言う。


 「失くしたら、探すだろ、普通」


 灯は袋を持ったまま、動かなかった。


 変なやつ。


 袋の重さが、まだ手に来ていた。持っている手の指が、内側へ曲がったままになっている。灯は持ち替えた。


 残ったのは、鍵が二つとボルトの列。


 柊は二つを並べて置いた。片方は平たくて、もう片方は太い。頭に穴が二つ開いているのは太いほうだった。


 「これ、どこの」


 「分からない」


 「穴を探してる」


 「見つかったことある」


 「一度だけ」


 柊は平たいほうを袋へ入れた。太いほうは、ボタン二つと同じポケットへ行った。


 最後の一角が袋へ入った。ボルトの列で、九つ。長い順のまま袋へ落ちて、袋の中で順が崩れた。柊はそれを直さない。列の外の五ミリも、そのポケットへ入れた。


 袋は三枚とも埋まった。机の上に、物の跡が薄く見えた。


 柊は袋の口を一枚ずつ結んだ。結び方は同じで、二重にしてから端を下へ引く。三枚とも同じ形の結び目になった。


 灯は自分の机へ戻った。


 戻る途中で、千夏が棚の前でまだしゃがんでいるのが見えた。容器の中で、二つのうち一つが動いていた。


 三時間目は自由研究の相談だった。多田が班ごとに回って、一人ずつ聞いていく。灯の番が来るまでに時間があった。


 千夏の番が先に来た。棚の容器を持ってきて、多田の前で蓋を開けて見せる。


 「先生、これで観察日記書きます。六月からハムのやってるんで、今度はこっちも」


 「千夏さん、一つずつにしてください」


 「両方やります。ハムのはもう習慣なんで」


 多田は少し黙ってから、分かりました、と言った。


 灯は机の中を見た。


 六つ。国語のノート。算数のドリル。連絡帳。折り紙の袋。定規。スプーンの袋。


 どれにも名前が書いてある。灯が四月に書いた。字の形が今より丸かった。


 名前の書いてある六つを見ていると、書いた日のことが少し戻ってきた。四月の初めで、教室の後ろに新しい名簿が貼ってあって、灯はそれを一度読んだ。


 灯は連絡帳を出して、後ろの白いところを開いた。鉛筆は筆箱の手前に入っている。


 書いたのは、ボルト六ミリ九つ、と、五ミリ一つ、と、石十一。それから、片方だけの耳あて三つ。


 書いてから、線を一本引いた。


 多田が来た。


 「灯、自由研究は決まりましたか」


 「まだ決めてません」


 「決まったら教えてください」


 多田は次の席へ行った。二つ後ろの席で立ち止まる。そこは柊の席だった。柊はもう袋を膝の横へ置いている。


 「柊くん、自由研究は」


 「分けるやつ」


 「どう分けますか」


 「拾ったの」


 「連絡帳に書いておきましょう」


 「数だけでいいです」


 「一度見にきます」


 柊はうなずいた。うなずくのを、灯は横から見た。


 そのまま連絡帳を閉じた。


 帰りに、昇降口で柊とすれ違った。柊は袋を三枚とも提げていた。両手に一枚ずつと、腕に一枚掛けている。腕の袋が歩く度に膝に当たっていた。


 目は前を向いたままだった。


 千夏は先に帰っていた。牛乳のことを言おうとして、言う前にいなくなっている。


 灯は自分の上履きを袋へ押し込んだ。上履きの底に、教室の床のワックスの匂いが残っている。かかとのゴムは、千夏の言ったとおり伸びていた。灯は指を一本入れて、伸びたぶんを引いてみた。それから、昇降口の外を見た。


 柊は門の手前で止まっていた。袋の一枚が地面についていて、口の結び目がほどけかけている。灯は追いついて、袋の口を持った。


 結び目は直さないまま上着のポケットから二つ出した。ボタンが二つ。学校のではないほうだった。


 二つを手のひらに載せて、灯のほうへ向けた。ボタンは白と、白より少し黄色いのが一つずつ。穴はどちらも四つ開いていた。


 「これ、名前書いてない」


 灯は手のひらの二つを見た。白いほうは糸が二本。黄色いほうは穴の縁が欠けていた。


 柊はそれをポケットへ戻して、袋を持ち直した。そのまま歩き出した。


 地面についていた場所に、袋の底の跡が四角く残っていた。灯はその内側へ、自分の上履きの袋を一度だけ置いた。

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