幕話1 山林の猪
翌日――。
冴え渡った早朝の空は、雲一つなく青く澄みきっている。
ここは村近くの小山。山道へ向かう入口のすぐそばにある林の中で、鬱蒼と茂る藪と、清らかだが流れの速い川の畔である。
そこで、村の大勢のハンター達が集まっていた。
彼らは散り散りに周囲の様子を見渡したり、藪を掻き分けながら山狩りを行っている。
「おい、皆来てくれ!」
ロンドも川沿いを上流へ向かって歩いていたところ、大きな声を上げて辺りに呼び掛けた。
すぐに近場の仲間達が集結し、「どうした?」「なんだ、なんだ……?」と口々に呟く。
その中で、ふと誰かが「親方」と呼ぶ声が聞こえてきた。
やがて人の間を押し退けて、ひとりの男が現れる。
厳つい顔と顎髭が特徴的な、大柄で鎧姿の中年男性だった。
「あぁ、親方。こっちの水辺にあったよ……」
ロンドは振り向きざまに、川辺の縁を指で指し示す。
「見つけたのか? どれどれ」
親方も前のめりの体勢で覗き込んだ。
周囲にいた他のハンター達も、一斉に視線を向ける。
そこには、大きな獣の足跡があった。まだ新しく、形もはっきりと見て取れる。
この場にいる誰もが、それが猪の足跡だと理解した。
すぐに親方は立ち上がり、指示を飛ばす。
「間違いねぇ……件の害獣だ。この近くにいるはずだ。気合いで探し出せ!」
それを聞いてハンター達も、緊張した空気を漂わせながら、やる気に満ちた表情へと変わる。
すぐさま一斉に動き出し、四方八方へと散っていく。
「いたぞぉぉ!!」
しばらくして、遠く離れた藪の向こうから仲間の叫び声が響いた。
真っ先に親方が駆け出す。
やや遅れてロンドも慌てて後に続いた。
鬱蒼とした藪を掻き分けながら林の奥へ進むと、やがて目的の場所へと辿り着く。
そこで親方とロンドは、同時に目を見開いた。
目の前には、猪が暴れていた。
身の丈二メートルを越える大物で、巨体を振り乱しながら近づく者を牽制している。
対してハンター達も武器を掲げて取り囲んでいるが、膠着状態を維持するので精一杯のようだった。
「あいつか」
親方が呟き、探していた個体だと確信する。
「よし……なら、ここは私が!」
ロンドも武器を手に加勢へと飛び込んだ
次の瞬間、猪の横薙ぎが走る。
するとロンドの体は弾かれ、仰向けに転倒した。
「ブヒィィ!!」
再び猪は攻撃を仕掛けてきて、牙を突き立てて迫った。
ほぼ同時に親方が間へ割り込み、携えた槍で受け止める。
「あわわ!?」
「ほら、ロンドさん! 腰抜かしてないで、こっちに来い!」
仲間達に引きずられるようにして、ロンドは後方へと下がっていく。
その間も親方と猪は、力比べを続けていた。
互いに押しては返す攻防が続く。
「っち!…」
やがて親方は舌打ちする。完全に動きを封じられ、攻めあぐねる状態へと陥っていた。
周囲の仲間達にも、不安と焦りの空気が広がっていく。
その時だった。
頭上から声が降ってくる。
「そのまま、動くんじゃないよ!!」
唐突な声に、全員が一斉に顔を上げた。
木々の枝から人影が飛び降りる。
腰から抜いたメイスを振りかざし、その勢いのまま猪の首元へと叩きつけた。
猪は断末魔の叫びを上げながら、その場に崩れ落ちる。
やがて全く動かなくなり、絶命したようだった。
辺りは静まり返る。
ハンター一同は全員が唖然とし、大口を開けたまま立ち尽くしていた。
「アンタら、無事かい?」
止めを刺した女が立ち上がり、声をかける。
しばらくの間、誰も返事をする者はいなかった。




