3話 蜂蜜の猪ステーキ 1
森で猪が討伐された、その日の午前中――。
身支度を整えたサーラは、鏡の前で髪と服の裾を整え、おんぶ紐で赤子を背負った。
「OK、イエィ!」
最後に右手でピースを作って目元に添え、左手を腰へ当てるお気に入りのポーズを決めると、満足そうに頷く。
買い物籠を手に戸締まりを済ませ、そのまま家を出た。
外では籠を提げた婦人たちが行き交い、朝の村はどこか賑やかだった。
サーラも流れに加わり、広場へ向かって歩いていく。
近所の家の前を通りかかると、玄関先にいた住人たちが声を掛けてきた。
「おや、サーラちゃん。昨日の赤ちゃんも一緒かい」
「おはようねぇ」
「あら、隣のおばあちゃんに裏のおばあちゃん。おはようございます」
笑顔で挨拶を返すと、おばあさんの一人が尋ねた。
「今日はどこへ行くんだい?」
「お買い物よ。今日は広場に行商の人が来る日だから」
「ああ、そうだったね」
「気をつけて行っといで」
「うん、行ってきます!」
「あとで、赤ちゃん。…家で面倒みるからね」
軽く手を振り、再び歩き出す。
やがて辿り着いたのは村の広場だった。
普段は荷馬車が停まるだけの広い空き地だが、この日は数台の荷馬車が並び、その周囲を買い物客がぐるりと囲んでいる。
ほとんどが村の婦人たちだ。
あちこちで値段交渉や笑い声が飛び交い、広場は朝から活気に満ちていた。
その時、御者台に立った髭面の店主が胸を張り、大きな声を響かせる。
「さぁ寄ってらっしゃい! 今日は南から、とびきり良い品を持ってきたよ!」
「まぁ、本当?」
「ちょっと見てみようかしら」
婦人たちが一斉に荷馬車へ集まる。
サーラも人の間を器用にすり抜け、最前列まで進んだ。
「くださいな!」
その声に若い商人が振り向く。
「おっ、いつも来てくれる目利きのいい嬢ちゃんじゃないか。いらっしゃい」
しかし、すぐに赤子へ目を向けて首を傾げた。
「あれ? 前に来た時は、そんな小さい子なんていなかったよな?」
「あたしの家で昨日から一緒に暮らしてるの。よろしくね、おじさん」
「へぇ、そうなのか。よろしくな、弟くん」
「むぅ、違うわ。この子は女の子」
「あれま、妹ちゃんか」
「もう、間違えないでよ」
サーラは頬をぷくっと膨らませる。
「ぶーぶー」
その様子に商人は苦笑した。
「悪かった悪かった。お得意さんに失礼しちまったな。今日はお詫びに少し安くしとくよ」
その一言で、サーラの表情はころりと変わる。
「じゃあ、野菜はこれと、それと……向こうのも。あと保存食と調味料もお願い」
商品を一つひとつ見比べながら、迷いなく指を差していく。
「はぁ~、相変わらず見る目がいいなぁ。鮮度のいい物ばっかり選ぶじゃないか」
商人は苦笑しながら荷台へ引っ込み、調味料を取りに向かった。
その間、サーラは赤子を揺らしながら静かに待つ。
だが突然、赤子が大きな声で泣き出した。
「よしよし。どうしたの? お腹すいたのかな」
優しく身体を揺らしてみても、泣き声は止まらない。
その様子に気付いた店主が近寄ってきた。
「おやおや、可愛いお客様だ。お腹が空いたのかな? だったら、甘い物はいかがです?」
「へ? 甘い物あるの?」
サーラの目がぱっと輝く。
その反応につられるように、周囲の婦人たちも一斉に振り向いた。
「ええ。本日の目玉商品です。南方から仕入れた、滅多に手に入らない逸品ですよ――」
店主はにやりと笑い、後ろ手に隠していた品をゆっくりと前へ差し出す。




