3話 蜂蜜の猪ステーキ 2
それは瓶に入った蜂蜜だった。
とろりと粘度を帯びた液体が、日光を受けて黄金色にきらめいている。
辺りにいた御婦人方から、どよめきが上がった。
すかさず店主は瓶から蜂蜜を匙ですくい、赤子の口元へと差し出す。
「特別に、試食させてあげますよ……さあ、口をあーんして――」
「わあぁぁぁー!?!……だめダメ駄目じゃ!! 絶対に駄目じゃぁぁ!!」
サーラは全力で腕を振り回して拒絶し、そのまま後退して距離を取った。
周囲の人々は狼狽え、成り行きを見守しかない。
「な、なんだよ……これは変な物なんかじゃねぇぞ! このガキ、うちの商品にケチつけんじゃねぇ!!」
店主もまた声を荒げる。
「待たんかい!!」
その時、鋭い声が飛んだ。
同時にサーラと店主が振り返る。
人だかりの隙間を割って、村長が姿を現していた。
鋭い眼差しを店主へ向け、きっぱりと言い切る。
「その娘の言う通りじゃ。蜂蜜は、一歳未満の赤子には与えてはならん。病を引き起こす」
「な、なんですって!? それは事実ですか!?」
「事実だ」
村長は短く肯定した。
「蜂蜜そのものは大人が食べても何ともない。だがその子はまだ生後半年、免疫が未熟じゃ。」
「えぇ!?」
「さらに言えば、蜂蜜は加熱しても病の原因は消えん。ゆえに口にさせてはならん」
「そ、そうだったのか……」
「知らずとも仕方ない。ワシの若い頃は常識じゃったがな……それでも蜂蜜自体、この辺りでは戦後から滅多に手に入らん。じゃがな、商人ならば商品の知識は持っておれ」
「は、はぁ。…」
やがて店主は力なく肩を落とし、サーラへと向き直った。
「す、すまない、お嬢さん……」
「え、あ……うぅん、大丈夫よ。こっちこそ大声出して、ごめんなさい」
「いやぁ……今回は完全に私が悪かった。詫びに何でもする」
「い、いやいや……流石にそこまでじゃないから」
サーラもまた、何度も頭を下げる。
互いに謝罪を繰り返す光景に、周囲の御婦人方は微笑ましそうにクスクスと笑っていた。
「おーい。今、帰ったぞぉ!」
離れた位置から、聞き覚えのある野太い声が響く。
広場の全員が一斉に振り返り、そして次の瞬間、息を呑んだ。
「うわぁ……!」
「でっかいわね!!」
視線の先には、村のハンターたちが歩いてきていた。
先頭の男たちは、異様なほどに肥えた巨大な猪を担いでいる。
彼らは荷馬車の傍らまで来ると、どさりと獲物を地面へ下ろした。
その中から親方が一歩前へ出て、店主へ声をかける。
「おう、商人さん。まだいたか。いつも通り、仕留めた獲物の皮や牙を買い取ってくれや。今回は大物だ、少し色付けてくれよ」
「は、はい。毎度ありがとうございます。すぐ査定の準備を」
店主はすぐに馬車へ戻り、作業の準備へと取りかかる。
入れ替わるように親方は振り返り、村人たちへ向き直った。
「よし、皆。害獣は駆除した。これで山も荒れねぇし、今日は腹一杯肉が食えるぞ!」
次の瞬間、広場は歓声に包まれた。
御婦人方も、玄関先に出ていた村人たちも一斉に拍手を送る。
「うわぉ!! 親方、凄い大きさじゃん!!」
サーラも満面の笑みで腕を振り回し、小躍りしていた。全身で喜びを表している。
「ふはは! だろうな。俺も早く食いたいぜ」
と、親方も頷き返す。
「はい!! はい!! 親方、ねえ親方!」
「あぁ? なんだよ?」
「もうすぐお昼だし、お肉ガッツリ食べたいの! だからね、すっごく美味しい料理方法があるんだけど……食べてみない?」
するとサーラは興奮気味に、身を乗り出して提案しだした。




