2話 野菜のパン粥 1
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ロンドは慌てて山道を駆け下りていた。
息は荒く、足取りもふらついている。それでも決して立ち止まろうとはしない。
一緒に仕事をしていた仲間や、知らせに来たケリーの旦那ですら置き去りだ。
今の彼には、余裕などなかった。
目指す先は村の広場にあるハンター組合支部。
平屋の建物が見えた瞬間、ロンドはそのままの勢いで扉を開け放った。
「うちの娘がどうしたって!?」
支部中に響く大声。
だが次の瞬間、ロンドは思わず目を丸くした。
普段の様相とは異なり、中が妙に騒がしい。
支部に多くの村人が集まっていた。
主に村の年寄りやご婦人達が、奥の飲食スペースに固まりながら、何やらひそひそと話し込んでいる。
受付の職員達も受注カウンター越しに、その様子を遠巻きに見守っていた。
「な、なんだ?」
異様な空気にロンドは戸惑う。
その時だった。
「あ、お父ちゃん!」
聞き慣れた声が飛んできた。
すぐにロンドが振り向く。
するとサーラが、人だかりをかき分けながら駆け寄ってくる。腕には布に包まれた何かを抱えていた。
「お父ちゃん、大変!!」
「あぁ、怖かったんだね!」
とロンドも両腕を広げ、抱きしめようとした。
しかし――
「うちの物置小屋に、赤ちゃんがいた!!」
「へ?」
間の抜けた声が漏れ、ロンドは変な顔のまま固まってしまった。
ようやくサーラは、彼の前まで辿り着くと、抱えていた布をそっと持ち上げる。
「ほら」
その中を見せるように差し出した。
布の中には、一人の赤ん坊がいた。
短い黒髪に、大きな青い瞳。
ぷくりと丸い頬をした愛らしい顔立ちで、小さな指を口にくわえている。
その姿はまるで精巧な人形のようで、思わず目を奪われるほどだった。
「へ?…」
ロンドは赤ん坊と目が合った瞬間、また固まる。
数秒の沈黙。
やがて我に返ると、慌てて周囲を見回した。
「え……どういう事なの?」
「ロンドさん、実はね……」
すかさずケリーが近寄り、これまでの経緯を説明し始める。
ほぼ同時に、村人たちも再びサーラの周囲へ集まっていた。
「めんこい子だねぇ……天使みたいだ」
「手もちっちゃいねぇ。でも首は座ってるし、生後半年くらいかい?」
「あっ、こっち見たよ」
「あぶぶー、ばぁ!」
皆が口々に声をかけ、代わる代わる赤ん坊をあやしていく。
赤ん坊も嫌がる様子はなく、きょろきょろと辺りを見回していた。
さらに騒がしさが増していく。
しかし――
「おい、お前ら」
低く通る声が響く。
人垣の奥から、一人の老人が杖をつきながら歩いてきた。
皺だらけの顔。 白髪混じりの髭。
「村長だ」
と誰かが小さく呟く。
その言葉と同時に、村人たちの表情が引き締まった。
「皆、いつまでそうしておる!」
村長は人々を見渡す。
場の空気が一変した。
「あやすのは後じゃ。今はもっと考えねばならん事があるだろう」
すると住民たちは、はっと我に返る。
先ほどまでの和やかな空気が、嘘のように静まり返った。
「……村長の言う通りだな」
「まずは、この子をどうするかだ」
「親を探すべきじゃないか?」
「いや、村の子じゃないだろう。子供が生まれたなら、とっくに噂になっとる」
「余所から来た人間が置いていったのかもしれん」
次第に話題は、赤ん坊の処遇へと移っていく。
様々な意見が飛び交う中、村長は深く息を吐いた。
「ふむ……」
そして顎に手を当てる。
「まずは、この子を預かる場所を決めるのが先じゃな」
そう呟くと、人垣を抜けてハンター組合支部の受付へ向かった。
受付の向こう側では、職員たちが騒ぎの成り行きを見守っている。
村長はカウンターの前で立ち止まった。
「組合さん。この子をしばらく預かる場所として、ここを使わせてもらえんかのう」
突然の相談に、職員たちは顔を見合わせる。
誰もが、すぐには返事ができなかった。
やがて責任者らしき男性が、申し訳なさそうに口を開く。
「申し訳ありませんが……難しいです」
「ほう」
「ここは日中こそ人がおりますが、夜間は無人になります。赤ん坊を四六時中世話するとなると、とても対応しきれません」
「……そうか」
村長は静かに頷いた。
重たい空気が、その場に広がっていくのだった。
ハンター支部の職員たちも、苦い表情で成り行きを見守っている。
「やはり、村人で交代で面倒を見んと無理かのう」
村長はぽつりと呟くと、ゆっくりと踵を返した。 再び人だかりの中心へと戻っていく。
村人たちも気づき、ざわめきを収めて視線を向けた。
ロンドとケリーも会話を切り上げ、自然と聞く姿勢になる。
村長は周囲を見渡し、低く通る声で言った。
「皆の者。ここは食べ物も豊かとは言えぬ村じゃ。それでも、この小さな命を見捨てるわけにはいかん。」
一拍置き、視線を巡らせる。
「交代で世話をしながら、守っていこうと思う。――誰か、引き受ける者はおるか?」
その問いに、村人たちは互いに顔を見合わせた。 しかし、すぐに手を挙げる者はいない。
やがて誰もが顔を反らした。
だが、その沈黙を破ったのは、少し遅れて上がった小さな手だった。
「……私がやります!」
サーラだった。
一斉に視線が集まる。
「おい、サーラ。何言ってるんだ」
「赤ん坊を育てるのは、そんな簡単なもんじゃないぞ」
「遊びじゃないんだよ」
次々と否定の声が飛ぶ。
支部の空気は、わずかに険しく張りつめたものへと変わっていく。
「でも、ほっとけないじゃない。」
それでもサーラは、気にした様子もなく一歩前へ出た。
「大丈夫。私、家事とかは得意だし……昔やったことがある気がするから、なんとかなると思う」
屈託のない笑みとともに、迷いのない声で言い切った。
その言葉に、場の空気が一瞬だけ揺れる。
やがてロンドが、肩をすくめながら口を開いた。
「サーラが言うなら仕方ないな。一度言い出したら聞かないし……まるで頑固ジジイだ」
苦笑しつつも、どこか納得したように頷く。
そして無駄に良い笑顔のまま、サーラへ視線を向けた。
「ほんと!お父ちゃん、ありがとう!」
とサーラはお礼を言い、そのまま赤ん坊へ向き直ると、やたら芝居がかった声を出す。
「ほーら、赤ちゃんも。お父ちゃんに“ありがとう”じゃぞ〜。」
完全に崩れた口調だった。
「これから一緒に暮らすんだから、あたしがお姉ちゃんでちゅよ〜」
「お人形遊びしてるみたいで、うちの娘は可愛いなぁ!!」
すぐにロンドは鼻の下を伸ばしながら、大声で叫んだ。
その場の緊張は、彼の一言であっさりとほどけていった。
すると村長は一度、深く息を吐いたあと、ぼそりと呟く。




