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2話 野菜のパン粥 1

 ※※※


 ロンドは慌てて山道を駆け下りていた。

 息は荒く、足取りもふらついている。それでも決して立ち止まろうとはしない。

 一緒に仕事をしていた仲間や、知らせに来たケリーの旦那ですら置き去りだ。

 今の彼には、余裕などなかった。

 目指す先は村の広場にあるハンター組合支部。

 平屋の建物が見えた瞬間、ロンドはそのままの勢いで扉を開け放った。

 「うちの娘がどうしたって!?」

 支部中に響く大声。

 だが次の瞬間、ロンドは思わず目を丸くした。

 普段の様相とは異なり、中が妙に騒がしい。

 支部に多くの村人が集まっていた。

 主に村の年寄りやご婦人達が、奥の飲食スペースに固まりながら、何やらひそひそと話し込んでいる。

 受付の職員達も受注カウンター越しに、その様子を遠巻きに見守っていた。

 「な、なんだ?」

 異様な空気にロンドは戸惑う。

 その時だった。

 「あ、お父ちゃん!」

 聞き慣れた声が飛んできた。

 すぐにロンドが振り向く。

 するとサーラが、人だかりをかき分けながら駆け寄ってくる。腕には布に包まれた何かを抱えていた。

 「お父ちゃん、大変!!」

 「あぁ、怖かったんだね!」

 とロンドも両腕を広げ、抱きしめようとした。

 しかし――

 「うちの物置小屋に、赤ちゃんがいた!!」

 「へ?」

 間の抜けた声が漏れ、ロンドは変な顔のまま固まってしまった。

 ようやくサーラは、彼の前まで辿り着くと、抱えていた布をそっと持ち上げる。

 「ほら」

 その中を見せるように差し出した。


 布の中には、一人の赤ん坊がいた。

 短い黒髪に、大きな青い瞳。

 ぷくりと丸い頬をした愛らしい顔立ちで、小さな指を口にくわえている。

 その姿はまるで精巧な人形のようで、思わず目を奪われるほどだった。

 「へ?…」

 ロンドは赤ん坊と目が合った瞬間、また固まる。

 数秒の沈黙。

 やがて我に返ると、慌てて周囲を見回した。

 「え……どういう事なの?」

 「ロンドさん、実はね……」

 すかさずケリーが近寄り、これまでの経緯を説明し始める。

 ほぼ同時に、村人たちも再びサーラの周囲へ集まっていた。

 「めんこい子だねぇ……天使みたいだ」

 「手もちっちゃいねぇ。でも首は座ってるし、生後半年くらいかい?」

 「あっ、こっち見たよ」

 「あぶぶー、ばぁ!」

 皆が口々に声をかけ、代わる代わる赤ん坊をあやしていく。

 赤ん坊も嫌がる様子はなく、きょろきょろと辺りを見回していた。

 さらに騒がしさが増していく。

 しかし――

 「おい、お前ら」

 低く通る声が響く。

 人垣の奥から、一人の老人が杖をつきながら歩いてきた。

 皺だらけの顔。 白髪混じりの髭。

 「村長だ」

 と誰かが小さく呟く。 

 その言葉と同時に、村人たちの表情が引き締まった。

 「皆、いつまでそうしておる!」

 村長は人々を見渡す。

 場の空気が一変した。

 「あやすのは後じゃ。今はもっと考えねばならん事があるだろう」

 すると住民たちは、はっと我に返る。

 先ほどまでの和やかな空気が、嘘のように静まり返った。

 「……村長の言う通りだな」

 「まずは、この子をどうするかだ」

 「親を探すべきじゃないか?」

 「いや、村の子じゃないだろう。子供が生まれたなら、とっくに噂になっとる」

 「余所から来た人間が置いていったのかもしれん」

 次第に話題は、赤ん坊の処遇へと移っていく。

 様々な意見が飛び交う中、村長は深く息を吐いた。

 「ふむ……」

 そして顎に手を当てる。

 「まずは、この子を預かる場所を決めるのが先じゃな」

 そう呟くと、人垣を抜けてハンター組合支部の受付へ向かった。

 受付の向こう側では、職員たちが騒ぎの成り行きを見守っている。

 村長はカウンターの前で立ち止まった。

 「組合さん。この子をしばらく預かる場所として、ここを使わせてもらえんかのう」

 突然の相談に、職員たちは顔を見合わせる。

 誰もが、すぐには返事ができなかった。

 やがて責任者らしき男性が、申し訳なさそうに口を開く。

 「申し訳ありませんが……難しいです」

 「ほう」

 「ここは日中こそ人がおりますが、夜間は無人になります。赤ん坊を四六時中世話するとなると、とても対応しきれません」

 「……そうか」

 村長は静かに頷いた。

 重たい空気が、その場に広がっていくのだった。


 ハンター支部の職員たちも、苦い表情で成り行きを見守っている。

 「やはり、村人で交代で面倒を見んと無理かのう」

 村長はぽつりと呟くと、ゆっくりと踵を返した。 再び人だかりの中心へと戻っていく。

 村人たちも気づき、ざわめきを収めて視線を向けた。

  ロンドとケリーも会話を切り上げ、自然と聞く姿勢になる。

 村長は周囲を見渡し、低く通る声で言った。

 「皆の者。ここは食べ物も豊かとは言えぬ村じゃ。それでも、この小さな命を見捨てるわけにはいかん。」

 一拍置き、視線を巡らせる。

 「交代で世話をしながら、守っていこうと思う。――誰か、引き受ける者はおるか?」

 その問いに、村人たちは互いに顔を見合わせた。 しかし、すぐに手を挙げる者はいない。

 やがて誰もが顔を反らした。

 だが、その沈黙を破ったのは、少し遅れて上がった小さな手だった。

 「……私がやります!」

 サーラだった。

 一斉に視線が集まる。

「おい、サーラ。何言ってるんだ」

 「赤ん坊を育てるのは、そんな簡単なもんじゃないぞ」

 「遊びじゃないんだよ」

 次々と否定の声が飛ぶ。

  支部の空気は、わずかに険しく張りつめたものへと変わっていく。

 「でも、ほっとけないじゃない。」

 それでもサーラは、気にした様子もなく一歩前へ出た。

 「大丈夫。私、家事とかは得意だし……昔やったことがある気がするから、なんとかなると思う」

 屈託のない笑みとともに、迷いのない声で言い切った。

 その言葉に、場の空気が一瞬だけ揺れる。

 やがてロンドが、肩をすくめながら口を開いた。

 「サーラが言うなら仕方ないな。一度言い出したら聞かないし……まるで頑固ジジイだ」

 苦笑しつつも、どこか納得したように頷く。

 そして無駄に良い笑顔のまま、サーラへ視線を向けた。

 「ほんと!お父ちゃん、ありがとう!」

 とサーラはお礼を言い、そのまま赤ん坊へ向き直ると、やたら芝居がかった声を出す。

 「ほーら、赤ちゃんも。お父ちゃんに“ありがとう”じゃぞ〜。」

 完全に崩れた口調だった。

 「これから一緒に暮らすんだから、あたしがお姉ちゃんでちゅよ〜」

 「お人形遊びしてるみたいで、うちの娘は可愛いなぁ!!」

 すぐにロンドは鼻の下を伸ばしながら、大声で叫んだ。

 その場の緊張は、彼の一言であっさりとほどけていった。

 すると村長は一度、深く息を吐いたあと、ぼそりと呟く。

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