1話 芋餅 2
※※※
それから暫くして、――
ようやくサーラは家事を終えて、居間に戻ってきた。
そのまま食卓に突っ伏して、短く息を吐く。
洗濯、掃除、ゴミ出し。
どれも慣れた手付きで、滞りなく片付いていた。
しかし、気がつけば朝食の時間は過ぎている。
既に太陽は、高く昇り始めていた。
「お腹すいたの。…」
サーラはぼやいていた。さらに立ち上がると、キッチンに向かった。
鍋に残ったスープを皿によそい、少しだけ眺める。
「…でも、これだけじゃ少ないの。」
少し考えたあとに、再び火を起こして調理を始めた。
まずはじゃがいもを皮付きのまま茹でる。
柔らかくなったら、擂り鉢と擂り粉木で潰していく。
そこへ小麦粉と塩を混ぜて、手早く練り上げる。
平たく形成し、表面に油を塗って竈の火に近づけた。
じっくり焼き上げると、香ばしい匂いが立ち上った。
――芋餅である。
皿に盛りつけて、スープと一緒に並べた。
「いただきます」
食前の祈りを済ませると、口に運ぶ。
外はカリッ、中はもっちり。
噛むほどに、口にじゃがいもの甘味が広がる。
さらにスープに浸せば、カブの旨味が絡み、味が一段と深くなる。
「相変わらず、旨いの」
思わず呟いた。
だが同時に、小さな違和感が脳裏を過った。
――芋餅など今まで作った記憶はない。
それなのに、作り方、火加減、味の仕上がりも、最初から知っていたように手が勝手に動いていた。
(まぁ、えぇかの)
深く考える前に、空腹が勝つ。
サーラは黙々と、皿を空にした。
やがて食べ終えて、椅子にもたれながら、腹をさすっていると、――
コン、コン。
玄関からノックがし、扉越しに呼び掛ける声がしてきた。
「すいませ~ん」
それに気がつき、サーラは席を立つ。
すぐに扉を開けると、隣家の婦人のケリーが立っていた。
恰幅の良い、よく世話をしてくれる女性だ。
「おはよう、ケリーさん」
「あ、あぁ。…おはよう、サーラ」
互いに挨拶を交わした。
しかし、ケリーだけはどこか落ち着きがない。
サーラは首を傾げる。
「どうしたの?」
ケリーは一瞬だけ言い淀んだあとに、声を潜めた。
「…サーラちゃんさ、……アンタの家の裏に物置小屋があるだろう。」
「うん。」
「そこで、昨日の夜から変な音がしてるんだよ」
するとサーラの動きが止まる。
「ほへ?」
間の抜けた声がした瞬間、沈黙が落ちた。
サーラは慌てて、口を開く。
「何それ!?あの扉の鍵が壊れてるやつ?…もう、ずっと使ってないけど。…」
さらにケリーも表情を曇らせた。
「…恐いだろう。…あたし、そういうの苦手なんだよ。…だから今、旦那にアンタの父ちゃん呼びに行って貰ってて」
「じゃあ、…」
その直後、サーラは駆け出し、真横を抜けていく。
「あたし、見てくる。…なんかあったらヤダから」
「あ、危ないよ!」
すぐにケリーが制止し、追いかけた。
だが、サーラは颯爽と離れていく。
やがて家の裏手に回る。
そこには古い物置小屋が立っていた。
高さや幅は二メートルほどの簡素な建物で、板を打ち付けただけの粗末な造り。
長い間使われてないのが一目でわかる。
だが、――扉がわずかに開いていた。
「……」
中から、微かな音が漏れる。
「エ、…エェ、…」
「んん?…んんん?」
サーラは目を細める。
薄暗い内部で、何かが動いている。
一歩ずつ、近づいていく。
そっと扉の隙間から中を覗き込んだ。その瞬間、――
「………え?……………えぇぇぇ!!?」
サーラは絶叫を上げた。
背後から追い付いたケリーも小屋の中を覗き込み――
「え!?」
と同じような声を上げる。
その声は村中に響き渡り、やがて周囲の家々の扉が次々と開いていくのだった。




