7話(2) 思い出のアップルパイ 8
「あ、っ……」
「リリャー、」
「……お腹すいた、みたい。……もっと、食べたいわ。」
「なら、良かったよ。」
それから彼女達は、互いに顔を見合わせて笑いあった。
二人とも瞳には涙を浮かべている。
「「「よっしゃぁぁ!!」」」
その瞬間、村人達も揃って歓声を上げた。
老人達は割れんばかりの拍手を贈り、領主達もまた、ようやく胸を撫で下ろしていた。
そんな中、リリャーはふと何かに気がついたように、視線を前へ向ける。
アニタも涙を拭いながら、後ろを振り返った。
すると、そこにはサーラがいた。
胸の前には赤ん坊を抱えている。
そのままリリャーの目の前まで歩いてくると、赤ん坊を差し出した。
「はい。……ママでちゅよ。」
「……えっと、……?」
突然の事に、リリャーは訳が分からず困惑する。
しかし、サーラは気にせず続けた。
「リリャーさん、アップルパイのおかわりはいりますか?」
「え?……えぇ、……お願いします。」
「なら、その間に、赤ちゃんを抱っこしてあげて。……あなた、一度も抱っこしてないもん。」
そう言いながら促すと、サーラは赤ん坊をリリャーの膝の上へ座らせ、そのまま作業台の方へ向かっていく。
慌ててリリャーは、空いている片腕で赤ん坊を支えた。
そして俯く。
そこには、小さな顔で上目遣いに自分を見つめる赤ん坊の姿があった。
あまりの愛おしさに、リリャーは思わず力いっぱい抱きしめる。
「あう?」
赤ん坊は不思議そうに首を傾げた。
「……ごめんね。……ずっと待たせて、……心配かけるお母さんで、……」
リリャーは震える声で囁く。
「……でも、頑張るから。……これ食べたら、お母さん、貴女の為に頑張るから。」
それは、まるで自分自身へ言い聞かせるような言葉だった。
胸の奥に刻み込むように決意すると、残っていたアップルパイへ齧りつく。
そして味わうように咀嚼すると、満足そうに微笑んだ。
「あぁ、美味しい。」
「あう?」
「お待たせしました。」
ちょうどその時、サーラが戻ってくる。
手には、アップルパイの乗った皿があった。
「あ!」
「え?!」
しかし――
赤ん坊が先に手を伸ばした。
小さな手で皿を掴むと、アップルパイへ向かって口を開く。
「わあぁぁ!?!駄目駄目ダメ!?!?……これ、蜂蜜使っているから!」
「ちょっ!?……待って!!」
慌ててサーラが皿を引き戻し、アニタも手を伸ばして制止する。
だが赤ん坊も負けていない。
「やぁぁ!!」
と、不満そうに手を伸ばし続ける。
「大きくなったら、作ってあげるから。……我慢して!」
「やぁぁぁ!!?」
「えっと!?……どうしようリリャー?」
「ふふ。……よし、よし。……泣かないね。」
それから三人は、必死になって赤ん坊を宥め始めた。
サーラは、
「お父ちゃん!……台の上の余ったりんご、磨り潰して持ってきて!!」
と叫びながら、アップルパイの皿を高く掲げて死守する。
アニタは狼狽して、どうしていいのか分からず右往左往している。
リリャーは嬉しそうに赤ん坊を胸へ抱き寄せ、その温もりを噛み締めていた。
そんな様子を見て、村人達は笑う。
誰もが、穏やかな気持ちになっていた。
「……はは、全く。……終わっても姦しいな。」
「全くだね。」
「それより、安心したら腹減ったよ。」
「なら。……あたしらもご相伴に預かろうかね。」
「おう、そりゃいいな。……誰か、酒ももって来てくれ!」
誰かの声を合図に、村人達は一斉に動き始める。
やがて料理や食べ物が持ち寄られ、婦人達が配膳を始める。
ハンター達は酒を片手に盛り上がりながら、釜戸では追加のパイを焼き続けていた。
そうして――
ささやかな宴が始まった。
村人達は食事を囲み、飲み、笑い、楽しげな時間を過ごしている。
「楽しそうね。……兄さん。」
「そうだな。……」
領主達は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
すると、不意に人混みの中から村長が現れる。
手にはアップルパイの乗った皿を持っていた。
「おや、此方にいましたか。……領主様達も、近くにいらしてください。」
「いいんですか?」
エピカは尋ねながら、おずおずと皿を受け取る。
村長は笑みを浮かべ、村人達の方へ促した。
領主達も流されるように歩き出す。
やがてリリャー達の近くへ座ると、二人は同時にアップルパイへ齧りついた。
エピカは噛み締める度に頬を緩ませ、美味しさを味わっている。
サーディンも笑顔になった。
だが次第に、その表情が変わる。
何かに気付いたように、ぽつりと呟いた。
「そうか、……彼等が家族だと言いきったのは、……。」
「兄さん?」
「こうして皆で旨い食事を共にしながら、他愛ない話をし、笑いあっては、楽しい時間を過ごす。……何気ない事でも、尊い事だ。……こんな時間を共にするから、絆が生まれるのだろう。……」
サーディンは、静かにアップルパイを見つめる。
「いかに私達が心配していると言っても、口先だけだったと思い知らされてしまうよ。」
「っ!!………」
「私達の家族は家庭に問題があったとはいえ、……こんな大事な事を、何時から忘れていたのだろうな。」
「そうね。……そうかもしれないわ。」
エピカは静かな口調で同意した。
やがて二人は互いに顔を見合わせる。
「……私達は、まだ間に合うだろうか?」
「……今からでも、遅くないと思うわ。……私達の家族の事だもん。……これから彼女やその赤ちゃんとも、本物の家族になっていけばいいのよ。」
「あぁ、この旨いアップルパイは、……最初の切っ掛けだ。」
そう言って、二人は同時に頷いた。
二人の瞳には、確かな決意が宿っている。
こうして宴は、日が沈むまで続いていった。
人々は、忘れられない楽しい一時を過ごしたのだった。




