7話(2) 思い出のアップルパイ 7
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ようやくリリャーは我に返った。
ふと気付けば、両目から溢れた涙が頬を伝い、止まることなく流れ続けている。
もう我慢の限界だった。
次第に嗚咽を漏らしながら、まるで独り言のように、自分の身の上を語り始める。
「私、……幼い頃から身寄りがなくて、ずっと自分の家族を持ちたいと夢見てました。……失敗や迷惑かけるのも多かったけど、必死に働きました。」
それは誰に向けるでもない、独白のようだった。
「……職場の店主のマリーさんに支えて貰って、なんとか慎ましくも日々を過ごしていました。……そしたら、ある日、生まれて初めて男性の方を好きになったんです。」
「うん。うん。……そうなのかい。……」
ばあ様は静かに相槌を打つ。
領主達も口を挟まず、ただ話に耳を傾けていた。
その表情には、複雑な感情が浮かんでいる。
「私達はすぐに付き合い、愛しあいました。……あの人は最初は凄く情熱的で優しい人だったのです。……でも私との間に子供が生れた途端に、別の女性と一緒に姿を消しました。」
話を聞くたびに、場の空気が重くなっていく。
「……その事が私は信じられなくて不安になり、マリーお婆さんに助けを求めました。……そうしたら、同じ時期にお婆さんも急に亡くなってしまって。」
リリャーの声が、微かに震える。
「……もう私は何がなんだか分からなくて、……気がついた時には、赤子を連れて馬車の荷台に乗ってました。」
少しして、村のご婦人の一人が喋り出す。
「それで、この辺りを転々としてたのか。……」
「しかし、なんだって、またそんな事を?」
「男連中は黙ってな。……子供生んだばかりで精神的に落ち着かないなか、そんな事になったらパニックにもなるさね。」
「そ、そうか」
やがて村人達も、少しずつ事情を理解していく。
そして誰も口を挟まず、続きを待った。
リリャーは再び口を開く。
「今にして思えば。……私は遠くに逃げたかったんだと思います。……それから、一人で赤ちゃんを育てなきゃって考えて、住める場所や仕事を探していました。……でも、……」
「でも、何?」
「……ある日から、何を食べても美味しく感じなくなって、胃が食べ物を受け付けずに戻してしまうんです。……でも、食べないと赤ちゃんにミルクもあげられないから、なんとか食べられそうな物を先に探す事にしたんです。」
次第に視線を落としたまま、小さく息を吐く。
「それで、この村に来た時に手頃な小屋を見つけました。……少しの間だけ赤ちゃんに中で待ってて貰って、山の中に入って食料を見つけにいったんです。」
「成る程、そういう経緯だったか。」
「なら、この子を捨てた訳じゃなかったんだな。」
「で、その後に山を歩き回るうちに、獣に襲われていたと。」
最後に親方が呟いた。
「はい、……その通りです。……皆さんに、ご迷惑をお掛けしました。」
そう答えると、リリャーは話を終えた。
再び俯き、押し黙る。
しかし、その時。
誰かが近付いてくる気配がした。
ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは、アニタだった。
すぐ側まで来て、静かに立っている。
「……あの?……アニタ?」
リリャーが首を傾げる。
するとアニタは、その場で跪いた。
真剣な表情で、静かに口を開く。
「ねぇ、リリャー。……あたしの話を聞いてほしい。」
「う、うん。……何?」
「……どうしていいか解らなかったとはいえ、……あたしを真っ先に頼ってくれなかったのは、悲しかったわ。」
「……そう、ね。……ごめんなさい。」
「ううん。……別に怒ってないよ。……あたしも喧嘩別れしたみたいなままの状態で、仕事に出ちゃったし、……元はと言えば此方が原因なんだから。……」
「わ、私も。……あの時は言いすぎたわ。」
「それでもさ、……季節が過ぎるよりも短い日々しか一緒に暮らしてないけどさ。……同じ食事をしたりして、あたし、……あんたを親友と思っているんだよ。……」
「っ!!」
「あんたは、違うのかい?」
「……ううん。……そうよ。……私もそう。」
「だからさ、……また一緒に住まないかい?……」
「アニタ、……いいの?。」
「もう、……あたしも料理は、ある程度は手伝えるしさ。前よりも、あんたを楽させてあげるから。……あたしの方から、お願いします。」
リリャーは彼女の言葉を聞き、
「うん。……」
と、小さく頷いた。
その顔には、晴れ晴れとした優しい笑顔が浮かんでいる。
目頭が熱くなるのを、必死に堪えていた。
そして――
ぐぅ。
静かな場に、腹の虫の音が響いた。




