7話(2) 思い出のアップルパイ 5
「サーラ。……りんごを切ったよ。これで良いかい?」
その時、アニタが声を掛け、手にしていた皿を作業台へ置いた。
皿の上には切り分けられたりんごが並ぶ。
やや不恰好ながらも、概ね八等分になっていた。
サーラは中身をじっくり確認すると、次の指示を出す。
「なら、そのりんごの半分を、さらに細かく切っておいて。」
「わかった。」
アニタは返事をすると、すぐ近くの包丁とまな板を手に取り、黙々と作業を始めた。
「え?!……アニタ、……包丁?……」
リリャーは思わず目を見開く。
「……いや、……リリャー。」
アニタは気付くと照れくさそうに頬を指で掻き、明後日の方を向いた。
すぐにサーラが補足する。
「あのね。……アニタさん、頑張って包丁の使い方を覚えたのよ。……今だったら、簡単な切り方なら殆ど出来るわ。」
「……そうなの?……だって、私と暮らしていた時は、……だったら、凄く頑張ったのね。」
リリャーは嬉しそうに微笑み、心から称賛した。
けれど、その笑顔は長く続かない。
やがて再び表情が曇り、静かに俯いてしまう。
「リリャーさん。……むぎゅーーー、じゃ!」
サーラは突然近寄ると、両手でリリャーの頬を挟み、ぐいっと押した。
リリャーは何が起きたのかわからず、呆然とサーラを見つめる。
その様子にアニタは思わず吹き出した。
どこか懐かしい光景だった。
サーラも満面の笑みを浮かべ、
「大丈夫じゃよ。」
それだけを優しく呟く。
「サーラ、お鍋の用意出来たよ。」
「あ、はーい!……」
ケリーに呼ばれ、サーラはりんごの皿を抱えて釜戸へ向かった。
ケリーも工程を確認する。
「次は、コンポートとジャムだったかい?」
「……うん。えっとね、……」
サーラは二つ並んだ釜戸へ向き直る。
それぞれの口には鍋が据えられていた。
片方には水を張り、八等分のりんごと蜂蜜――先程商人から貰ったもの――を加え、弱火で煮る。
もう片方には細かく刻んだりんごと蜂蜜だけを入れ、中火にかける。
木べらで時折混ぜながら、浮いてきた灰汁をお玉で丁寧に掬っていく。
二つの鍋はそのままじっくり煮込まれていく。
ケリーも手の回らない部分を補いながら作業を手伝った。
やがて辺りには甘い香りが立ち込める。
その頃には、りんごのコンポートとりんごのジャムが出来上がっていた。
「あとは、……ケリーさん。……コンポートは、火元から離して粗熱を取っておいて。……それと、誰か!……さっきの生地を持ってきて!」
工程が一段落すると、サーラは次々と指示を飛ばす。
村人達もすぐ動き出した。
ケリーは鍋を火から下ろし、仰ぎながら具材を冷ましていく。
村の老婆も再び施設へ入り、生地を持って戻ってきた。
「はい、お待ちどうさま。」
「ありがとう。」
サーラは礼を言うと、最後の工程へ取り掛かる。
作業台へ軽く打ち粉を振り、生地を載せる。
麺棒で一センチほどの厚さまで伸ばし、正方形に整える。
さらに打ち粉を振り、三つ折りにしてまた伸ばす。
その工程を何度も繰り返した。
やがて生地は、五ミリほどの薄さになる。
そこへ村人達が次々と集まってきた。
サーディンとエピカも見学に加わる。
「うわぁ、……」
「見事だね。」
誰もが感嘆の声を漏らした。
アニタも隣で手元を食い入るように見つめている。
周囲の視線を意に介さず、サーラは作業を続けた。
生地を切り分け、小さな長方形を幾つも作る。
その半分には細かな網目状の切れ込みを入れた。
ちょうどその時、ケリーが戻ってくる。
手にはジャムとコンポートの鍋があった。
「はいよ。……サーラ。」
「ありがとう。」
サーラは鍋を受け取ると、残しておいた生地へジャムを塗り広げる。
その上へコンポートを均等に並べ、最後に網目入りの生地を重ねた。
縁を指で丁寧につまんで閉じ、仕上げに卵黄を塗って艶を出す。
同じ作業を繰り返し、生地もジャムもコンポートもすべて使い切った。
成形したパイは、村人達が手分けして釜戸へ運び入れる。
いよいよ焼成が始まった。




