7話(2) 思い出のアップルパイ 4
「よっと。……」
だが親方が間一髪で利き手を伸ばし、地面に落ちる寸前のりんごを掬い上げた。
ついでに傷がないか確かめると、
「……なかなか旨そうに熟してるな。……こいつ一個貰うぜ、商人さんよ。これで勘定してくれや。」
そう言いながら豪快に齧りつく。
反対の手では、さりげなく硬貨を店主へ放り投げていた。
「あっ、……」
若い商人が思わず声を漏らす。
「うわっ!?……思ったよりも酸っぺぇ!!?」
親方は口いっぱいに広がった味へ驚き、顔をしかめた。
そんな様子をよそに、アニタが尋ねる。
「なんで、こっちのりんごを持っていくんだ?……あっちにも幾つか用意されてたろう?」
「そうよ。……でも、りんごの種類が違くて、使いたい種類のが足りなかったのよ。……あれだけじゃ、リリャーさんの食べたい味にならないわ。」
サーラは答えながら商人へ代金を払い、踵を返してハンター支部へ戻っていく。
「え!?……同じ食材でも、種類で味が違うのかい?」
アニタも尋ねながら、その後を追った。
少し遅れて親方も気付き、慌てて後を追う。
あまりに一瞬の出来事だった。
商人達は呆気に取られたまま、その背中を見送る。
やがて若い商人が思い出したように口を開く。
「……親方、あれ、……渡し忘れてますぜ。」
「あ!……そういえば。……ちょい待ってくれ、嬢ちゃん!!……渡したい物があるんだよ!」
「えぇっ!?……お頭!」
「後、頼んだ!……店番宜しく!」
そう言い残し、店主も走り出していった。
そうしてサーラ達は、ハンター支部の前へ戻ってきた。
村人達も調理の準備を終え、待っていたようだ。
真っ先にケリーが気付き、声を掛ける。
「サーラちゃん。……こっちの準備も終わったわよ。」
「はーい!」
サーラは返事をすると、机へりんごを置く。
続いて、他の材料や調理器具を手に取った。
机の上には卵、塩、水、粒や質感の異なる二種類の小麦粉、それに予め煮詰めて溶かした猪肉の脂が並んでいる。
ひと通り確認すると、サーラは父を呼んだ。
「お父ちゃん!……親方と一緒に、釜戸に火をつけて温めてといて!」
「サーラちゃん?……なんか、世話しないな。」
ロンドは不思議そうに首を傾げる。
「早く!」
「はい!……はい!」
急かされると慌てて釜戸へ向かい、他の大人達と一緒に作業へ加わった。
「あたしも、やるよ。」
アニタが入れ替わるように横へ並ぶ。
サーラはようやく調理を始めた。
まず粒の異なる二種類の小麦粉を篩にかけ、ボウルへ落としていく。
「ケリーさん。……猪の油を布で濾したら、このボウルの中に少しずつ加えていって。……」
「あいよ。」
「で、アニタさんは、りんごの皮を剥いて、切り分けといて。……」
「どんな、感じにだい?」
「だいたい、八等分。……」
周囲へ指示を出しながら、サーラはヘラで粉を切るように混ぜていく。
そこへケリーが少しずつ油を加える。
粉と油をすり合わせると、小さな粒が幾つもまとまり始めた。
最後に冷たい水を加え、手で全体を一つにまとめながら練り上げる。
やがて、パイ生地が完成した。
「誰かー、これを氷室に入れてください!」
サーラの声が辺りへ響く。
「はい、はい。……あたしが持ってってあげるわ。」
村の老婆の一人が立ち上がった。
「一時間したら、また持ってきて。」
「はい、はい。」
老婆はボウルを受け取ると、ハンター支部の中へ入っていく。
それと入れ替わるように、施設の中から人影が現れた。
ばあ様と村長だ。
二人はゆっくり外へ出てくる。
少し遅れてリリャーも、ご婦人達に支えられながらゆっくり歩き、作業台の近くまでやって来た。
すかさずジョーが背もたれ付きの椅子を運び、作業台の脇へ置く。
「ありがとうございます。」
礼を言って腰を下ろしたリリャーは、不意にサーラへ視線を向けた。
正確には、その背中で揺れる赤ん坊を目で追っている。
サーラも気付き、赤ん坊を背負い直して顔が見えるよう身体を傾ける。
ついでに頭を優しく撫でた。
すると赤ん坊の髪へ、小麦粉がふわりと付いてしまう。
「あ、粉。」
リリャーが小さく呟いた。
サーラは慌てて髪の粉を払う。
その様子に、リリャーは思わず口元を綻ばせた。
「ほら、今日はあんたの好きな料理を作ってくれるんだとさ。……近くで見学しているといいよ。」
ばあ様に促され、リリャーは恐る恐る頷いた。




