七章(1) 驚愕な話 5
ばあ様が再び問いかける。
リリャーも、言葉を選ぶように再び答えた。
「形は四角かったです。……味付けも強くないのは覚えています。甘酸っぱさが優しい感じでした。……でも、作り方は知りません。」
「えぇ?……料理を習ってたんじゃないの?」
「……あの人にとっても、アップルパイは特別な思い入れがあるようでした。もっと私が料理上手になったら教えてくれるって言ってたんです。
一拍の後、―
「……でも、結局は教えてもらえませんでした。」
「なんで?」
「その人、……病で身体を悪くして、人知れず半年前に亡くなりました。」
「それだと……作れないよ。困ったねぇ。……」
ケリーは困り果てたように呟く。
「ごめん、なさい。…………」
リリャーは最後には謝ってしまった。
部屋には、次第に気まずい沈黙が流れる。
「でもさ、用意するよ。……リリャー、任せといて。」
しかし、アニタだけは迷いなく引き受けた。
それに対し、ばあ様が慌てて止めに入る。アニタの手を引いてベッドから少し離すと、きっぱりと言った。
「……待ちな!……勝手に安請け合いするんじゃないよ。」
「いや、……ですけど!」
それでもアニタは食い下がる。
ばあ様は諭すように言葉を続けた。
「……この娘の求めている味の料理が出来るのかい?……こんな貧相な村で、材料も少ないのに、一から用意するのも時間が掛かるよ。」
「しかし、…」
「もし違う物を出したら、期待を裏切ってしまうよ!」
「う、……それは。」
「……気持ちはわかるよ。……そんな事が出来たら奇跡だよ。……暫く頭を冷やしてきな。」
「ほら、あたしが付いて行くから、向こうに行くよ。」
「……はい、……。」
やがてアニタは諭され、肩を落とした。
すかさずケリーが隣へ来ると、そのまま伴って部屋を出ていく。
その後ろ姿を、リリャーは寂しげな瞳で見つめていた。
やがて口元が微かに動き、何かを呟く。
不意に赤ん坊が身じろぎし、母親へ近づこうとした。
サーラはその動きに振り向く。
そして、ふとリリャーの様子も目に入った。
「ごめんなさい。……でも、他に思いつかなかったんです。……マリーお婆さんの、アップルパイしか。……」
「……マリー、じゃと?」
その呟きを耳にした瞬間、サーラは呆けたように固まる。
次の瞬間、妙な既視感と覚えのある光景が脳裏をよぎった。
「どうしたんだい?……サーラ。」
ばあ様が異変に気づき、声を掛ける。
サーラは我に返ると、すぐさまリリャーへ聞き返した。
「……そやつは、栗色の髪と青い瞳ではなかったかの?」
「え、えぇ。……髪の毛は白髪交じりだったけど、栗色よ。……あと、確かに目は青かったわ。」
リリャーが答える。
「な?!……まさか本当に、マリー!!?」
サーラは再び驚き、踵を返した。
そのまま扉へ駆け寄ると、勢いよく部屋を飛び出していく。
「サーラ!……本当に、どうしたんだい!?……お待ちよ!!」
ばあ様も慌てて呼び止める。
しかし、その頃にはサーラの姿はなく、足音だけが遠ざかっていくのだった。
※※※
場所は変わり、支部の飲食スペース。
テーブルには疎らに人が座っているだけで、普段より人も少なく、どこか静かな空気が流れていた。
一番端の席では、アニタが腕を組み、険しい表情で考え込んでいる。
そこへケリーが、水の入ったコップを片手にやって来た。
テーブルへ静かに置くと、声を掛ける。
「これでも飲んで落ち着きな。……まだ諦めきれないのかい?」
「どうしても、なんとかしてあげたくて。……何か方法がないかと。」
そう答えると、アニタは再び思考へ没頭した。
ケリーは呆れたように溜め息をつく。
だが、その表情は次第に彼女自身も考え込むものへと変わっていった。
「仕方ない子だね。」
「アニタさーん、ケリーさーん!!」
その時だった。
控え室の扉が勢いよく開き、サーラが飛び出してくる。
周囲の人々は驚き、一斉に視線を向けた。
アニタが振り向き、少し遅れてケリーも問い掛ける。
「ど、どうしたんだい?」
「アップルパイ作るの手伝ってほしいのじゃ!……」
サーラは間髪入れずに頼み込んだ。
「「はぁ?!」」
二人はほぼ同時に間の抜けた声を上げる。
アニタは固まり、ケリーも目を丸くした。
二人とも、あまりにも突拍子のない申し出に、しばらく理解が追いつかなかったのだった。




