七章(1) 驚愕な話 4
「はぁ~い、ママでちゅよ。」
「あ、あう。」
母親の顔が間近に来ると、赤ん坊はぱっと笑顔になる。小さな手を伸ばして触れようとし、もっと近づこうと身をよじった。
「あっ、あ、……」
「私の、赤ちゃん!」
対してリリャーも手を伸ばしかける。だが、その手は途中で止まり、顔を俯かせると引っ込めてしまった。
「どうしたんだい?!……」
アニタは慌てて声を上げる。
サーラも訳が分からず、首を傾げていた。
見かねたケリーが前へ出ると、リリャーの傍らへ盆を置き、載せていた器を手渡す。
「お腹すいているから、力が出ないんじゃないかい?…食事にしようか、中身はパン粥だよ。」
「は、はい。」
リリャーは恐る恐る返事をすると、器の横に添えられた匙を手に取り、パン粥を掬って口へ運んだ。
しかし、三口ほど飲み込んだところで吐き気を催し、ぴたりと手が止まる。
それ以上は口をつけようとしなかった。
「ほんと、どうしたんだよ!?……リリャー!!」
その様子に、アニタは狼狽える。
「ケリーさん!」
サーラも不安そうな声を上げた。
ケリーも一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに気を取り直す。
「サーラ、見といてくれ!……ばあ様を呼び戻してくるから!」
そう言い残し、部屋を飛び出していった。
しばらくして、部屋の扉が再び開く。
ケリーが戻り、すぐ後から、ばあ様も続いて入室してきた。
サーラは駆け寄ろうとする。
しかし、ばあ様は気にも留めず、軽く脇へ退かせると、リリャーの傍へ歩み寄る。
「どうしたんだい?……ご飯、食べないのかい?……食べなきゃ、具合が良くならない一方だよ。」
「……ごめんなさい。」
リリャーは小さく謝る。
ばあ様はすぐに首を横へ振った。
「いや、怒っている訳じゃないんだよ。心配して言ってんだから。……少し顔を見せておくれ。」
そう言ってリリャーの顔を覗き込み、様子を診ながら幾つか質問を重ねていく。
「具合はどうだい?」
「……そんなに、……良くはないです。」
「顔色も悪いね。……食欲もないのかい?」
「た、……食べたくない訳じゃないんです。……でも、……食べなきゃって考えれば考える程、気持ち悪くなってしまうんです。」
リリャーは苦しそうに答えた。
その様子をサーラは静かに見守り、傍らではケリーも落ち着かない様子で立ち尽くしている。
一方、ばあ様は次第に表情を曇らせ、思案顔になった。
やがて、少し言葉を選ぶように口を開く。
「思ったよりも、症状が酷いのかもしれないね。……過剰なストレスが原因で、食欲が減退しているんだろう。」
「……そんな?!……昨日は食事してたのに。」
アニタが思わず口を挟む。
「時と場合や、体調によるさね。……ただ、ハッキリ言えるのは、このままじゃいけない。……早急に手だてを考えないと。」
「……方法は、何かないですか?」
「……こういう場合は、無理に食べさせるのも良くないんだけど、……あるにはあるよ。」
「どうするんですか?……」
「……一番なのは、本人が食べたいと思える事だよ。……誰かと一緒に食事したり、好きな物を食べたりとか。」
「好きな物?」
「そうさね。……なぁ、リリャーさん?アンタ、何か食べたい料理はないのかい?」
ばあ様はリリャーへ向き直り、穏やかに尋ねた。
「食べたい料理、ですか?……」
「あぁ。元気がない時とかにさ、……あぁ、あれが食べたいなぁって思う物があるだろう。」
「えぇっと、……」
リリャーは俯いたまま黙り込む。
しばらく考え込んだ末――
「……あ、……アップルパイ。」
ふと、小さな声で呟いた。
「アップルパイだって?!」
ばあ様は思わず目を丸くする。
「……は、はい。」
「それって、あれだろう。甘く煮たリンゴを包んだパイだろう。……それが食べたいのかい?」
今度はケリーが思わず聞き返した。
「……えぇ。……あの人が作ってくれてた様な、アップルパイが食べたいです。」
「あの人って誰だい?」
「……働いていた時に、お世話になったお婆さんです。……料理屋をやっていた人で、私に料理を教えてくれました。
とリリャーは弱々しくも、ゆっくりと答えだす。
「それに、私が元気のない時には、自分の好きなアップルパイを振る舞ってくれた、優しい人なんです。」
「うぅむ。……そうかい。……何か特徴とかないのかい?……味付けとか、形とか。……なんなら作り方でも知らないかい?」




