7章(1) 驚愕な話 2
「……順を追って説明しますね」
エピカは一度言葉を選ぶように間を置いた。
「……実は、私達には年の離れた末弟がいました。四年前に成人を迎えたのですが……とても放蕩者で、昔から問題ばかり起こしていたのです」
「そいつと、リリャーが何か関係あるのかい?」
アニタも問い返しながら、真剣な表情で話に聞き入る。
周囲の村人達も、固唾を飲んで耳を傾けていた。
「……えぇ。はい。お察しの通りです」
エピカは苦しげに頷く。
「それも、二人は深い仲だったと聞いています」
「まさか……」
アニタの表情が変わる。
「……そいつが、あの子の父親なのかい?」
「ただ……私達にも詳しい経緯までは分かっていません」
サーディンが代わるように口を開く。
「情報収集に長けた者を頼り、調べてもらいました。ですが、分かったのはある程度の範囲だけで……」
「……何それ」
アニタの声が低くなる。
「いいから、続きを聞かせな」
「……今から二年と少し前のことです」
エピカが続ける。
「【ネオマルフィア】には、ある老婦人が営む大衆料理店がありました。……リリャーさんは、そこで給仕として働いていたそうです」
「……」
「そこへ弟は、彼女目当てで何度も店へ通いました。そして、彼女を口説き落とした……と」
エピカは一度俯く。
「ですが、それから半年ほどで料理店は無くなりました。小さな店で、従業員もほとんどいなかったため、その後二人がどうなったのか……詳しいことは分からないのです」
「……あんた達は、何でそんな話を調べ始めたんだい?」
アニタが問いかける。
サーディンは静かに答えた。
「……今から半年以上前のことです。亡くなった父が、弟を勘当しました」
「理由は……彼が、どこかの女性と駆け落ちしたからだそうです」
「私達も、弟の行いにはとっくに愛想が尽きていました。ですから、その時は大して気にも留めていませんでした」
しかし、とサーディンは表情を曇らせる。
「父は亡くなる直前、私達に人探しを引き継ぐよう命じました」
「……」
「【ネオマルフィア】の街に、弟の子供を身籠った女性がいる。必ず探し出し、出来る限りの支援をするように……と」
「なっ……!?」
その話を聞いた瞬間、広場にいた村人達の間からざわめきが広がった。
アニタもまた、険しい表情を浮かべる。
怒りを抑えきれないのか、利き手の拳が震え始めた。
次の瞬間。
アニタの手が、エピカの胸元へ伸びる。
だが――
寸前で、その腕は横から掴まれた。
「おいおい! アニタの姉ちゃん、落ち着けって!」
制止したのは親方だった。
「落ち着いていられるか!」
アニタは怒鳴る。
「その弟の野郎は、張っ倒さないと気が済まない!!」
「気持ちは分かる!」
親方は必死に押さえながら続ける。
「でもな、領主様達に手を出したら洒落にならねぇだろうが!…おい、お前らも押さえるの手伝え!」
「離せぇ!!」
それでもアニタの怒りは収まらない。
対してサーディンとエピカは、さらに苦々しい表情を浮かべていた。
「……その弟は、女性と共に町を出ました」
サーディンが静かに話す。
「ですが……」
エピカが続けた。
「すぐ後に、亡くなりました」
「……」
「辻馬車に乗り、別の町へ向かう途中、崖道に差し掛かった時、落石事故に巻き込まれたそうです」
二人の表情には、何とも言えない苦渋が浮かんでいた。
アニタはその話を聞き、言葉を失う。
やがて、ゆっくりと拳を下ろした。
納得したわけではない。
それでも、これ以上責めることができない事実を理解したようだった。
すると、村長が前へ出る。
話を戻すように、二人へ問いかけた。
「そちらの事情は分かりました。……それで、お二方はこれからどうされるおつもりで?」
「弟が起こしたことです」
サーディンは迷わず答える。
「我が家で責任を取るつもりです。……出来る範囲には限りがありますが、詳しいことはリリャーさん本人と相談した上で決めたいと思っています」
「出来る範囲……ですか」
村長が尋ねる。
「具体的には?」
「……慰謝料などの金銭的な問題は、当然として対応します」
サーディンは続ける。
「それから……もし彼女が望むのであれば、子供も我々の方で引き取ることも考えています」
「え……?」
その言葉に、サーラは思わず声を漏らした。
エピカが振り返る。
そこで初めて、サーラが背負っている赤ん坊の存在に気付いたようだった。
ゆっくりと歩み寄り、視線を合わせる。
「そういえば……貴女が背負っている赤ちゃんは?」
「えっと……その……」
サーラは視線を逸らした。
誤魔化そうとするが、うまく言葉が出てこない。
その様子を見て、エピカも何かを察した。
「その子が背負っているのは、リリャーさんの子供です」
村長が代わりに答える。
「その娘が、ほとんど付きっきりで世話をしていたのですじゃ」
「……そうだったのですか」
サーディンは静かに頷いた。
そしてエピカは、サーラへ視線を向ける。
「そう……。大変だったでしょう」
「うぅん……迷惑なんかじゃ、ない」
サーラは首を振った。
だが、その視線が気になった。
「でも……育児は大変だったでしょう?」
エピカが尋ねる。
「夜泣きも毎晩だったんじゃないの?」
「この子、そんなに夜泣きしなかったわ」
サーラは答える。
「ご飯だって……ちゃんと食べて……」
「……まだ若いのに、頑張っていたのね」
エピカは赤ん坊へ悲しげな視線を向ける。
サーディンも同じように見つめていた。
まるで同情しているような、その視線。
サーラは何かを堪えるように黙っていた。
だが、やがて不満そうな表情を浮かべる。
何か言おうと口を開きかけた、その時。
先にエピカが離れて行った。
結局、サーラは何も言えなかった。
「……先に、リリャーさんに会うことはできますか?」
「まずは、彼女と話をしたいのです」
「……今は寝ているよ」
村長が答える。
「起きてくるかどうかは分からんがね」
「それに、今夜はもう遅いでしょう」
ばあ様も続ける。
「泊まれる空き家がありますから、どうぞお使いください」
「では、そうさせていただきます」
「お世話になります」
「では、案内しますね」
「できれば明日の早い時間に、彼女と話をさせてください」
「分かりました。……様子を見てからになりますが」
その後、大人達は話をまとめていく。
やがて一人、また一人と村人達もその場を離れていった。
広場には静けさが戻る。
残されたのは、サーラと赤ん坊。
そして、未だ不機嫌そうな表情を浮かべるアニタだけだった。




