6話(2) 蒸し料理 プディング 6
リリャーも手を伸ばし、椀を受け取った。
温かな器から、指先や掌へじんわりと熱が伝わってくる。
「リリャー、大丈夫? ……食べさせようか?」
アニタが心配そうに声を掛け、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。
しかし、リリャーは小さく首を横に振った。
自分の力で匙を手に取ると、椀の中身をそっと掬う。
すると、プディングはふるふると柔らかく揺れた。
そして口へ運んだ瞬間。
つるりとした滑らかな舌触りと共に、卵の濃厚な旨味と出汁の優しい風味が口いっぱいに広がった。
まるで口の中で溶けるように消えていき、飲み込めば温かな感覚が喉を通り、ゆっくりと胃の奥へ落ちていく。
その熱が身体の内側へ染み渡り、冷え切っていた身体を少しずつ満たしていくようだった。
気付けば、匙を持つ手は自然と二口目、三口目へ伸びている。
「あ……あぐ、あぐ……」
「……落ち着いて食べなさいな」
ケリーが優しく嗜める。
それでもリリャーは、食べる手を止めなかった。
やがて、ぽたりと涙を零しながら、小さな声を漏らす。
「あった……かい……」
「あぁ……そうだね」
「あった……かい……」
「……おいしい?」
「……うん」
「……そう。よかった」
サーラ達も静かに耳を傾けながら、優しく相槌を返していた。
そうしてリリャーは、椀の中のプディングをあっという間に食べ終える。
しばらくすると、張り詰めていた身体から力が抜けていった。
瞼がゆっくりと下がり、頭も小さく揺れ始める。
すぐにアニタが支え、その身体を再びベッドへ横たえた。
やがてリリャーは、穏やかな寝息を立て始める。
その表情は満足しきったように安らかで、ようやく安心できたのだと分かるものだった。
サーラ達は一斉に息を吐いた。
アニタに至っては、緊張が一気に解けたのか、勢いよく膝から崩れ落ち、そのまま尻餅をつくほどだった。
「……あぁ、よかった」
「全くだよ……」
「……どうなるかと思ったさね」
大人達は、それぞれ安堵の言葉を漏らす。
その時。
ぐぅぅ……。
誰かの腹の虫が鳴った。
「……お腹すいた」
サーラが小さく呟く。
「そうさね……せっかくだ。サーラの作ったプディングでも食べるかね」
ばあ様も賛同し、周囲の者達も次々と頷いた。
「なら、持ってくるね」
そう言ってサーラは部屋を出る。
しばらくして戻ってくると、余ったプディングの椀を抱えていた。
そして、いつもの手際の良さで全員へ配っていく。
その後、食前の祈りを済ませると、それぞれ近くの場所へ腰を下ろし、食事を始めた。
ちなみに大人達へ渡されたのは、具材入りのものだった。
サーラは具の入っていないプディングを手にしながら、赤ん坊を胸元へ背負い直し、ゆっくりと食べ始める。
「……まだ温かいね」
「野菜もしゃきっとしてるし、歯応えもあるな……。頑張って剥いた甲斐があった」
「おや、鶏肉も柔らかいね……。私みたいな婆の歯でも噛み切れるほどだよ。それに臭みを全く出していないのは大したもんだ」
「それに何より、卵が美味しい」
次々と上がる感想に、サーラは嬉しそうに微笑んだ。
「……あぁ、サーラ」
するとアニタが立ち上がる。
「あたしもやるよ」
そう言って後を追おうとした時だった。
「アンタ、随分と家庭的になったわね」
ケリーがぽつりと呟く。
「確かにね」
ほぼ同時に、ばあ様も頷いた。
「え?」
アニタは振り返り、聞き返す。
すると大人達は、それぞれ思ったことを口にし始めた。
「最初に来た時は、他所から来た人っていうのもあったけど……なんだか目付きが鋭くてね。近寄り難い雰囲気があったわ」
「そうそう。まるで村の男連中みたいに粗野な感じだったし、正直あまり良い印象じゃなかったよ」
「でも今は違うさね。雰囲気が随分柔らかくなった。あたしゃ、今の方がずっと良いと思うよ」
「それにさ……表で包丁の練習しているのを見たことがあるけど、随分頑張ってたじゃないか」
「………ありがとう、ございます」
アニタは照れくさそうに俯く。
それでも最後には、素直に礼を口にした。
そんな彼女の姿を見て、サーラも頬を緩める。
しかし、出入口の扉へ手を伸ばそうとした、その瞬間。
ドンドンドンドン!
「ほえ?」
突然、大きな音が響き、サーラは動きを止めた。
次の瞬間、扉が勢いよく開かれる。
そこに立っていたのは、村長だった。
ひどく慌てた様子で息を切らしている。
「ばあさん、いるか?! 大変なんじゃ!」
「うるさいね……まだ部屋の中から返事をしていないだろう。女性の病室へ、いきなり入ってくるんじゃないよ」
「あぁ……すまん。……いや、それよりも」
村長は部屋の中を見回す。
「この部屋にいるのは……探していたリリャーさんで間違いないんじゃな?」
「そのようだよ……。一体どうしたんさね?」
「……実はな」
村長は一瞬、言葉を詰まらせた。
だが、すぐに意を決したように口を開く。
「さっき村に、リリャーを探している客人が来たんじゃ」
「……そいつは誰だい?」
ばあ様が問い返す。
村長は少し迷った後、答えた。
「実は……領主様なんじゃよ」
「「「えぇっ!?」」」
その場にいた全員が、揃って驚きの声を上げた。
「とにかく、彼女の様子を知りたいようじゃ……。ばあ様も急いで来てくれ」
「分かったから……引っ張るんじゃないよ」
その後、村長とばあ様は急いで部屋を出ていった。
残されたサーラ達は、互いに顔を見合わせる。
「どういうこと?」
「……いや、分からない。……どうしよう」
「とりあえず、二人は追いかけなさいね」
「ケリーさん?」
「アンタ達も当事者みたいなものじゃないか。後のことは、あたしに任せな」
ケリーは穏やかに笑う。
「リリャーさんの見守りも、後片付けもやっておくから。行ってきな」
「あ、ありがとう!」
「すみません」
サーラは急いで食器を置くと、アニタと共に部屋を飛び出した。
二人は、そのまま村長達の後を追って走り出したのだった。




