6話(1)~街道での出来事~
王国【ランドロス】の最南端には、広大な辺境地帯が広がっている。
その海沿いに位置する港街【ネオマルフィア】から北へ向かえば、広がるのは草原と森ばかりだ。
さらに先には、天高く聳える山脈が連なっている。
内陸部へ向かう者にとって、ここは決して避けては通れない土地だった。
北の山脈から【ネオマルフィア】へと伸びる一帯には、一本の長大な川が流れている。
その川に沿うようにして馬車道も整備されており、まるで草原や森を縦に切り裂く一本の線のように、遥か遠くまで続いていた。
道沿いには、小さな村々が点々と存在している。
その中でも、ちょうど街道の中央付近に位置する村。
広場では、一組の旅商人が商売道具の片付けを行っていた。
すでに商品は全て売り切れており、馬車の前に並べられていた木箱の中身は綺麗に空になっている。
周囲からは、買い物を終えた婦人たちの楽しげな会話が聞こえてきた。
「あら奥さん、貴女も蜂蜜を買ったの?」
「えぇ、少し奮発してね。……なんでも、お肉に揉み込むと柔らかくなるらしいのよ」
「へぇ~、知らなかったわ。……今日は帰ったら早速試してみましょう」
「そうねぇ……うちもやってみようかしら」
そんな会話を、少し離れた場所で二人の商人が聞いていた。
やがて、二人の口元には自然と笑みが浮かぶ。
「やりましたね」
若い商人が嬉しそうに声をかける。
「あぁ……そうだな」
と店主も満足げに頷いた。
そのまま二人は片付けを終えると、馬車へ乗り込み、次の村へ向けて馬を走らせる。
やがて街道を進みながら、先ほどの商売について話を続けていた。
「意外でしたね。思っていた以上に売れました」
「あぁ。前回は、…あまり手を出してもらえないかと思って、少なめに仕入れたんだが。」
「…あの村のお嬢ちゃんに聞いた話を元に、多めに仕入れたと」
「……あぁ、今回は狙い通り、上手くいったぜ」
「確かに。…あの娘の話は、ためになりますね」
「そうだな……。しかし、あん時は焦ったぜ」
次第に店主は苦笑を浮かべる。
「赤ん坊に蜂蜜を食わせちゃ駄目なんだってな」
「でも、それからはちゃんと注意喚起しているじゃないですか。…さっきの村でも、お客さん全員に丁寧に説明してましたし」
「そうしなきゃ、後味が悪いだろうが」
そう言いながら、肩掛け鞄の中へ手を伸ばした。
取り出したのは、一本の瓶。
太陽へ掲げると、中に入った黄金色の蜂蜜が光を反射し、宝石のように輝いた。
若い商人も手綱を握り直しながら、横から覗き込む。
「あれ? まだ一本残っていたんですね。随分と上物みたいですが」
「……こいつは売り物じゃねぇ」
店主は瓶を眺めながら答える。
「あの娘に礼として渡そうと思ってな」
「あぁ、あの子ですか」
と、若い商人も合点がいく。
「なんだかんだあったが……結果として、俺達は儲けさせてもらったからな」
「随分と気に入ったようで」
「……馬鹿言え。ただの先行投資だ。贔屓にしておけば、これからもっと儲けられるだろ」
店主は少し照れたように顔を背け、指示を飛ばす。
「……いいから、ちゃんと前を向いて運転しろ!」
「分かりましたよ」
若い商人も微笑みながら返事をし、前へ視線を戻そうとした。
次の瞬間だった。
馬車の後方から、一台の豪華な馬車が凄まじい勢いで迫ってくる。
「あぶね!」
若い商人は咄嗟に気づき、慌てて手綱を操って馬車を路肩へ寄せた。
直後に、豪華な馬車は速度を緩めることなく、脇を駆け抜ける。
轟くような蹄の音だけを残し、その姿はあっという間に街道の彼方へ遠ざかっていった。
その後方では、白い鳥の紋章が描かれた旗が激しく風にはためいている。
若い商人は思わず怒鳴った。
「馬鹿野郎!!どこに目ぇつけて走ってやがる!!」
「ふんっ!」
しかし次の瞬間、店主の拳骨が頭に落ちた。
「痛ってぇ!? 何するんですか!」
頭を押さえて抗議する若い商人を、店主は鋭く睨みつける。
「馬鹿はお前だ!…あの旗の紋章を見なかったのか!」
店主は豪華な馬車が去っていった先を、力強く指差した。
「あれは、この辺りを治める領主様の旗印だ。今の領主は侯爵の家系。それも王家に仕える側近中の側近だぞ!」
と、声はさらに低くなる。
「そんな相手に聞こえるような暴言を吐いてみろ。不敬罪で首が飛ぶどころか、晒し首にされても文句は言えねぇ」
その言葉を聞いた若い商人の顔は、みるみる血の気が引く。肩を震わせていた。
「……ひぇっ」
店主は呆れたように、小さく息を吐いた。
「まったく……」
二人は気を取り直し、改めて街道の先へ目を向ける。
豪華な馬車はすでに豆粒ほどの大きさとなり、驚くほどの速さで北へ向かっていた。
「あの馬車……そんなに急いで、どこへ向かうんですかね?」
「この先なら、小さな村がいくつかある。それか山を越えて内陸部へ向かうんだろう」
若い商人は少し考え込み、ぽつりと呟く。
「もしかして……あの娘がいる村だったりして。少し心配ですね」
「知るか」
店主は素っ気なく答えた。
「よほど急ぎの用事なんだろ。俺達には関係ねぇ話だ」
「……そうっすよね」
若い商人も苦笑して頷く。
「もういい。さっさと走らせろ」
店主に促されると、若い商人は手綱を軽く鳴らした。
馬がゆっくりと歩き始め、荷馬車は再び街道を進み出す。
しかし先ほどまでの和やかな空気は、もう残っていなかった。
二人はどこか落ち着かない面持ちのまま、豪華な馬車が消えていった街道の先を、何度も気にしていた。




