4話 野菜のポトフ 6
そんな様子を見届けると、サーラも再び調理に加わった。
釜戸に火を起こし、水を張った鍋を火へ掛ける。
「それでは、今日のメニュー。ポトフを作ります」
そう言いながら、まな板の上にまとめておいた野菜の皮やヘタを麻布で包み、紐で口を縛って鍋へ入れた。
やがて湯が沸騰すると、灰汁が表面に浮かび始める。
サーラはお玉で丁寧に掬い取り、透き通っていく湯を静かに見守った。
しばらくすると、スープは澄んだ黄金色へと変わる。
「これは何だい?」
「ブイヨンよ」
「ブイ……?」
「野菜の出し汁」
「だ、出し汁? 野菜のクズからも出るのかい?」
「むしろ皮やヘタのほうが、栄養も旨味も多いのよ。それよりアニタさん、こっちの鍋に油と、さっき切った野菜を入れてもらえる?」
「あぁ、わかったよ」
感心したように頷いたアニタは、少量の油と切り揃えた野菜を別の鍋へ入れ、サーラへ手渡した。
それをサーラは受け取ると、釜戸の別口へ載せる。
ほどなくして、ジュウッと香ばしい音が響いた。
ヘラで全体を返しながら炒め、野菜に火が通ると一杯分だけ小皿へ取り分ける。
残りには塩を振り、最後に具材が浸るまでブイヨンを注いだ。
あとは蓋をして、静かに煮込むだけだった。
やがて鍋の中から、野菜の甘い香りが立ち上り始める。
「ほい、ポトフの出来たのじゃ」
「えっ!? もう?」
「うん。凄く簡単じゃろ? さぁ、皆待っとるから、お皿に盛って運ぶぞ」
サーラは取り分けておいた小皿へブイヨンを注ぎ、具材を丁寧に裏ごししていく。
アニタも指示通りポトフを皿へ盛り付け、盆に載せて居間へ運んだ。
居間ではロンドが、相変わらず揺りかごを揺らしながら赤子をあやしていた。
二人に気づくと、ほっとしたように顔を上げる。
「あ、やっと出来たのかい」
「おっ、待たせたのじゃ」
「さっき、ずいぶん大きな音がしてたけど、何かあったのかい?」
「あ、いえ。お騒がせしました。でも、もう落ち着いているので大丈夫です」
「そうなのかい?」
「そうなの。それより、お父ちゃんは早く赤ちゃんにご飯を食べさせてね」
「あ、あぁ。わかったよ」
ロンドは首をかしげながらも、皿と匙を受け取り、赤子へ食事を食べさせ始める。
その間にサーラとアニタも食前の祈りを済ませ、食事を始めた。
アニタは匙で野菜をすくい、ひと口食べる。
形はしっかり残っているのに、口へ入れた途端ほろりと崩れた。
カボチャの優しい甘さと、にんじんの風味が口いっぱいに広がる。
続いてスープを飲むと、野菜の旨味に塩気と油のコクが重なり、あっさりとしているのに奥深い味わいが舌を包み込んだ。
「おいしい?」
サーラが覗き込むように尋ねる。
「うん」
アニタは小さく頷いた。
そのまま何口も運んでいるうちに、胸の奥から懐かしい感情がじんわりと込み上げてくる。
「……なぁ、これ」
「何?」
「あたし、この料理の味……食べたことがある気がする」
「え? そうなの?」
「あぁ。前に夜遅く帰った時、リリャーが夜食に作ってくれた料理と……同じような味がするんだ」
「これ、そんなに手の込んだ料理じゃないよ。どこにでもある料理だし」
「それでも味の感じが一緒なんだ。家ごとに味付けなんて全然違うのに……」
「ほへぇ? なんでだろう」
「昼間のステーキもそうだったけど……サーラ、誰かに料理を教わったりしたのかい?」
「うぅん……」
サーラは首を横に振る。
アニタは今度はロンドへ視線を向けた。
ロンドも首を振り、穏やかな声で説明する。
「サーラちゃんは、自分で覚えたんだ。この村で唯一の子どもだったし、小さい頃は私の仕事の都合で近所のお婆さんたちに預けることは多かった。」
そして一拍の後。
「でも、誰かに料理を教わったなんて話は聞いたことがないよ」
とハッキリと言いきった。
「本当なの?」
「恥ずかしい話だけど、うちには母親がいなくてね。この村へ来たばかりの頃は、私も日銭を稼ぐだけで精一杯だった。気づいたら、一人で何でも出来るようになっていたんだ」
「そんな馬鹿な……」
「信じられないだろうけど、本当なんだよ」
「…………」
話を聞いても、アニタは納得できなかった。
訝しげな表情のまま、もう一度サーラを見る。
視線に気づいたサーラも、不思議そうに見つめ返した。
「やっぱり家の子は可愛い……」
ぽつりと漏らしたロンドは、咽び泣きそうになっている。
先ほどまでの張り詰めた空気は、どこかへ消えていた。
一瞬だけ、静かな沈黙が流れる。
「……食べようか」
「そうじゃの。お腹空いたのじゃ」
ほぼ同時に二人は呟き、再び匙を動かした。
サーラは夢中でポトフを頬張り、頬いっぱいに膨らませながら幸せそうに笑っている。
「あ……」
その笑顔を見た瞬間、アニタは目を擦って瞬きをした。
サーラの姿が、一瞬だけリリャーと重なる。
同じように頬いっぱい食べ物を詰め込み、無邪気に笑っていたあの姿。
あの光景を以前にも見ていたことを思い出し、懐かしさと寂しさが胸を締めつける。
「……何処に行ったんだい」
小さく漏れたその呟きは、誰にも届かなかった。
そうして、夜は静かに更けていく。




