4話 野菜のポトフ 5
突然の出来事に、アニタは目を白黒させたまま固まっていた。
そんな彼女を気にも留めず、サーラは顔を間近まで寄せて言葉を続ける。
「……アニタさん。今、良くないことを考えてるじゃろ。駄目駄目スパイラルじゃろ」
「え? いや……駄目駄目スパイラル?」
「そんなことばかり考えてたら、ご飯が美味しく食べられないぞい。アニタさんまで元気がなくなってしまう」
「……そうかもしれないけど! 私は本気で悩んで――」
「それでも、まずは元気をつけるためにご飯を食べよう。ワシが簡単な料理と包丁の使い方を教えるから、一緒に作ろう」
「……本当かい」
弱々しい声で、アニタは思わず聞き返した。
サーラは静かに頷くと、彼女の手を取って立ち上がらせ、そのまま釜戸の前へ並んで立つ。
「まずは私が野菜を切るから、見ててね」
「あ、あぁ」
アニタは頷き、サーラの手元を食い入るように見つめた。
サーラは包丁を握ると、並んだ野菜を一つずつ吟味する。
「初心者にはカボチャは難しいわね。これは私が切っちゃお」
そう言ってカボチャを手に取る。
まずヘタに切れ込みを入れた。隙間へ刃先を差し込むと、力を込めて真っ二つに割り、さらに半分に切り分け、種とワタを手際よく取り除いた。
一口大に切り揃え、最後に角を落としていく。
「……すごい。綺麗に切れてるわね」
アニタは思わず、言葉を漏らした
サーラは横目で小さく笑う。
そして手を止めることなく、今度はにんじんとじゃがいもの皮をむき、ヘタや芽を取り除きながら、一口大へと揃えていく。
「はい。じゃあ次は、アニタさんが切ってみようか」
包丁を持ち替え、柄のほうを差し出す。
アニタは頷いて受け取ると、まな板の前へ立った。
すぐにサーラの手元を思い返しながら、見よう見まねで包丁を動かしていく。
「包丁はね、ただ握るんじゃないの。利き手の人差し指を背に添えて持つの。反対の手は親指を隠すように丸めて、食材にそっと添えるのよ」
「こんな風かい?」
「そうそう。反対の手は、人差し指の第一関節を包丁の腹に軽く当てる感じ。…包丁は前後に滑らせるように動かして切るの。力任せに押し下ろすと怪我しちゃうからね」
「……わかった」
「そうそう。その調子。ゆっくり……もう少し肩の力を抜いて」
やがて部屋には、トン、トン、トン――と心地よい音が響き始めた。
しかしアニタは、小さくぼやく。
「……でも、なかなか上手くいかない」
「アニタさん。ひょっとして昔、刃物で手や指を怪我したことある?」
サーラは何気なく問いかけた。
二人は話を続ける。
「……幼い頃に一度。今でも覚えてる。父さんもハンターだったんだけど、その仕事道具の刀で遊んでしまって……」
「だったら怖いのは当たり前よ。これは何度も練習して、少しずつ慣れていくしかないの」
「……そうなのね」
「うん。だったら、ここにいる間はいくらでも練習していいから。きっと上手になるよ」
「……ありがとう」
アニタは礼を言うと、ぎこちないながらも包丁を動かし続ける。
残っていた野菜の下拵えを無事に終える頃には、大きく息を吐き、口元には安堵の笑みが浮かんでいた。
サーラは切り終えた野菜へ視線を向ける。
自分の見本と比べれば形は不揃いだ。
それでも、最初に包丁を握った時よりもずっと綺麗に切れていた。




