4話 野菜のポトフ 2
それから施設の中は、静まり返っていた。
やや陰鬱とした空気が漂い、誰もが、のしかかるような重圧を感じていた。
アニタは話を終えた後も、俯いたまま微動だにしない。
周囲の大人達も黙り込み、互いに困惑した表情を浮かべながら顔を見合わせていた。
「それから、お姉さんはどうしたんですか?」
そんな中、サーラだけは心配そうにアニタを見つめ、首を傾げながら問いかける。
アニタはゆっくりと顔を上げると、何かを決意したように上着のポケットへ手を入れた。
その中から一枚の折り畳まれた紙を取り出し、差し出しながら答える。
「……その後、私は彼方此方の街や村を転々と訪れて、彼女の目撃証言を集めたんだ。……これは、その足跡をまとめた地図よ」
サーラは受け取ると、器用に片手で紙を開いた。
内側に広がった地図の表面を指先でなぞるように眺めていると、後ろから大人達も覗き込んでくる。
地図には、王国【ランドロス】の一部の地形と、各地に点在する街や村、人里の位置が描かれていた。
いくつかの場所には、丸印が書き足されている。
南の海沿いには【ネオマルフィア】。
そして反対側、最も北に位置する場所には、サーラ達が暮らす山間の村が記されていた。
各地に付けられた丸印は、一本の縦線によって繋がるように描かれている。
「……なるほどじゃな」
村長は地図を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「……この丸印の通りに、お前さんの探し人は移動しているのか」
アニタは黙って頷くと、再び口を開いた。
「えぇ……その丸印を、下から順に辿って追いかけたのよ。……あの娘が北へ向かっているように見えたから、直線上にあるこの村にも来ていると思ったの」
そこで一度言葉を止め、アニタは周囲を見渡す。
「……でも、この村の誰も見ていないのなら、違ったのかな。……あの娘は赤ん坊を連れているはずだから、嫌でも目立つと思ったんだけど」
「ねぇ……アンタ」
突然、ケリーが声を挟む。
「はい?……何、おばさん?」
「いや、ちょっと思ったんだけどさ……」
そう言うとケリーは、サーラの腕に抱かれた赤子を指差した。
「この赤ん坊、そのリリャーって娘の子供なんじゃないかい?」
その瞬間、大人達はハッとした表情になり、一斉に赤子へ視線を向ける。
アニタも同じように赤子をじっと見つめ、首を傾げながら呟いた。
「……どうだろう。私もリリャーの子供の顔を知らないから、何とも言えないな……」
「……そりゃ、そうだよね」
とケリーも頷く。
するとアニタは、少し間を置いて続けた。
「ただ……」
「……ただ、なんだい?」
「その赤ん坊……髪の色は黒いけど、目元や瞳の色はリリャーと同じなの。……なんとなくだけど、似ている気がする」
その言葉を聞いた大人達は、再び互いに顔を見合わせた。
しかし、アニタだけは状況を理解できず、目を丸くしている。
そして次の瞬間、思わず問いかけた。
「なぁ……その赤ん坊って、アンタの弟か妹じゃないのか?」
「ううん、違うの……」
サーラはすぐに首を横に振る。
「この子は、うちの物置小屋にいたんだよ……」
「……なんだって?」
アニタは目を伏せ、静かに息を吐いた。
「……そういうことかい」
話を聞き、ようやく頭の中で大まかな状況を理解する。
だが同時に、胸の内には不安と憤りが渦巻いていた。
その感情を抑えきれず、表情にも影が落ちる。
「……アニタさん、大丈夫?」
サーラが心配そうに尋ねる。
アニタは何とか頷いた。
そのまま少しの間、思い詰めるように俯いて考え込む。
「なぁ……サーラと、ロンドさんだったっけ?」
やがて顔を上げると、決意したように口を開いた。
「頼みがあるんだが……少しの間だけでいい。私をアンタ達の家に置いてほしい」
「えぇ!?」
「ほぇ!?」
その言葉に、親子は同時に声を上げた。
二人は揃って目を見開き、互いの顔を見合わせる。
そして慌てたように、再びアニタへと向き直った。




