3話 蜂蜜の猪ステーキ 4
一通りの行程を終えると、サーラは銅製のフライパンと木べらを手に取り、下ごしらえした食材一式を抱えて再び釜戸の前へと移動した。
フライパンの底に油をひき、弱火にかける。
じわりと熱が回り、油がわずかに跳ねる気配を見せた頃合いで、肉へ軽く塩を振り、そのまま静かに投入した。
まずは側面から焼き付け、続いて両面へと順に火を通していく。
辺りには「ジュウ、ジュウ」と肉が焼ける音が満ち、同時に香ばしい匂いが空気をじわりと塗り替えていった。
やがて表面にしっかりと焼き色が付くと、サーラはフライパンに蓋をし、そのまま火から外して濡れ布巾の上へと置く。余熱で中心までじっくりと火を通すためだ。
しばしの間を置いた後、再び強火にかけ、全体へほどよく焦げ目を走らせると、肉を皿へと移す。
残った肉汁は捨てず、同じフライパンで野菜を炒める。旨味を吸ったそれらは、付け合わせとして肉の横に丁寧に添えられた。
「いい匂いねぇ〜」
どこかで誰かが、思わず漏らしたように呟く声がする。
「できたのじゃ〜!」
サーラ自身も、料理の乗った皿を誇らしげに掲げると、冷めないうちにと足早に隣の飲食スペースへ向かった。
扉をくぐった瞬間、騒がしい声が一気に押し寄せてくる。ハンターたちはすでに顔を赤く染め、先ほどよりも明らかに出来上がっていた。
その中から、一際大きな声が飛ぶ。
「おぉい、サーラ!……こっちだ、こっち!」
中央のテーブルでは親方が手を振り、彼女を呼び寄せていた。
そこにはロンドを含む数人のハンターが並び、興味と期待に目を輝かせている。
サーラは余裕の足取りでテーブルへ近づくと、
「お待たせしましたよ!」
と告げ、開いたスペースへ料理の皿をそっと置いた。
途端に、覗き込むような視線が集中する。
「おぉ、ステーキか。……こいつはいいな」
「だが、これが旨い食い方なのか? いつもとそう変わらんようにも見えるがな。猪肉は焼きすぎると固くなる」
「いや……なんだ、この肉。妙に艶があるぞ。表面が磨いたみてぇに光ってやがる」
「……ごちゃごちゃ言ってねぇで、一口食えばわかるだろ」
言い終わるより早く、親方がナイフとフォークを手に取り、肉を切り分ける。断面には、わずかに薄いピンク色が残っていた。
火は十分に通っているはずだが、どこか瑞々しさを思わせる仕上がりだった。
そして、親方が真っ先にそれを口へ運ぶ。
続いて他のハンターたちも次々と肉を頬張り──
「なんじゃこりゃ!! いつもより柔らけぇぞ。噛み切れる!」
「……確かに、うめぇ!」
「塩だけなのに、変な甘い香りがする……味も奥行きがあるな」
「付け合わせも同じだ。肉の旨味が移ってやがる」
「うちの娘の料理は最高だなぁ!!」
驚き混じりの声が次々と上がり、誰もが目を見開く。飲み込む間も惜しむように、すぐさま皿へと手が伸びていった。
瞬く間に皿の上の料理は減っていく。
肉は歯切れよく崩れ、噛むたびに脂の甘みと素材の旨味が一気に広がる。塩のシンプルな味付けが、それをむしろ際立たせていた。
付け合わせの野菜もまた、肉汁を吸って深みを増している。
じゃがいもは皮が小気味よく弾け、ほくりと崩れてねっとりと舌に絡む。
にんじんと玉ねぎは甘みを強めながら、ほどよい歯ごたえを残していた。
ハンターたちは、噛むたびに満たされていく感覚に浸る。
気づけば、皿はすでに空になっていた。
そして親方は当然のように、空になった皿を突き返してくるのだった。




