第4話 「そなた、死ぬのか?」
(…………だめ、だ。これは……ホントにだめ、だ)
切羽詰まった呼吸をしながら、ニースは自身を点検した。
衝撃を受けただけに思えた腹部から、徐々に焼けるような痛みが広がってくる。
痛みが増すにつれ、脱力感が急激に全身を侵し始めていく。
(落ち続けのわたしの人生、最後も落ちて終わるのかなあ)
単装銃は、銃士隊の正規隊員の武装ではない――見習いの装備だ。
六発装填の連装銃だったら、遅れは取らなかっただろうか。
痛覚と悔恨が、頭の中をかき乱す。
そこへ。
涼やかな声が、はるか天空から降ってきた。
「そなた、死ぬのか?」
(ああ……死神って、本当に死ぬ前に来るんだなあ)
こふ、と息をつくと血の味がする。
まばたきを二度、三度、四度。
割れた鏡のようにバラバラの視界では、彩りが失せつつあった。
見上げた空の色さえ、灰色に塗りつぶされて見える。
そんな白と黒から成る世界に、すうっと別の色が落ちてきた。
一枚の、鴉の羽根だ。
新たな黒色でしかないはずなのに、明らかに違った。闇夜のように深く、でも月光のように淡く光を放つかに見える。
その美しさに、思わず息を呑んで――いっとき、痛みを忘れた。
「そなた、死ぬのか?」
また声が降ってきた。
今度はもっと近い。すぐそばからだ。
視界の端で、黒髪黒衣の人影が静かに地に足をつけようとしていた。いままさに、天から舞い降りたと言わんばかりの所作。
かすかな衣擦れの音にまじって、鳥のはばたきが聞こえる。
冷たく、それでいて、興味が隠せない様子で、三たびめ。
「そなた、死――」
「――にたいわけないでしょうが、こんのクソが」
怒気をはらんだかすれ声で、少女は応じた。
「あんたが死神なら……もう一戦交えてやるわよ」
血まじりの声で、彼女は見栄を切ってみせた。
(綺麗な死神さまに手を引かれて、天国だか地獄だかにご案内?)
そんなの、まっぴらごめんだ。
銃士隊心得、第五条。苦い終わりのために戦え。
死にかけている場合ではない。栄えある銃士隊の一員なのだから。
身体を起こそうとして、しかし。
その決意はわずかに手足を震わせたにすぎない。
「――ッ」
途端に忘れかけていた激痛が全身を走る。
視界に火花が散って、意識が急速に暗くなっていく。
陶磁の鈴を転がすような声が、聞こえた。
自分より少し歳の長けた、少女の声。
「ならば、われがどのように拾っても、文句はあるまいな」
鳥の羽ばたきが、聞こえる。
ばさっばさっという音が、大きくひろがり、包み込んでいく。
「われに仕えよ。そなたを猟犬の資格ありと認める。ゆえに、死ぬな」
ほっそりした腕が、そっと抱き起こしてくるような感触。
自分の唇に、やわらかに湿った何かが押し当てられる。
死の淵にあるはずなのに、なぜだろう。
暗闇と静寂に閉ざされていく世界が、ひどくあたたかなものに感じられた。
本日7月2日の投稿はいったんここまで!
明日は第5話、第6話をアップいたします。




