第3話 「しくじった!」
時間は、ニースとスピネが出会う前日にさかのぼる。
少女銃士にとっては、いつもの捕り物。手慣れた追跡劇。
そのはず、だった。
「――待ちなさい! 止まりなさい!」
ニースの声はうわずっていた。
焼けた橙色が連なり、段差を変えつつうねるかのように伸びている。
「屋根の上とか、最悪!」
悪態をつきながら、視線の先の男を追いかける。
ニースが声をかけた男は、なにやら叫びながら屋根伝いに逃げている。
叫ぶ、といっても、「ひあああ」という悲鳴にも似た声だ。
なんだか申し訳ない気持ちになるのを、理性で追い払う。
巡回中に見かけた、小さな教会での結婚式。それが発端である。ささやかながら精一杯飾られた式典を目にして、ニースは「いいなあ」と思った。銃士なんて荒事をやっているが、れっきとした乙女だ。花嫁衣裳への憧れはある。
だが――自分以外に、花嫁をじっと見つめているやつがいる。
教会の外。物陰からひそかに。年のころは四十ぐらいの男。花嫁とは親子ほどの差がある。無精ひげに、粗末な服装。いや、単に粗末というには違和感がある服だ。
その男は、花嫁を隠れ見つつ、泣いていた。洟をすすりながら、涙をボロボロ流している。そのくせ、泣き声が周囲に聞こえないように、必死にこらえて。
「……あのう、大丈夫?」
穏やかに声をかけたのだが――男は「ひいっ」と逃げ出した。
追いかけざるを得ない。逃げ出すのは、やましいところがあると見るしかない。
軽く頭を振って、ニースは雑念を追い出した。
(いまは集中!)
男との距離を詰めつつ、単装銃を腰の留め具から抜いた。
銃の重みを手に感じつつ、ニースは小さくうなずく。
ここが地上だったら普通に手足を掴んで、捕縛術で取り押さえるところだ。
けれど、連なる屋根の上では、二人ともに落ちる危険がある。
右手に銃を携えたまま、ニースは左手をかかげた。
ぴんと立てた人差し指と、視界の男の姿を瞬時に見比べる。
(有効射程、よし)
右手の銃を構え、左手で支える。
一瞬、立ち止まり、引き金をひいた。
軽い破裂音に硝煙が続き、ほんの少し甘い香りが混じる。
撃ったのは、樫弾。
痛打を与えて無力化する、木製弾頭だ。
狙ったのは、男の背中。胴体なら、まず外さない。
そう考えていたのだが――唐突に、男が叫んだ。
「ひああああ、〈風! 風! 風よ! 俺を運べ、跳ばせろ!〉」
支離滅裂な言い回しながら、意味するところに気づいてぎょっとした。
(詠唱!? 魔法使いなの?)
お粗末な言葉選びだし、男の姿は貴族にはとうてい見えない。
だが、吹きあがる風に包まれつつ、屋根を蹴って大きく跳躍する動き。
明らかに、魔の力に頼らないと、できない芸当だ。
予想外のことに驚きつつも、しかし。ニースは不敵に笑ってみせた。
(いいじゃない。何者か知らないけど、ますます訳ありね)
と、その時、妙なことに気づいた。
男の手足に、何かの模様が浮かび上がっている。
規則正しく、角ばった青い線が、手足を包むように走っている。
(さっきは無かった。あんなの無かった。あれは、なに?)
数瞬、ニースは戸惑った。ほんの刹那、身体の動き出しが遅れる。
それが、致命的だった。
男が、振り返る。その顔にも、びっしりと青い線が浮かんでいる。
血走った眼で、切羽詰まった声で、男が叫ぶ。
「あぁぁ、〈風! 風! 切り裂け、切り裂け、切り裂け!〉」
空気が逆巻く。
視線の先の男の姿が、ブレて歪む。
(―――しくじった!)
後悔の念の直後、ニースの腹に衝撃が走った。
ざっくりと切り裂かれ、真っ赤な血がしぶく。
少女銃士は大きくよろめき、体勢を崩すと、無様に屋根から転がり落ちた。
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全37話の第3話になります。
お読みくださりありがとうございます!
主人公がアレなことになってますが、
どうなることやら?
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全37話の第3話になります。お読みくださりありがとうございます!
いきなり主人公がアレなことになってますが、どうなることやら?




