第2話 「全部全部こいつのせい」
第1章の開始です!
「そなた、銃の扱いが下手ではないかや」
「藪から棒にひどいこと言われた!」
街を流れる水路沿いの道を、ニースとスピネは微妙に離れて歩いていた。
連れだって、というには、互いの距離が遠い。
かといって無関係というには、相手に視線を向ける頻度が多かった。
捕らえた男を無理やり起こし、いろいろ尋問した結果、今日も得るところなし。応援の銃士に身柄を引き渡し、二人で巡回を兼ねながらの銃士隊本部への帰途だ。
そんな中、唐突にぶしつけなスピネからの問いかけだった。魔女は、頭をすっぽりと覆うフード付きケープを羽織っている。陰ごしに向ける視線は、妙に圧があった。
「魔を破る合理の産物の割に、使い手のそなたが合理からほど遠い」
「えっ、なに。『オマエ頭悪いな。中身は何が詰まってるんだ』って聞かれてる?」
銃士隊の誰かにも言われたのか、少女銃士はひねた声で返した。
魔女が淡々と返す。
「拗ねるでない。先に撃てば、われが相手でも十中八九はそなたが勝つ」
「実際にそんなことになったら、先に撃たせてくれないくせに」
「先の先を取るのが、銃の得意ゆえな。当たり前であろう」
「銃士隊は公都の治安を守るお仕事なんですぅ」
いったん頬をふくらませてから、ニースはにっと笑い、たったったと数歩駆けた。両手を大きく広げ、その場でくるっと回ってみせる。
少女の視界に映るのは、歴史と時代を積み重ねた積み木のような街並み。壁は白を基調に、時代の変遷と共にグラデーションを描いている。屋根は焼けた橙色がずっと連なり、これも、家屋や瓦ごとに濃淡が異なる。その合間を縫うように、緑の樹が植えられ、碧い水路が張り巡らされている。
数百年にわたって人の営みが続いてきた、歴史ある美しい光景であった。
「公都ガナント! ここの平和を守るのが、銃士の仕事だもの」
魔女の方を向きながら、少女は誇らしげに声をあげた。
普段は茶色の瞳が、かすかに琥珀の色できらめく。
ばんざいの恰好をしたまま、少女銃士は言葉を続けた。
「だから、むやみに銃は撃ちません! 引き金は、重いんだよ」
「他の銃士たちの引き金は、ずいぶん軽いようだがの」
どこか遠くで、警笛と共にぱんぱんぱんと連続した銃声が聞こえた。
たちまちに少女の顔がひきつる。
「ほれ。そなたが羽織る銃士隊の外套を見る目が、妙に白いではないかや」
往来の真ん中で声をあげる少女に、怪訝と敬遠の視線が集まっている。
指摘されて、彼女はがくっと肩を落とした。
「うぐ……理想と現実の両立は難しいのよ」
「ふん。三大派閥の争いで騒乱が起きぬための、公認必要悪であろうに」
伝統の貴族派。
新興の共和派。
断絶した王家の帰還を願う王党派。
三者のごたごたを力づくで抑えるのが、銃士隊の役割であった。
「ひどい! 実際その通りなんだけど、ひどい!」
「まあ。顧問扱いで力を貸しているわれも、とやかくは言えぬがな」
ひとごとのように語る魔女に、少女はむうと口をとがらせた。
「あんたのは、制裁でしょ。お貴族様の私闘、怖いわぁ」
「だからこそ。そなたたち公都軍警に世話になっておる」
公都特別司法執行軍警。銃士隊の正式名称が、それだ。銃という新時代で武装した、実情は荒くれ者の集まり。一応は、暫定統領府直属の治安組織なのである。
「それって体よく利用してるだけじゃん」
ニースの指摘に、スピネは答えなかった。
ただ、無言で口の端をくいっとつり上げたのみである。
「うっわあ、悪い顔……って、は。は、くしゅん!」
水路沿いに風がぴゅうと吹いた矢先、少女が盛大にくしゃみを放つ。
「下品。無礼。作法がなっておらぬ」
手元でくるりと指をうごめかしながら、魔女は小言を口にした。
「せめて手巾で鼻と口をおさえよ。迷惑であろう」
「仕方ないでしょうが、生理現象は止められないんだから」
その返しに、魔女がふんと鼻を鳴らしてみせる。
「夏風邪は、あほうがひくものぞ」
「じゃあ、あれだ。噂にちがいないよ。へへ」
「都合よく、良い評判を前提にしておらぬか」
「その方が前向きになれるでしょ」
「そなたも乙女のはしくれであろうに」
「はしくれじゃないよ、れっきとした乙女だよ」
腰に両手を添えて、ニースがむんと胸をはってみせた。さらしで抑えてもなお存在感のある豊かなふくらみが、外套越しでも窺える。赤みがかった短めの金髪を揺らしつつ、銃士・自称乙女は、にかっと笑んだ。
黒髪の少女が、自分のこめかみに手を当てながら応じる。
「その言いぶりは、そなたの乙女を損なっておらぬか」
「だって。先輩は『女らしさはこれよこれ』って、よくやってるけど?」
「……銃士隊には、あほうしかおらぬのか」
黒髪の少女の言葉に続いて、ぱたたっと鳥の羽根の音がした。
フードが、不自然にごそごそと動く。
それを見てとって、銃士の乙女は、じとりとした目をむけた。
「わたしのくしゃみよりも、あんたのそれの方が余程な気がする」
「なに? そなた、われの〈みしるし〉を愚弄するのかや」
「目立つんじゃないか、ってこと」
「だから、こうして隠しているであろう」
「しぶしぶね。いやいやね」
ニースの指摘に、スピネがすうっと目を細める。今度の羽ばたき音はより大きく、明らかにフードがうごめいていた。
「不本意の極みなのだぞ、われの誇りを隠すなど」
「街中にびっくり人間がいる方が、街の皆さんには不本意だよ」
茶化して答えてみせた銃士に、魔女はぴたと足を止め、ひとこと。
「……おまわり」
その言葉を聴くや、ニースの全身がぴしっと震えた。
ぎこちない動きで、ゆっくりとスピネに顔を向ける。
泣き笑いの表情を浮かべてから――その場で、ぐるぐると回り始めた。
「ちょっと、ちょっとぉ! やめて止めてお願い」
「しつけのなっていない猟犬には、お仕置きがいるのう」
「目が、目が回るぅ」
「倒れたら許してやろう」
「……倒れたら、いいの!?」
「みずから倒れるのは、だめ。許さぬ」
「そんなあ」
涙を浮かべつつ、ニースの口元は緩む。
意に反して身体が動くのに。こうも愉しくなるのは不可解でしかないのに。
不自然な嬉しさでいっぱいなのは、そう、全部全部、こいつのせいなのだ。
命を助けてもらった代償としては、滑稽すぎる。
目をぐるぐると回しつつ、ニースは数日前を思い出していた――
第2話お読みくださりありがとうございます。
ここから少し過去回想となります。




