第1話 「死んだわ、わたし」
初めてのオリジナル小説となります。
タイトル通り、銃と魔法の百合ファンタジーとなります。ご興味のある方はぜひご笑覧ください!
あ。これ死んだわ。わたし。
ニースは、視界にぐんぐん迫る石畳を見て、己の迂闊と不運を呪った。
享年十六歳。いくら乙女の命短しと言えど、散るには早すぎる。死に瀕すると体験する時間がゆっくりになるという。いままさに、落下の感覚でそれを味わっていた。
視界いっぱいに絶望の光景がひろがる――その時、ぴたと落下が止まった。
目が点になったのもつかの間、指三本ほどの高さから、ずんと落とされる。
胸を打って一瞬、呼吸が止まりそうになり、思わずあえぐ。
そんな彼女の目の前に、ふわと一枚、漆黒の何かが舞い落ちた。
鴉の羽根だ。その羽根がふるると震え、ニースにささやく。
『また、われに救われたな。感謝するがよい』
陶磁の鈴が鳴るような声に、少女は恨みがましい声で言った。
「スピネ。魔法で助けるなら、もっと早くしてくれてもいいじゃん」
『加減がむつかしい。うっかりそなたを潰したくはない』
「高いところで見物とか、良い趣味ね」
『言うでない。捕物がおわれば、たんと愛でるゆえ。撫でてほしいかや、うん?』
スピネの愉しそうな声に、心の臓とは別の場所から、とくとく悦びが湧いてくる。やる気になる反面、感情の源泉を考えると、なんだか腹立たしくもある。
ニースは軽く舌打ちすると、腰の留め具から単装銃を手にとった。
まだ標的とはそんなに離れていない。追いつく。追いつける。
少女銃士は石畳を蹴って、駆け出した。
ニースの視界が、必死に走り去ろうとする男の姿を捉えた。
フーッと大きくひと呼吸するや、少女の駆ける速さがぎゅんと増す。
男が振り向く。狼狽しきった顔で、腰から鉈を引き抜いた。
すかさず、少女が引き金をひく。
微細な魔力が雷管を叩き、銃口が火を噴いた。
銃弾が飛翔し――わずかに見える鉈の柄に命中する。
異音と共に、木製の柄が砕け散った。衝撃が、男の手から得物を取り落とさせる。
動揺した男が、ほんの刹那、自身の手元を見やる。
その刹那の一瞬こそ、ニースにとっては十分だった。
すかさず男の懐に入り、肘鉄をくらわせて重心を崩す。
続く動きで足をひっかけて、男の体重を利用して地面に転ばせた。
次々と弧を描く手と腕の動きで、巧みに男を後ろ手にひねりあげる。
苦痛の声をあげる男に構わず、少女は高らかに言った。
「確保ッ!」
標的を視界に捉えてから、実に十も数えていない。
銃を腰のベルトの留め具に戻しつつ、彼女は声をあげた。
「良く聴きなさい。
あなたは尋問に協力する義務がある。供述内容は法廷において――」
「――口上なんて時間の無駄であろう」
彼女の声をさえぎるように、別の少女の声が空から降ってきた。
涼やかに響く声に、少女銃士は顔を見上げた。
広げた黒い日傘を頭上に差しつつ、黒衣の人影がふわりと降りてくる。
羽毛が舞い落ちるかのような優雅な動きは、魔法を使えばこそ。
長い髪は、ぬばたまの黒。ゆえに、端正な顔の白さがより際立っていた。
「よくやった。大儀である」
黒衣の少女の言いように、少女銃士は眉をしかめた。
「これがわたしの仕事よ、スピネ」
「われの猟犬としての役目でもあろう?」
そう言って、魔女はそっと両の手を伸ばした。
たおやかで細い指が十本、少女の頭を包むように触れる。
少し赤みがかった、短めの金髪。日に焼けた、色味のよい頬と額。
白い指が顔に触れるや、まろい印象の茶色の目がとろんとなる。
そして、たちまちに朱が差していく耳たぶ。
まるでくすぐるかのように、指先がそれらを撫でまわす。
撫でられつつも、彼女はこらえるように目元をしかめていたが――
とろりと口元が緩んでしまうのは、自分でもどうしようもなかった。
「愛いやつ、愛いやつ」
「え、えと……うん、へへ……」
ささやくような声もかけられて、少女はたまらず顔を伏せた。
だが、ばさりという鳥の羽ばたき音と共に、魔女は真面目な声で言った。
「次からはうっかり屋根から落ちずに、半分の時間で捕らえよ。できるかや?」
切れ長の黒い瞳が、じいっと見つめてくる。
視線に射すくめられて、銃士が感じていた火照りはたちまちに冷えた。
「……それって、命令?」
「もちろん。そもそも落ち癖があるのに、高いところへ登るでない」
撫でていた白い手が、すっと離れてしまう。
ニースは、魔女の指をついつい目で追ってしまった。
すると、またどこからか、ぱたたという羽根の音がした。
「ふむ。ご褒美が足りぬかや。好き者め」
「す、好き者ってなによ!」
気色ばんで声を上げる少女に、魔女は涼しい顔で返した。
「先ほどの顔。鏡で見てからも、そう言えるかの」
「ぐぬぬ……く、くそう」
少女銃士は、ぎりっと歯噛みした。
緩んだ表情はどこへやら、憤懣やるかたない顔で魔女をにらむ。
「わかったわよ。言われたふうにするわよ。あんたにはどうせ逆らえないし」
「それでよい。われはそなたのあるじ。つきあうは、しもべの務めゆえな」
当然とばかりに言ってのけてから、魔女は腕を極められたままの男を見やった。
「……ほれ。口上も無駄であった。こやつ、すでに口から泡を吹いておる」
「え? あ、本当だ! ちょっと、しっかりして、おおい」
金髪がぶわっと逆立つ勢いで、少女銃士はわたわたと慌てた。
急いで男を介抱しだす様は、なんともせわしなく、しかし大雑把だ。
粗忽なしもべをながめつつ、あるじたる魔女がそっとひとりごちる。
「偉大な御方にあやかっておるのに、なんとも名前負けなことよ」
ためいきひとつに合わせて、鳥の羽ばたく音がまたひとつ聞こえた。
全37話のオープニングになります。お読みくださりありがとうございます!
カクヨムで先行公開している作品の転載ですが、7月5日からは同時投稿となります!




