第24話 「まかせて」
公都で角突き合わせる三勢力が揃って名指しした場所は、プシュケ工房。
古くは錬金術師が集い、近年は薬品調合で知られる建物だ。増改築を繰り返した重厚な造形は、街中にありながら城塞のおもむきがある。
現場では、まさに攻城戦さながらの光景が展開していた。
建物に面した通りに、工房の庭に、裏路地にさえ、魔法が荒れ狂っている。火の矢が街路樹を燃やし、水のつぶてが壁を穿ち、風が吹き荒れて石畳を削った。
バルコニーや窓から、刺青の線に覆われた者が幾人も顔を出している。
わめくような詠唱の声があがるたび、超常の力が荒れ狂うのだ。
隙をついて接近できないかと銃士たちが窺っているが、手を出しかねていた。
「まったく、棟梁も面倒な指示を出したもんだね」
家屋の隙間に身をひそめつつ、クーンがぼやいた。
そのそばに、ニースもいる。先輩の言葉に、少女もまったく同感だった。
「工房関係者は逮捕しろ。被験者は保護しろ。ハァ、素直に殲滅できないもんか」
物騒な物言いに対して、ニースは工房の大扉を窺いつつ言った。
「クーン先輩。どうするにしたって、中へ踏み込まなきゃ」
「ニース、ご覧の通りよ。立てこもって大騒ぎ。何を考えていると思う?」
「残された被験者はどうでもいい、とか。騒ぎになると、関係者が逃げやすくなる」
「ふふん、きみも頭が回るときがあるじゃない」
クーンがウィンクしてみせると、警笛を吹き鳴らして声を張り上げた。
「二番隊! 結番の二人一組で周囲の街区に散れ! この騒ぎだ。家にこもらずに、うろうろしてるやつは問答無用でしょっぴきな!」
彼女の言葉に、そこかしこで工房を窺っていた気配がざざっと離れていった。
うなずきながらも、ニースはぼそりと言った。
「三番隊だけで、大扉をどうにか突破なんだよね」
「また頑丈で重そうだこと」
「大砲か破城槌でも持ってくるとか」
「どこから借りるんだい、そんなもの。騎士団か? 夜警団か?」
クーンは、舌打ちしてみせた。
「かたや貴族派。かたや共和派。どっちにも借りは作りたくないさね。ボタンの掛け違いが起こったら、連中またぞろ内戦を始めることになるよ」
先輩の指摘に、ニースは思わずうめいた。
クーンが続けて言う。
「……あとは、城攻めの常套手段しかないさね。内部から、開ける」
ニースは目をこらして工房を見つめ、ややあって指で示した。
「――あそこからなら、もしかして」
工房の屋根、にゅっと飛び出た煙突を指さす。ひと呼吸置いて、少女は言った。
「わたしの体格なら、入れる。たぶん」
「ばかを言っちゃだめだよ」
クーンが握った拳で、ニースの肩を軽くこづいた。
「あんなとこ、きみぐらいしか入れない。一人で行かせられるか」
「やれる。見習いでも、銃士だもの」
敢然と言い返した少女に、クーンは腕組みしてみせたが、
「……棟梁のやつ。この子に連装銃を持たせたあたり、予想してたね」
組んだ腕をふくらませつつ、怒気をはらんだつぶやきが洩れる。
彼女の腕に、そっと手を置いてニースは言った。
「だいじょうぶ。無茶はしない」
クーンは眉をひそめたが――胴に巻いていた弾帯をニースに手渡した。
「十二発だよ。きみの手持ちと合わせて二十四発。無駄撃ちすんなよ。きみの速さに賭ける。注意をひきつけるから、その隙に開錠を頼んだ」
「まかせて、任務は忘れない」
言いつつも、少女の顔色は少し血の気が引いて見える。
クーンはふんと息をついて、ふところから手紙を取り出した。
「――お嬢様からだ。あんたの助けになるってさ」
突き出されたそれを、きょとんとしながらニースは受け取った。
結んだ麻糸を解き、紙を広げ、文字に目を通す。
そして少女は、たまらず手紙をきゅっと抱きしめた。
(あの子、わざわざ、こんなことを……)
胸の奥からあたたかいものがこみあげる。
不器用なしもべをしたがえると、あるじが苦労してたまらぬ。
そうぼやく様子が、目に浮かぶようだった。
「……え、なに。じーんとしちゃって。恋文? 恋文だったりする?」
食い気味に聞いてくるクーンに、ニースはかぶりを振ってみせた。
「この内容、皆にも教えて。役に立つよ」
ニースが見せた手紙を、クーンが覗き込み、納得してうなずく。
「なるほどね……しかし、あのお嬢様。励ましの一言ぐらい入れりゃいいのに」
彼女の言葉に、ニースはふわっと笑んでみせた。
「でも、わたしが知ってる通りのスピネだよ――行ってくる」
手紙を胸元にしまい込み、少女銃士は敬礼した。
目の冴えるような、あざやかな所作。そうして、彼女は駆けだした。




