第23話 「使いつぶすおつもりですか」
――銃士隊の隊舎内、教練場。
幾人もの銃士たちが見守る中、ニースが特設訓練コースを駆けている。
手には、連装銃。
六連装の回転式弾倉を備えた武装だ。
折れ曲がった経路を走り、あるいは壁を蹴って跳び、突き進む。
標的を捉えるや、瞬時に足を止めて引き金を引く。
銃弾が当たるのを確認する前に、すでに少女銃士は動き出している。
連装銃は、弾数管理と再装填がカギとなる。
まごついて時間をロスしたり、撃ち漏らしたりは新人にありがちな失敗だ。
しかし、少女の銃声は小気味よく鳴らされている。
靴音がとまどって止まることもないし、銃声の間隔が間延びすることもない。
その様子に、銃士たちのある者は歓声をあげ、ある者は口笛を吹いてみせる。
外野の見物人の反応に、監督役のクーンは苦虫を嚙んだ顔をした。
どかっと椅子に腰かけ、たくましい腕を組みつつ、銃士隊の女傑はぼやいた。
「思い切ると、ホントに技が冴えるんだからさ」
その感想は、外野も同じだろう。
賞賛しつつも、おっかなそうな顔を隠せていない。
「天賦の才ってやつ、なのかねえ」
つぶやいたクーンの目に、三周めをこなしてきた少女が映る。
ちら、とだけこちらを見やると、少女は弾帯を手に取り、そのまま駆けていく。
息ははずんでいるが、呼吸は乱れていない。
フッ、フッ、フッ、と犬にも似た呼吸音は測ったように律動的だ。
四周めに入って、靴音はさらに速さを増した。
銃声が立て続けに鳴り、わずかな間を置いて、再度撃ち鳴らされる。
見物の銃士たちがさすがにどよめいた。
「速ェェ。あれから、さらに速くなるってどういうことだ」
「ダメだ。あんなのと組んだら、俺なんか置いて行かれる」
やっかみやひがみのない、純粋な賛辞と明らかな恐れ。
そう、だから。ニースには相方ができないのだ。
考え方の衝突以前に、彼女の足手まといにならずに済む者がいない。
「本人はまったく気づいてないんだよなあ」
ぼやきながら、クーンはちらと隅の物陰をみやった。
こっそりと息をひそめて窺う者に、思わず眉をひそめる。
北の辺境伯家のご令嬢と組ませたのは、総隊長の妙案ではあった。
銃士で合う者がいないのであれば、まったくの異分子と組ませればいい。
「……本人たちは収穫なし、と肩を落としていたけどねえ」
ふたりは、人造魔法使いを追っていた。
その過程で関係のありそうな者を、幾人も捕らえている。
目星をつけたということは、叩けばホコリがぷんぷん立つやからだ。
野放しだったのは、他の銃士たちが捕えきれなかったからにほかならない。
ニースとスピネの二人だからこそ、身柄をやっと押さえられたといえる。
「それがまあ、あんな青っちい喧嘩をしてくれてさ」
「……相変わらずだな。あやつは」
鍛造した鋼を思わせる、男の声が不意にかけられる。
聞きつけたクーンは立ち上がり、さっと敬礼をした――
ニースが四周めをこなしてくると、いつの間にか総隊長が来ていた。
急いで駆け寄り、しゃんと姿勢を正し、右手を挙げて敬礼をしてみせる。
彼は答礼してうなずくと、低い声で言った。
「楽にしてよい」
言われて、少女は足の間隔を開き、両の手を背中に回して組んだ。
きびきびした動作に――なぜか、クーンが苦虫を噛んだ顔をしていたが。
「励んでいるようだな」
「未熟を思い知ったから、鍛え直して――ます」
総隊長がふむ、とうなずいてみせた。
「ご令嬢と、僚友の解消を申し出ているが」
「いまのわたしでは、あの子に面倒をかけちゃう」
「その申請だがな。私が預かっている」
何かを言いかけた少女を制するように、総隊長はずいっと顔を突き出した。
「あの御仁を、銃士隊が保護する名目が必要なのだ。わかるな?」
わからない、とは言わせない圧がびりびりとかかる。
こらえながら、ニースはこくり、とうなずいた。
「結構。では、知らせがふたつある。心して聞け」
重たく低い声が、ずしりと響く。
「ひとつめ。くだんの人造魔法使いに関して、本拠の工房が判明した」
「……確かなのですか?」
問い返したのはクーンだ。うむ、とうなずいて、銃士隊の棟梁は続けた。
「デュカーテ銀行の代理人名義。ウルクス侯爵の家宰名義。アヤルレ師の使い名義」
ひとつひとつ名前を挙げてから、
「どれもが、まったく同じ告発文を送ってきた」
その言葉に、ニースが息を呑む。
クーンは、気色ばんで椅子の背もたれをこづいた。
「共和派、貴族派、王党派。揃って手打ちにしたってことかい!」
「互いに探られたくない肚があるのだ。我々は所詮、事後対応の組織だ」
淡々と言ってから、総隊長はその場の全員をじろとねめつけた。
「すでに先遣隊が監視に出向いている。二番隊および三番隊を出動させる。三派揃えて知らせたということは、完膚なきまで潰してよいという意味だ。締めてかかれ」
すでに隊舎から、からんからんという鐘の音が鳴っている。
さっと敬礼してから、その場を去ろうとした少女だったが、
「待て。話は終わっとらん」
総隊長の声が、ずしりとした重しになって押さえつける。
立ち止まったニースは、姿勢を正しつつも、唇をきゅっと噛んでいた。
「はずされる、とでも思ったか?」
「……うん」
「貴様の腕は知っている。挽回の機会と思え」
にこりともせずに、無感動な顔で総隊長は言った。
「もうひとつの知らせだ。本作戦において、充分な戦果を挙げた場合、銃士への正式登用を再度考慮してやる。連装銃の使用を今回に限り、許可する。励め。以上」
少女の表情が、一瞬ぱあっと明るくなり、すぐに引き締める。
凛とした顔であらためて敬礼すると、足取りも軽く駆けて行った。
――少女銃士の背を、眉をひそめてクーンが見つめている。
横に立っている総隊長をじろとにらんでから、彼女は言った。
「あの子、絶対に突っ走りますよ。金貨一枚賭けたって良い」
「ふん。賭けにならんな」
総隊長が鼻で笑うのを聞いて、クーンはまなじりをつりあげた。
「使いつぶすおつもりですか」
「ここで芽が出ないなら、その方が幸せだろうよ」
冷然と言い放って、総隊長はのっしのっしと戻っていく。
見送りつつ、がっくりと肩を落として、先輩銃士は言った。
「無茶しなきゃいいんだけど……そこのお嬢様もだよ?」
物陰の方へ顔を向けると、しずしずと黒髪の少女が歩み出てきた。
もともと白い肌だが、いつになく白い顔をしているように見える。
「・・・・・・気づいておったかや」
「まったく、ニースの部屋を追い出されて、あたしの部屋に転がり込んだり。と思えば、あいつの後をちょこちょこ追いかけたり。絶対に気づかれているからね?」
腰に手をあて、ずんと胸を張ってクーンは言った。
「ちゃんと話し合えばいいのに、何をやってんだか。まったくもう」
「ことづてを、頼めぬだろうか」
黒髪の少女は、懐から一枚の紙を取りだした。
丁寧に折り畳み、麻糸でくくってある。
「あれの助けになる。渡してやってくれ」
「自分で渡したら、どうだい?」
ふるふるとかぶりを振って、少女は答えた。
「あれの誓いを無下にすることになる。頼む」
頼む、と言っておきながら、黒い瞳できらめきが躍っている。
お返しをたくらむ、鴉の目であった。




