第22話 「ひとつ、聞いていい?」
しばらくして、沈黙を破ったのは、ニースの方だった。
「あのさ。僚友ができて、ちょっと嬉しかったんだ。わたし」
そう言うと、少女は懐を探り、単装銃を手元に取りだした。
「孤児院を出なきゃいけないのに、行き場所が無くてさ。色んなところで断られて、わたしの人生、落ちっぱなし。銃士隊は、なんとか見つけた居場所なんだ」
訥々と話す声は、普段よりいとけない響きがあった。
「はじめは嬉しかったよ。街の人から敬遠されても、立派な役目だもん。せいいっぱい、頑張ろうとした。銃の腕前には恵まれていた。捕縛術もがんばって訓練した。でもね」
そこまで言って、少女銃士は空を仰いだ。すんと鼻を鳴らして、言う。
「この前の踏み込み捜査の時みたいに、わたし、肝心なところで変にこだわるんだよね。そのくせ、思い切るとやりすぎちゃう。先輩たちはかわいがってくれるけど、組みたがる人はいなかったんだ。お前となんて、面倒しか起きねえだろ、って」
少女は、膝に置いた銃を撫でた。
無骨で無慈悲な合理の産物。
「先輩は割り切れ、って言うんだけど。どうしても覚悟がつかない時がある。だから見習い銃士のままなんだ。半人前の、できそこない。わたしの人生は落ちっぱなし。でも」
そこで、ニースはスピネに顔を向けた。
茶色の瞳が、わずかな琥珀にきらめく。まなじりがほんの少し潤んでいた。
「僚友ができた。一緒に行動できる仲間ができた。それが、嬉しかった。そりゃさ、あんたって人のことをさんざんに言うし、振り回すし、ばかにするけど。それが本当に楽しくて……けれど、きっと迷惑かけてるよね」
少女は、ふっと目を細めて、笑った。
瞳から雫があふれそうになり、あわてて指で拭う。
「恰好わるいよね、わたし。なんで身の上話なんてしてるんだろ」
そう話す少女に、魔女がぽつりと言葉を返した。
「われが、使い魔たるそなたに、無理に話させている――とは思わぬのか」
「だったとしても、いいよ」
すぐに、少女は言葉を返した。
「あんたなら、話せると思った。話させているとしても、話したいと思ったとしても。どっちでも構わない。ずっと、話せなかったから。聞いてほしくても、聞いてもらえる相手がいなかったから……ごめん。ずっと自分のことばかり言ってる」
たはは、と少女が苦笑してみせた。
金の髪が、かすかに揺れる。
西の日を受けて、赤みが目立って見えた。
それきり、また沈黙が訪れる。
しばらくあって、今度はスピネが口を開いた。
「話してくれて、良かった」
魔女はそう切り出すと、静かに言葉を紡いだ。
「さきほどのそなたの、顔と、声と、言葉。それが、われの答えになるであろう」
少女が目をぱちぱちさせていると、魔女もまた空を仰いで言った。
「あの時。瀕死のそなたを見つけて……迂闊にも、思い描いてしまった」
ふう、と息をつき、どこかやるかたない声で、彼女は言った。
「その瞳が何を見つめるのか。その唇がどんな言葉を聞かせるのか。その顔はどのように笑うか、怒るか、悲しむか。そんなことを、考えた――覚えておるかや?」
魔女はニースに顔を向け、眉じりを下げて、こぼすように続けた。
「思い描けぬ魔法は、決して使えぬ。だから、もし、思い描いてしまったら」
その先の言葉を切ると、魔女は黙りこくってしまった。
ふわりと、風が吹きつけ、黒の髪と金の髪をそれぞれ乱していく。
ややあって、金髪の少女が、黒髪の少女に問いかけた。
「ひとつ、聞いていい? 使い魔契約のこと」
「うん?」
「あるじは使い魔の身体を自分のように認識できる、だったよね」
少女の問いに、魔女がうなずく。
ニースはごくりと唾を呑んでから、質問を重ねた。
「じゃあ、もし。わたしがへまを踏んだら、もしかして……」
そう口にした少女の唇に、白いひとさし指がすっと当てられる。
魔女がじいっと見つめながら、かすかにかぶりを振ってみせた。
明かされた『答え』に、少女は目を丸くし、ぶるっと身体をふるわせた。
西の空に日が傾く。
赤みがかりつつある太陽が、二人の影を伸ばしていく。
黙りこくったままの少女たちだが、夕焼けの兆しが空を染め始めて、ようやく。
「スピネ。ごめん」
ニースが、口を開いた。
「わたしたちの僚友、解消しよう」
それを聞いた魔女が目をみはる。
だが、少女はかぶりを振りながら、言った。
「このままじゃ、きっと、また。わたしは下手を打って落ちる羽目になる。一人で穴に落ちるのは、かまわない。自分のせいだ。でも、誰かを巻き込んじゃダメだ」
「……そなたは、われの使い魔……」
「それは、もう、仕方ない。そうしてもらえないと、助からなかった。けれど」
膝に置いた銃をきゅっと握って、少女は涙まじりに言った。
「銃士として至らないばかりに、あんたにまで迷惑をかけられないもん」
「……勝手なことを言うではないか」
「分かってる。これがわたし。でも、だから」
少女は、きりと顔をあげた。胸に、こぶしを置いて、誓うように言う。
「この事件に決着がつくまでに、銃士として恥ずかしくないようになる。きちんとあんたに、自分から僚友になってほしいと言えるように。誰かに組ませてもらった、そんなお膳立てじゃない。わたし自身の意思で、あんたを選べるようになりたい」
きり、とした視線が、まっすぐにスピネへと向けられる。
魔女は、何か言いたげに口を開き――だが。
何も言葉を発さずに、こくりとうなずいた。
「こんなしもべで、ごめんね。スピネ」
ニースが、うなだれて言う。
そんな少女に、魔女は手を伸ばし――髪に触れる寸前で、ひっこめた。
夕焼け空のもと、二人は連れだって帰路に就いた。
一歩先んじてニースが歩き、その背をスピネが追っている。
魔女は、たびたび口元を震わせたが、結局、一言も口にださなかった。
ただ、そっと手を伸ばすと、少女の服の袖を指で頼りなくつまむ。
少女の方も、つままれた袖から手を振り払おうとはしなかった。
さりとて、つまんでいる手を握ろうとは、決してしない。
夕日が一人と一人を照らし、長い長い影をふたつ、路上に投げかけていた。




