↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/38

第18話 「猟犬に猟犬以上の何か」

 ――狙いすました銃撃が、あやまたずに異形の頭部を貫く。


 雷鳴のごとき轟音と共に放ったのは、銃士隊の制式装備より、なお長大で重い弾頭。それが、異形の頭部をうがち、ひしゃげさせ、速やかな絶命に至らしめた。


「やれやれ。お姉さん、特別手当ものだよねえ」

 クーンは、ぼやいた。

 物干し竿のように長い銃を、屋根に空いた穴へ向けて構えながら。


 穴を通して、眼下には、後輩たちの姿が見える。

 赤みがかった金髪の少女と、ぬばたまの黒髪の少女。

 二人の髪が、くたびれた様子なのを見て取って、彼女はひとりごちた。


「なにを青っちいことを言ってるんだか。あぁ、若い若い」

「――おい! 始末はついたか?」

 屋根の下から、仲間の銃士が声をかけてくる。


 クーンは、頭上にぐっと拳を突き出してから、ぐるりと回した。

 次いで、ぱぱっと手信号をいくつか作ってみせる。


「――了解した、そっちは任せる。分隊、中へ踏み込め!」

 仲間の声が応じ、複数のブーツの音が走り去っていく。それを聞きつつ、

「さて。教導も仕事のうち、っと」


 彼女は、背嚢はいのうからロープを穴の中へと垂らし、するりと伝い降りた――



 屋根の上から姿を現した先輩銃士の姿を見て、ニースはきゅっと唇をかんだ。


 異形は、もう動かない。

 ひしゃげた頭の部位からは、どくどくと血があふれている。

 床に降り立ったクーンは、ゆっくりとニースへ歩み寄るや。


 ぱん。


 並の男よりも厚い腕がぶんと振られ、平手が少女の頬を張った。たちまち、ニースが床に倒れ伏す。とっさに駆け寄ろうとしたスピネを、じろと視線で制しつつ、先輩銃士は言った。


「立ちな。立てるはずさ。銃士なら、立てるだろう?」

 クーンの言葉に、小さくうめきながらも、少女は立ち上がった。軽く頭を振りつつも、背をしゃんと伸ばし、きりと顔を向ける。


 音の大きさの割に、打たれた頬はわずかに赤くなっているだけだ。


「理由、分かるよね?」

 先輩の問いに、後輩はぐっと唾を呑みこんでから、答えた。

「撃つ覚悟が、なかった、から」

「分かってるじゃん。なら撃ちなよ。それが銃士だ」


 深くた息をつきながら、クーンは言葉を続けた。

「撃つのをためらうなんて、銃士失格だぞ。僚友のために撃つのなら、なおさら。僚友は甘える相手じゃない、背中を預ける仲だろうが」


 黒髪の少女をちらと見やってから、先輩銃士は渋い顔をした。

「僚友のこと、変な勘違いしてない?」

「勘違いって……そんなこと」


 思わず声をあげるニースを意に介せず、クーンは声を低めて言った。

「仲良くするなと、は言わないさ。喜ばしいことだよ。でもね」

 片眉をつりあげ、後輩の顔をねめつける。

 その眼光はするどく、視線に触れると指を切りそうにさえ思えた。


「銃士の本分を、忘れちゃいけない。心得第二条、知ってるよね」

「――守るべき命を守るべし。護るべき者であれば」

 顔をうつむけつつ、ニースは心得を口にした。


 とはいえ、少女はしばしまごついてから、続く言葉をしぼり出した。

「スピネなら。わたしの僚友なら、分かってくれると思ったから」

「甘えなんだよ。そもそも、お嬢様とは『便宜的に』僚友になった。違うか?」

「それは……でも」


「でも? いいようにくすぐられて、撫でられて、舞い上がっちまったか」


 ふんと鼻で笑いつつ、クーンが指摘してみせると、ニースは顔を真っ赤にした。打たれた頬が目立たなくなるほどに、赤面してしまっている。


「……きみが、お嬢様になつくのはいい。飼い犬の生き方を別に否定しないよ」

 苦笑をかみ砕いた声でクーンが言う。


「だけど、お嬢様がきみを好いてるのか。それは確かなのかい?」

「――え」

「本当に信頼があるなら、背中を預けてもいいさ。でもさ、まず銃士ならば」

 先輩銃士は、一呼吸おいてから、言った。


「自分の引き金は、誰かにゆだねちゃだめだ。誰かのための引き金は、別だけどね」


 そこまで言うと、先輩は後輩の胸を、こんと拳で軽くこづいた。

「さあて、あのデカブツを検分しておいで。どうせきみの報告書もいるんだ」

 少女は、こくりとうなずくと、ほんのわずかに肩を震わせた。



「あーあ、しょげてやがるなあ」

 のろのろと異形の死骸を調べているニースを眺めつつ、クーンが言った。

 スピネが、じとりとした目を向ける。


「そなたのせいであろう。あやつがあほうなのは、確かであるがの」

「そのあほうとやらに、たいそうお腹立ちの方もいるようだけど?」

「な――ッ」


 たちまちにスピネがまなじりをつりあげた。頬にわずかな朱が差す。

「そなた、聞いておったのかや!?」

「全部は聞こえなかった。まあ、青くさい修羅場をやってたのは知ってる」


 クーンはにやりと笑ってみせた。

「きみの言葉の方が、あたしの平手より効いてると思うよ」

「そなた、どこまで盗み聞いておった」

「やだねえ、皆まで言わせる気かい。『そんなおねだり』だっけ。ははっ」


「ふざけるでないわ」

「おや、ふざけているのはどっちかしらね」

 じろ、と魔女をにらみつつ、クーンは言った。


「きみにとって、あの子は使い魔なのかな。やっぱり」

「なにをいまさら。われはあるじ、あやつはしもべ」

「なら、きちんとそう扱ってやれよ」

 先輩銃士の鋭い眼光に、魔女がぐっと言葉に詰まる。


 クーンは、続けて言った。ふがいない弟子を指導する師のような響きがある。

「あるじのつとめだろ。愛でて、優しく転がして、言うことを聞かせる。猟犬に猟犬以上の何かを求めるのは、分を超えた要求だ。ちがうかい?」


 かすかに笑みがまじる声に――

 魔女の頭のカラス羽根が、ばさりと羽ばたいた。

「あざけるな! われにとって、あれは……」

「使い魔は、そう使うもんだろ。それとも、違うのか?」


 どこまでも落ち着き払った指摘に、鴉羽根がしおれるように閉じる。

 ややあって、疑わしげな目つきをしながら、スピネは訊ねた。


「……そなた。妙に詳しいではないか」

「年の功でね。それなりには」

 さらりとそう答えて、クーンが再びニースの方をみやると。


 くっしゅん。

 存外に可愛らしいくしゃみの声が、部屋に響いた。


「ああ、やっぱりか。あいつ、へこむと決まって風邪ひくんだよな」

 先輩銃士は、魔女の肩にぽんと手を置いた。


「というわけで、あいつの面倒はまかせた。僚友の義理か、あるじの慈悲か。そのどちらなのかは分からないし、ここで確かめるつもりはないけども」

 ばちーんとウィンクしつつ、朗らかな声で彼女は言いきった。


「あの子の看病ということなら、あなたの役目ですよ。お嬢さま」



 はたして、銃士隊の『押し込み』が片付いた、その翌日。

 ニースは、熱を出して寝込んでしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。