第18話 「猟犬に猟犬以上の何か」
――狙いすました銃撃が、あやまたずに異形の頭部を貫く。
雷鳴のごとき轟音と共に放ったのは、銃士隊の制式装備より、なお長大で重い弾頭。それが、異形の頭部をうがち、ひしゃげさせ、速やかな絶命に至らしめた。
「やれやれ。お姉さん、特別手当ものだよねえ」
クーンは、ぼやいた。
物干し竿のように長い銃を、屋根に空いた穴へ向けて構えながら。
穴を通して、眼下には、後輩たちの姿が見える。
赤みがかった金髪の少女と、ぬばたまの黒髪の少女。
二人の髪が、くたびれた様子なのを見て取って、彼女はひとりごちた。
「なにを青っちいことを言ってるんだか。あぁ、若い若い」
「――おい! 始末はついたか?」
屋根の下から、仲間の銃士が声をかけてくる。
クーンは、頭上にぐっと拳を突き出してから、ぐるりと回した。
次いで、ぱぱっと手信号をいくつか作ってみせる。
「――了解した、そっちは任せる。分隊、中へ踏み込め!」
仲間の声が応じ、複数のブーツの音が走り去っていく。それを聞きつつ、
「さて。教導も仕事のうち、っと」
彼女は、背嚢からロープを穴の中へと垂らし、するりと伝い降りた――
屋根の上から姿を現した先輩銃士の姿を見て、ニースはきゅっと唇をかんだ。
異形は、もう動かない。
ひしゃげた頭の部位からは、どくどくと血があふれている。
床に降り立ったクーンは、ゆっくりとニースへ歩み寄るや。
ぱん。
並の男よりも厚い腕がぶんと振られ、平手が少女の頬を張った。たちまち、ニースが床に倒れ伏す。とっさに駆け寄ろうとしたスピネを、じろと視線で制しつつ、先輩銃士は言った。
「立ちな。立てるはずさ。銃士なら、立てるだろう?」
クーンの言葉に、小さくうめきながらも、少女は立ち上がった。軽く頭を振りつつも、背をしゃんと伸ばし、きりと顔を向ける。
音の大きさの割に、打たれた頬はわずかに赤くなっているだけだ。
「理由、分かるよね?」
先輩の問いに、後輩はぐっと唾を呑みこんでから、答えた。
「撃つ覚悟が、なかった、から」
「分かってるじゃん。なら撃ちなよ。それが銃士だ」
深くた息をつきながら、クーンは言葉を続けた。
「撃つのをためらうなんて、銃士失格だぞ。僚友のために撃つのなら、なおさら。僚友は甘える相手じゃない、背中を預ける仲だろうが」
黒髪の少女をちらと見やってから、先輩銃士は渋い顔をした。
「僚友のこと、変な勘違いしてない?」
「勘違いって……そんなこと」
思わず声をあげるニースを意に介せず、クーンは声を低めて言った。
「仲良くするなと、は言わないさ。喜ばしいことだよ。でもね」
片眉をつりあげ、後輩の顔をねめつける。
その眼光はするどく、視線に触れると指を切りそうにさえ思えた。
「銃士の本分を、忘れちゃいけない。心得第二条、知ってるよね」
「――守るべき命を守るべし。護るべき者であれば」
顔をうつむけつつ、ニースは心得を口にした。
とはいえ、少女はしばしまごついてから、続く言葉をしぼり出した。
「スピネなら。わたしの僚友なら、分かってくれると思ったから」
「甘えなんだよ。そもそも、お嬢様とは『便宜的に』僚友になった。違うか?」
「それは……でも」
「でも? いいようにくすぐられて、撫でられて、舞い上がっちまったか」
ふんと鼻で笑いつつ、クーンが指摘してみせると、ニースは顔を真っ赤にした。打たれた頬が目立たなくなるほどに、赤面してしまっている。
「……きみが、お嬢様になつくのはいい。飼い犬の生き方を別に否定しないよ」
苦笑をかみ砕いた声でクーンが言う。
「だけど、お嬢様がきみを好いてるのか。それは確かなのかい?」
「――え」
「本当に信頼があるなら、背中を預けてもいいさ。でもさ、まず銃士ならば」
先輩銃士は、一呼吸おいてから、言った。
「自分の引き金は、誰かにゆだねちゃだめだ。誰かのための引き金は、別だけどね」
そこまで言うと、先輩は後輩の胸を、こんと拳で軽くこづいた。
「さあて、あのデカブツを検分しておいで。どうせきみの報告書もいるんだ」
少女は、こくりとうなずくと、ほんのわずかに肩を震わせた。
「あーあ、しょげてやがるなあ」
のろのろと異形の死骸を調べているニースを眺めつつ、クーンが言った。
スピネが、じとりとした目を向ける。
「そなたのせいであろう。あやつがあほうなのは、確かであるがの」
「そのあほうとやらに、たいそうお腹立ちの方もいるようだけど?」
「な――ッ」
たちまちにスピネがまなじりをつりあげた。頬にわずかな朱が差す。
「そなた、聞いておったのかや!?」
「全部は聞こえなかった。まあ、青くさい修羅場をやってたのは知ってる」
クーンはにやりと笑ってみせた。
「きみの言葉の方が、あたしの平手より効いてると思うよ」
「そなた、どこまで盗み聞いておった」
「やだねえ、皆まで言わせる気かい。『そんなおねだり』だっけ。ははっ」
「ふざけるでないわ」
「おや、ふざけているのはどっちかしらね」
じろ、と魔女をにらみつつ、クーンは言った。
「きみにとって、あの子は使い魔なのかな。やっぱり」
「なにをいまさら。われはあるじ、あやつはしもべ」
「なら、きちんとそう扱ってやれよ」
先輩銃士の鋭い眼光に、魔女がぐっと言葉に詰まる。
クーンは、続けて言った。ふがいない弟子を指導する師のような響きがある。
「あるじのつとめだろ。愛でて、優しく転がして、言うことを聞かせる。猟犬に猟犬以上の何かを求めるのは、分を超えた要求だ。ちがうかい?」
かすかに笑みがまじる声に――
魔女の頭の鴉羽根が、ばさりと羽ばたいた。
「あざけるな! われにとって、あれは……」
「使い魔は、そう使うもんだろ。それとも、違うのか?」
どこまでも落ち着き払った指摘に、鴉羽根がしおれるように閉じる。
ややあって、疑わしげな目つきをしながら、スピネは訊ねた。
「……そなた。妙に詳しいではないか」
「年の功でね。それなりには」
さらりとそう答えて、クーンが再びニースの方をみやると。
くっしゅん。
存外に可愛らしいくしゃみの声が、部屋に響いた。
「ああ、やっぱりか。あいつ、へこむと決まって風邪ひくんだよな」
先輩銃士は、魔女の肩にぽんと手を置いた。
「というわけで、あいつの面倒はまかせた。僚友の義理か、あるじの慈悲か。そのどちらなのかは分からないし、ここで確かめるつもりはないけども」
ばちーんとウィンクしつつ、朗らかな声で彼女は言いきった。
「あの子の看病ということなら、あなたの役目ですよ。お嬢さま」
はたして、銃士隊の『押し込み』が片付いた、その翌日。
ニースは、熱を出して寝込んでしまった。




