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第13話 「乙女の命を二回も」

 銀のかがやきが、ちらちらと視界に入ってくる。

 しなやかな指が、髪をさらりと梳いてくる。

 それがなんともこそばゆい。


 そして、ちょきんという音。

 金の髪の房が、またひとつはらりと落ちる。


「あああ……」

 ニースは、あわれな声を漏らした。

 すると、耳をくすぐるかのように、陶磁の鈴の声がささやく。


「頭を動かすでない。上手く切れぬ」

 スピネの言葉につづいて、またハサミの音がした。

 椅子に縛り付けられ、身動きできないニースには、抵抗のすべがない。


 銃士隊の寮の一画。洗い場を借りて、ニースへの執行は行われていた。

 本来は、汗や汚れにまみれた銃士たちが、ざぶんと水をひっかぶる場所である。

 明かり取りの窓は小さく、実用一辺倒の壁が拷問部屋を連想させなくもない。


(二人がかりでお叱りを受けるのは、想定外だったぁ)

 街角で因縁をつけてきた貴族をボコボコにした結果、案の定、ニースは呼び出しを受けた。執務机に鎮座して険しい顔の総隊長。表情だけは苦笑しているクーン先輩。二人とも、目はまったく笑っていない。そして、異口同音に口にした。

『銃士隊心得の第四条を言ってみろ』


「強者に膝を折るべからず。しかして、無用にいさかうべからず……はあぁ」

 嘆息まじりにニースはそらんじてみせた。

 スピネが、ハサミの手を止めて、一言。

「あれを強者と呼べば、雪鼠ユキネズミを獅子と呼ぶのと変わらぬ」

「お貴族様っていうのが、問題なのよ。分かる?」


 銃士の言葉に、魔女はわずらわしげに答えた。

「知っておる。宗流パトロネ別流クリエンテであろう。忘れたか、われは辺境伯の娘ぞ?」


 そうだった、とニースは再確認する。金髪にハサミを嬉々と入れている彼女は、北の名家の姫だ。貴族社会の家関係に、まったく無知のはずがない。


 公国の貴族は、「貴族派」とくくられながら、その実、多数のグループに分かれている。血縁や地縁で結ばれた、分かりやすく言えば、親分子分の関係だ。親分の家を「宗流」、子分の家を「別流」と呼ぶ。保護する保護されるの関係は、どう繋がっているか複雑怪奇だが、明確なことはひとつ。


「子分をつつけば、親分が出てくるんだよねえ」

「そうだの。縁のある家の困りごとには、駆けつけたことがある」

「もしかして、村を燃やした刺青いれずみ男の件も、そのたぐい?」

 スピネは、小さくうなずき、またちょきんとハサミを入れた。


 伐られた金髪の房を目で追いつつ、ニースはほぞをかんだ。売られた喧嘩を買っただけだし、あの男は疑わしいどころではない。実際、いったんは銃士隊の留置牢に放り込んでやったのだ。


 だが、一夜明けると、立派な馬車が銃士隊本部へ乗り付けて、曰く。

『不当な逮捕を受けた者を釈放せよ』

 はたして。迅速かつ粛々と男は釈放され、くだんの馬車で運ばれていった。


 そして、銃士隊側への要求である。これまた、曰く。

『誉れある貴族に害をなした銃士に、しかるべき処罰を』


 それを受けての総隊長の言葉は、実に簡潔だった。

丸坊主ばっさりやれだな』


「……分かってるのよ? すごく温情ってのは。でもさぁ」

 たまらず、ニースの目が潤んだ。

「乙女の髪をさ、丸坊主はないよ?」

「だから動くでない。うっかり傷をつけたら面倒ゆえ」

「だいたい、なんであんたが髪切り担当なのよ! あれ全部スピネがやったことだよね? 丸坊主にされるべき人、間違えてない?」


 わめきだしたニースの肩に、魔女はぽんと手を置いて、言った。

「罪を背負い、代わりに罰を受ける。愛いやつ」


 澄ました声に、銃士はうめき声をあげた。

「ううう。やっぱり、あんたとは僚友になるんじゃなかった」

「つれないことを言うでない。悲しくなる」

「悲しいのはこっちだ! 悔しさなんて、その百倍だよッ」


 わめく少女の髪に、遠慮なくハサミを入れつつ、魔女は言った。

「そなた。悔しいのは、何に対してかや」

 ちょきん、ちょきん。軽快な音に合わせて、問いが投げかけられる。

「そなたの誇りが損なわれたこと? 貴族の圧力に抵抗しない銃士隊の判断? そうでなければ、われの手をわずらわせた後悔かや?」


「決まってるでしょ。あの男、何か知ってる。証人で、証拠そのもの。なのに――」

 言葉をさえぎってハサミの音が鳴る。

 ばさりと金の髪を切り落として、スピネは言った。

「それなら、とうに解決しておる」


「は? え、どういうこと」

「あの男、木っ端(こっぱ)ながら貴族のはしくれであろう。宗流パトロネの者が手を出してくるのは、明らか。であれば、昨夜のうちに洗いざらい話してもらった」

「……どうやって?」

「……くくくっ」

 返事の代わりに不穏な笑い声が返ってくる。ニースは、深く考えないことにした。


「あの男はな。金にきゅうした貴族に、血を売らせておった。いわば、売血の斡旋人か」

「売血……?」

「ある薬種屋やくしゅやで、貴族たちに血を抜かせていた。血を売った者に金を渡しつつ、紹介料として懐に一部をしまい込んでいたそうな。あの刺青は、そのつてだとも」


「……どう考えても、その薬種屋が怪しい!」

 縛られたまま、ニースは地団太を踏んだ。

「ガサ入れ! 早くガサ入れしないと!」

 そんな銃士の声に、魔女は肩をすくめてみせた。

「あせるでない。いまやっているこれも、そのための準備ぞ?」

「丸刈りのどこが準備よッ」

「見れば分かる。ほれ、このとおり」


 ニースを椅子に縛り付けていた縄が、しゅるりと解かれる。

 スピネが手にした鏡が、横からすっと突き出された。

 映しだされた自分の顔を目にして、少女はぽかんと口を開けた。

「あれ……どういうこと?」


 丸坊主になど、なっていなかった。

 適当に自分で切った、乱雑なざんぎりでもない。

 肩で端正に切り揃えられ、流れるようにさらさらとしている。

 赤みがかった金髪も、しっかりとつやが出ていた。


棟梁とうりょうどのは、執行をわれに頼んだ。われは請け負ったが、『丸坊主をまかせろ』とは言っておらぬ。ゆえに、好きなように整えさせてもらった」

「ずいぶん派手に切ってくれてた気がするけど」

「魔法で髪を入れ替えておった。通算で二回、無様ぶざまな頭にしたが、まあ許すがよい」

「こわッ。魔法、こわッ。乙女の命を二回もやりやがったわ」


 言いつつも、ニースは鏡を受け取った。しげしげと眺めてから、左右にすっすっと頭を振ってみせる。そのたびに、髪がさらりはらりと揺れるのだ。

「……ふひ」

「気に入ったようで、われも嬉しいぞ」

「こほん。で? これから、どうするのさ」

 じとりとニースがにらみつける。


 スピネは、黙って手をかかげ、なにやら手招いた。部屋の隅の籠が、すうっと床の上を滑ってくる。中身を取り出しつつ、軽くはずんだ声で魔女が言った。


「次は、衣替えぞ。しゃんと着てもらうゆえ、心してかかれ」

「待って。その服、どう見ても、その――」

 はわわわ、と、ニースの口が震える。

 フリルとレースで飾られた、淡い色のブラウス。

 優美なシルエットの、長いスカート。

 憧れがない、と言えばうそになる、しかし。


「いまからそなたには、子爵家令嬢に化けてもらう」

「無理ぃぃぃ」


 叫ぶも、恥じらい、拾うものなし。

 かくして、ニースは仕立てられてしまった。

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