第4話「はじめての訪問者」
牧場に一人と一柱、そして一羽が暮らすようになって三日が経った。
ハルトの毎日は単調だったが、確かな充実があった。
夜明けとともに目覚め、まずはコケ丸に朝の水とエサを与える。
鶏小屋の修繕を少しずつ進め、精霊・シエルの指示で古い倉庫の中から使える農具を洗い出し、少しずつ整備する。
「牧場って、もっとのんびりしてるもんかと思ったけど、けっこう忙しいんだな」
「何言ってんの。まだ鶏一羽しかいないんだよ?」
シエルが肩の上でくすくすと笑う。
「これから牛も羊も来るんでしょ? 柵、広げるつもりなら、今のうちに鍛えておきなよー」
「はは、もう筋肉痛だけどな」
冗談を交わしながら、ハルトは風にそよぐ雑草の海を見渡す。
この世界の自然は、どこか色が濃く、音が柔らかく、心をほぐす何かがある。
──けれど、この静かな朝を破るように。
「おーーーーい!!誰かいないかーーーーッ!!」
森の奥から、けたたましい声が響いてきた。
ハルトは顔を上げた。すぐに、シエルが目を細めて飛び立つ。
「ちょっと待って。誰か来るよ。……しかも、人間」
足音は近づき、やがて背丈の低い若者が、森の小道から飛び出してきた。
金髪のくしゃくしゃ頭に、茶色の革ベスト。汗だくで、肩に荷物を背負っている。
「お、おお……ここか!あった!牧場……!助かったー!」
「……誰?」
ハルトが警戒心を隠さず声をかけると、若者は慌てて頭を下げた。
「す、すみません!俺、ロシュっていいます!村の雑貨屋で使い走りしてて、今日は配達でこっちに……!」
「配達?」
「はいっ!近くの村の広報掲示板に、牧場に新しい管理人が来たって貼り出されてて!もしやと思って、日用品届けに来たんです!」
シエルがハルトの肩に戻り、ひそひそ声で耳打ちする。
「……これって、歓迎されてるってことでいいの?」
「わからん……でも、悪いやつには見えないな」
「いや、ぜんぜん悪いやつじゃないです!あ、これ見てください!」
ロシュは背中の袋をどさっと下ろし、中から包みを広げる。
中にはパンと干し肉、簡易鍋、布巾や小さな魔道具──最低限の生活用品がそろっていた。
「ほんとはもっと高いんですけど、村のばーちゃんたちが“最初は大変だろうから、これ持ってけ”って」
「……そんなにこの牧場って、気にされてたんだ?」
「放棄されてもう五年ですからね。前にいた管理人、魔物の大群にやられて……って噂もあるし……」
「……」
ハルトは無言でコケ丸の姿を見つめる。
この鳥も、その混乱の中で生き延びたのだろう。
ロシュは急にぺこりと頭を下げる。
「あの!その、もし嫌じゃなかったら、たまに村の掲示板に、牧場の様子を伝えてくれませんか? 皆、気にしてて……」
「掲示板?」
「はい。村に伝書フクロウを飛ばせば、簡単な伝言なら届きますよ!郵便みたいなもんです」
「なるほど……それなら、伝えてみようかな」
「ありがとうございますっ!」
ロシュは満面の笑みで頭を下げた。まるで、誰かの役に立てることが純粋に嬉しいといった様子で。
「……シエル」
「ん?」
「やっぱり……俺、この世界に来てよかったのかもしれない」
ハルトの言葉に、シエルは一瞬驚いたような顔をして、それからふわっと笑った。
「そっか。それなら、よかった」
小さな出会い、小さなつながり。
それは、ハルトの心に、あたたかいものを少しずつ積み上げていく。
やがてロシュは、次回の配達の約束をして森の道へと帰っていった。
「村の人たちとも、うまくやってけそうだね」
「……まぁ、まだわかんないけど。とにかく、やることは山積みだ」
ハルトは空を見上げる。青く澄んだ空には、今日も優しい風が吹いていた。




