第3話「小さな一歩、始まりの作業」
朝の光が、壊れかけた屋根の隙間から差し込む。
牧場の空気は澄んでいて、わずかに草の香りと動物の体温が混じった匂いがする。
「よし、今日はまず掃除からだな」
ハルトは腰に手ぬぐいを巻き、袖をまくった。精霊・シエルは肩の上にちょこんと座っている。
「やる気あるのはいいけどさぁ、この鶏小屋……下手すりゃ崩れるよ?」
「まぁ、そうかもしれないけど。動物がいる場所くらい、ちゃんと清潔にしてやりたい」
「……ほんと、昔と変わらないんだね。あんたのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
シエルが頬を膨らませながら、どこか嬉しそうに笑った。
朽ちた木材の山、絡まったツタ、土に埋もれた鉄くず。
ハルトは一つひとつ丁寧に手を動かしていく。手袋もなければ工具もない。
それでも、前世で重たい動物を何頭も抱えてきた身体は健在だ。
「ふーっ……。これ、何日かかるかな……」
「早く片づけたいなら、これ使えば?」
シエルが取り出したのは、小さな魔道具──手のひらサイズの水晶玉。
「『スイーパー・スフィア』。ゴミに反応して吸い取ってくれるよ。ただし、魔力が足りないと動かないけどね」
「試してみるよ」
ハルトが両手で水晶を包み、集中する。すると、スフィアがほのかに光を帯びた。
「お、反応した!やるじゃん!」
「これは……意外と便利だな」
スフィアはころころと転がりながら、落ち葉や埃を吸い込んでいく。あっという間に床が現れ、朽ちた板の隙間が露わになった。
「コケ丸の足元も、これで安全になるな」
「名前呼ぶたびに笑えるんだけど……まぁいいか」
すると、鶏小屋の隅から「コケッ」と鳴き声が。
ハルトが声の方に目をやると、コケ丸が羽を広げ、小さく首をかしげていた。
「……そうだ、水も食事もなんとかしないと」
「井戸が裏にあるよ。でも汲み上げるポンプが壊れてる。代わりに、簡易魔道具の『湧水石』があるよ」
「湧水石?」
「石に魔力を注げば、きれいな水が湧いてくるの。簡易型だから一日にバケツ2杯分くらいだけど、今はそれで十分でしょ」
さっそく湧水石を使い、コケ丸のために水を準備する。錆びたバケツに水を注ぎ、木皿に刻んだ野菜を盛る。
「さあ、食べな」
コケ丸は、遠慮がちに、でも確かな足取りでエサに近づくと、ついばみ始めた。
その姿に、ハルトの口元が自然とほころぶ。
「こういう時間が、俺には一番大事なんだ」
「……ふーん」
シエルが何か言いたげに空を見上げた。
「どうした?」
「……なんでもない。あんた、意外とこっちでやってけそうだなって思っただけ」
「そうか?」
「うん。ま、いろいろあると思うけど、最初の一羽をちゃんと守れるなら、大丈夫」
コケ丸が満足そうにくちばしをぬぐい、ハルトの足元でうずくまる。
小さな命。小さな始まり。
けれど、確かな一歩だった。
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