第3話「貴族からの招待状と、決断の時」
朝の空気が張り詰める中、ハルトは手紙をじっと見つめていた。
“この地を明け渡せ——”という脅し文句は、もはや冗談ではない。だが、怯むことなく、彼はそれを一度握りしめてから、焚き火の中へ投げ入れた。
「俺の答えは決まってる」
燃え上がる紙片を見つめる彼の眼差しは、どこまでも静かで強かった。
その直後だった。
「失礼します、こちらにハルト=ミカヅキ様はいらっしゃいますか?」
門の前に、二頭立ての馬車が停まっていた。乗っていたのは、貴族風の服を纏った若い女性と、整った身なりの執事だった。
「わ、私がハルトですけど……」
「ようやくお会いできました。私はガルドナ領の当主、リューシア=ガルドナの使いで参りました。ぜひ一度、我が領主邸へお越しくださいとのことです」
「……ガルドナ領?」
聞いたことがある。隣接する領地の中でも特に技術と教育に力を入れた自治で知られる場所だ。
「詳しい話は、できれば直接——」
「……わかりました。行きましょう」
ハルトはすぐに決断した。脅迫の件を隠したままでは、この先誰にも助けは求められない。自分の牧場を守るためにも、情報が必要だった。
シエルとキールも同行することとなり、一行は馬車で数時間の旅に出た。
ガルドナ領は、洗練された石造りの街並みと、空に浮かぶ魔道灯が印象的な美しい場所だった。
領主邸に案内されると、そこにはリューシア本人が優雅に待っていた。
「ようこそ、ハルトさん。あなたのことは、以前から少し噂で聞いています。癒しの卵や、心を穏やかにする牛乳……どれも素晴らしい」
「恐縮です……あの、今日はなぜ……?」
リューシアは微笑んだまま、銀のティーポットに手をかけながら答える。
「単刀直入に言います。あなたの牧場に、“危険な勢力”が動いている。わたしもその背後を探っている最中です」
ハルトは思わず息を呑んだ。彼女はすべてを知っているわけではなさそうだが、確実に何か掴んでいる。
「だから、私はあなたに協力を申し出たいのです。あなたの牧場を“保護下”に置く代わりに、情報を共有してほしい」
「保護下……?」
「形式的には、わたしの庇護を受けるという形になります。実際の運営はこれまで通り、あなたに任せます。ただし——」
リューシアの目が鋭くなった。
「敵が本格的に動き出せば、単独では守りきれません。選択の時ですよ、ハルトさん」
その言葉に、ハルトは黙って目を閉じた。
自分一人の力では限界があることは、すでに痛感している。
だが、外部の庇護を受けるということは、自由を一部手放すということでもある。
「……少し、考えさせてください」
リューシアはうなずいた。
「もちろんです。答えは急ぎません。ですが、敵は待ってはくれませんよ」
その夜、客間のベランダで夜風を浴びながら、ハルトは空を見上げていた。
「どうすれば……守れるんだろうな、全部」
その肩に、シエルがそっと降り立った。
「簡単じゃないよ。でもね、あんたならできる。だって、あの日“逃げなかった”でしょ?」
ハルトは小さく笑った。
「ありがとう、シエル」
風に乗って、遠くから不穏な魔力の気配がかすかに届いていた。




