第2話「広がる噂と、忍び寄る影」
牧場を襲った“影の猟犬”の一件から数日が過ぎた。
牧場は一見、穏やかな日常を取り戻していた。しかし、ハルトの胸の奥では、不穏な気配が燻り続けていた。
朝、陽光が差し込む納屋の中。鶏たちが元気に羽を広げ、餌をついばんでいる。
「よしよし、今日も卵、たくさん産んでくれてありがとうな」
ハルトは優しく語りかけながら、籠にひとつひとつ卵を集めていく。その隣では、シエルが小鳥の姿で肩に乗っていた。
「……ハルト、今日はいつもよりお客さんが多くなりそうだよ」
「うん? どうして?」
「街で噂になってる。『命を癒す卵』と『心が穏やかになるミルク』だってさ」
「そんな大げさな……」
ハルトは苦笑いを浮かべたが、心の中で少しだけ誇らしい気持ちが芽生えていた。
その日の昼前、牧場には近くの村人や商人、果ては町の料理人までが訪れ、卵やミルクを求める列ができていた。
「これが“癒しの卵”か……! この味はただの鶏じゃないな」
「ここの牛乳で作ったプリン、子どもが笑って食べたんですよ……! 久しぶりでした」
次々と語られる言葉に、ハルトの胸は熱くなった。自分の作ったもので、誰かが癒されている。
「——ああ、俺は、この場所を守るために、転生したんだ」
その夜。
牧場の裏山で、キールとシエルがひそかに話していた。
「……“奴ら”の動きが止まらない。次は、直接人間を送り込んでくるかも」
「ハルトには、まだ言わない方がいい?」
「彼の“優しさ”は武器でもある。でも、甘さになることもある……」
シエルは眉を寄せながら言った。
「——でも、あの人は変わったよ。あの日、命を懸けて牧場を守った。今はもう、ただの“のんびり屋”じゃない」
キールは黙って頷いた。
その翌朝。
牧場の門に、一通の手紙が貼られていた。
『この地を明け渡せ。さもなくば、さらなる“災い”が降り注ぐ。』
不気味な黒いインクと、歪んだ文字。それは、穏やかな朝に突きつけられた、あまりにも冷たい宣戦布告だった。
ハルトはその手紙を見つめながら、ゆっくりと深呼吸をした。
「——やっぱり来たか。でも、もう逃げない。俺はこの場所で、生きていくって決めたから」
空の彼方では、不吉な黒い鳥が羽ばたいていた。




