第2話「魔物騒動と、初めての仲間たち」
日が昇りきったころ、牧場の北の森に面した柵の向こうから、突然けたたましい鳴き声が響いた。
「コォォォォォン……!」
ハルトは反射的に顔を上げた。その声は普通の動物のものではない。
「シエル、今の……!」
「魔物だ。しかも低級種じゃない。……いやな感じの気配だよ」
ハルトは急いで革のジャケットを羽織り、納屋の隅に置いてある古びた魔導具を手に取った。
それはかつて村の傭兵が置いていった「魔力強化杭」。大地に打ち込むと、一定範囲内にいる者の魔力を強化する効果があるという。
「行こう!」
ミントが不安そうに鳴いたが、ハルトは頭を撫でて安心させる。
柵の向こう、森の縁でハルトたちが見たもの──それは黒い煙のような体を持つ魔物だった。狐に似た体形だが、目は真紅に輝き、足音はほとんどしない。
「幻煙狐だ。視覚と聴覚を惑わす魔物。村に近づく前に止めないと」
シエルは即座に警告する。
ハルトは杭を地面に打ち込み、魔力が活性化するのを感じた。身体が軽くなり、視界が冴える。獣医だった記憶を頼りに、動物の行動パターンを読みながら魔物の周囲を囲んでいく。
「こっちだ、こい!」
手にした木の杖で地面を強く打ち、注意を引く。幻煙狐が素早く振り向いた瞬間、シエルがその背後に回りこむ。
「シエル、今だ!」
「了解!」
シエルは風のように駆け、幻煙狐の背にしがみつく。精霊魔法で“幻覚”を打ち消す光の粉を放った。
「キャン……ッ!」
幻煙狐がたじろぐ。一瞬の隙をついて、ハルトは拘束用の魔力網を投げた。
……バシッ!
網が収束し、魔物の動きを止めることに成功した。
「ふぅ……なんとか……っ」
「やるじゃん、ハルト。こんな初期装備で幻煙狐に勝つなんて」
「いや、俺だけじゃ無理だった。ありがとう、シエル」
魔物が消滅し、森の静寂が戻った頃──村の入り口から誰かが駆けてくる足音が聞こえた。
「ハルトーっ!大丈夫かーっ!?」
それは、ユリウスと並んで走ってくる一人の少女だった。オーバーオールに三つ編み、頬に泥がついているが、瞳は真っ直ぐだった。
「誰だ……?」
「おーい! あたしはリアナ! 村の畑を手伝ってるんだ!」
「リアナはこのあたりの自然や動植物に詳しくてね。今回の魔物も、彼女が最初に気配を察知したんだ」
ユリウスの補足にうなずきながら、リアナは幻煙狐がいた場所をじっと見つめる。
「最近、このあたりで動物が急に暴れたり、卵を産まなくなったりしてたの。やっぱり魔物のせいだったんだ……」
「ありがとう、リアナ。君のおかげで村が助かったよ」
ハルトが礼を言うと、彼女は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「……べ、別に。あたしが心配してたのは、動物たちの方だから」
シエルがまたニヤニヤして口元を歪める。
「ふふーん。これはまた面白い子が増えたね」
その日の夜。ハルトの牧場では、収穫したばかりの野菜と卵、ユリウスが用意してくれた保存パンで小さな宴が開かれた。
「このパン、うまいな」
「パンというより魔法の保存食なんだよ。時間が経っても味が落ちないんだ」
「リアナのトマトもうまい」
「へへ……それは、ちゃんと育てたからさ」
牧場に集まった3人と1体──少しずつだが、確かな絆が生まれ始めていた。
ミントも、みんなの会話を聞いているかのように、パタパタと耳を動かしていた。
ハルトは、静かに空を見上げた。
「のんびり暮らすつもりだったのに、賑やかになってきたな……」
「……それって、ちょっと嬉しそうじゃん」
シエルがそっと囁く。ハルトは小さく笑い、牧場の屋根の上に寝転がった。
そして思った。
──動物たちだけじゃない、人とのつながりも、大切にしていきたい。




