第40話 ボス戦オンラインと、白き流星の落とし方
続くボス戦。
地上の戦闘は、こちらが投入した大量のテイム魔物のおかげで、戦況はすでに圧倒的優勢へと傾いていた。
今は武田がテイム魔物たちにあれこれ指示を出し、半ば遊びのように戦場を弄んでいるところだ。
「よし。次は風の陣だ」
指揮の号令と同時に、テイム魔物の軍勢が一斉に動きを変える。
これは、味方魔物に直接、命令のイメージを送り込む──武田アバターのスキル『指揮』が発動している証拠だ。
岩ゴーレムは、巨大な両腕を交互に薙ぎ払う攻撃へとシフトし、リザードドラゴンは、質量任せの尾を大きく左右に振りかぶる。
攻撃のたびに、馬鹿げた衝撃をもろに受けた量産型クレイマン佐々木が高く宙を舞い、次の瞬間には黒い流砂となって消滅していく。
木製人馬兵部隊は、陣形を組み直して突撃を繰り返す。
ウッドガーゴイル部隊は、目標を定めた瞬間、空中からの急降下突撃を次々と叩き込んでいく。
そして、小恋路本人はと言うと、小恋路アバターの両胸の膨らみをガッチリホールドした、魔力モバイルバッテリー翔太アバターがONになっている状況を踏まえ、魔法使いたい放題の恩恵をフル活用している。
「小さき雷の精霊よ、契約の印に従え。
数を成して恐怖を刻め。無数の標的の意識を焼き尽くせ。
――落雷連弾!」
ゲームコントローラーから、小恋路アバターの呪文詠唱音声が流れた直後に、雷魔法が炸裂した。
ゲーム画面の向こうでは、次々と天井から雷の細い線が降り注ぐ。
常に五本から七本ほどの雷が落ち、ドン、ドン、ドンという炸裂音が鳴り響く。
その音は、コントローラーのスピーカーと、壁際のダンジョンWi-Fiルーター上のワイドウィンドウの両方から重なって届き、リビングルームの空気を震わせる。
また、身体に直接響く強いコントローラー振動がゲームの臨場感を底上げしていた。
そのゲーム画面に視点を合わせながら、僕は感じたことを口にする。
「うわー、凄い雷の嵐だね。これ初級魔法じゃないでしょ」
すると、向かい合わせに座る小恋路が重心を預け、頭同士がコツンと当たる。
(痛いけど、嬉しい気分。なんでだろ)
そのあとで、僕の問いへの返事が返ってきた。
「うん。当たり。ようやく雷魔法スキルのレベルが上がって、中級魔法が使えるようになったわ。これで、経験値集めが捗るかもね」
「やったじゃん」
「うふふ。でもね、この魔法は本来、もう少し規模も攻撃力も小さい“集団麻痺付与”が主軸の魔法なの。翔太のバフ卵の影響で、一発で敵を刈り取れてるだけなんだよね。そういうわけで、翔太様様ってわけ!」
「じゃあ、経験値集めする時は、バフ卵と翔太アバターとの合体は必須ってことか。だったらさ、他の合体バリエーションも、もっと増やさないとね」
「やめてよね。モバイルバッテリー彼氏は、バッテリー機器らしくおとなしくしてること。あんまりエロいポーズ求めるようなら、馬の背でわたしと二人乗りしてる翔太のアバター、人馬からポイってふるい落としちゃうから」
「アイアイサー」
フェアの口癖がついつい自然に自分の口から洩れてしまった。
こうして人は、いつの間にか口癖まで侵食されていくのだろう、と。
ちょっとした洗脳実験を体験している気分になった。
そこへ水を差すのが、僕の身体の中に居座り続け、今も過重労働に苦しむフェア複製体たちにさまざまな指令を出しているフェア本体だった。
(心外ですぅ。フェアは翔太様の友達眷属ですから、そんなことしませんよ~)
(は~、そうだったらいいな~)
ともあれ、有象無象の量産型クレイマン佐々木たちが、まるでゴミのように処理されていく様子がゲーム画面に映し出される。
砕け、舞い、黒い流砂となって消えるだけの敵。
ここまで来ると、もはや戦場というより掃き掃除だ。
「ねえ、ちい兄、わたしのほうも少しは援護してよ」
翔兄呼びからチート兄をモジった、ちい兄呼びに変わった美穂から援護要請が飛び込んでくる。
「いいけど、ちょっと待って」
ゲームアバター視点からジェミホスに視線を向けると、僕のアバター周りの状況が把握しづらくなる。
そう考えた僕は、ソファから視線を外し、壁際の宙に投影されたワイドウィンドウに目を向けた。
すると、これまでは上空からの神視点だった映像が、空中戦を続ける天人馬ジェミホスの視点へと切り替わる。
「うわ、スゴッ。思ったことをすぐに汲んで画面が切り替わるなんて、近未来ゲームみたい……」
そんな驚きの独り言に、逐一、反応してくれるのが、僕の身体を住居とした引き籠り妖精フェアさんだった。
(えへへ、どうですかぁ? すごいでしょ~。これ、ダンジョンWi-Fiルーターがプレイヤーの思考を感知する仕組みですね~)
ワイドウィンドウの画面へと視線を移すと、そこには、宙を駆ける天人馬ジェミホスとボス敵・白き流星の佐々木の空中攻防戦が、実写映画並みの迫力ある映像として映し出されていた。
宙に浮いてるワイドウインドウ性能をより強化するかたちで、ゲームの中で振動が必要な時に、気持ちいいくらいに画面が小刻みに揺れ動くのも、これまたすごい近未来技術だと思う。
そんなこんなで、互いに天使羽根爆矢をばらまき続ける空中戦は、いまだ衰えていないようだ。
白き流星の佐々木は、羽根矢に被弾すると、一瞬だけホログラムのような透明化が停止する。それでも、ワイドウィンドウ上部に映るボス敵HPは、一割も減っていなかった。
六枚の翼を羽ばたかせ、物凄い速さで宙を飛び回っているうちに、HPはあっさり回復してしまう。
その後は、十秒も経たずに透明化が直り、また隠れられる状況が続いていた。
一方のジェミホスも被弾しているが、大天使の『再生』スキルがあるので、こちらもまだまだ問題はなさそう。
しかし、互いに攻撃の決め手になる技がないせいで、完全に千日手状態だ。
「それじゃあ、ボス敵捕まえるから、あとヨロシクってことでいい?」
「え、ちい兄。できるの?」
「多分できると思うけど、まあ、みてなって。じゃあいくよ、玉ちゃん、召喚!!」
僕はプライベートダンジョン用に生成した『迷宮卵』、玉ちゃん十一号を召喚した。
「翔太ちゃまの眷属卵、玉ちゃん参上でちゅ!!」
地上を駆ける人馬兵の背に跨る僕のアバターの横に召喚したのは、アバターの拳二つ分ほどの大きさの緑色の卵だった。
「えっ、卵がしゃべった」
「美穂ちゃん、俺とおんなじ感想だったな」
というのは、昨日一足先に体験した武田だった。
「そうね。でも驚く要素はまだあるのよ。この卵、百面相のスキルも持ってて、結構、芸達者なのよ。今度お願いしてみたら」
小恋路が武田に向かって玉ちゃん情報を打ち明けた。まあ、今更か。ゲームスキルは自分自身のスキルを元にしてるんだし。
「翔太の卵生成スキルは、もう何でもアリだな」
武田は、またもや呆れ果てた顔をして、投げやりな答えを返す。
「そういうこと!!」
小恋路は、短く同意を示した。
そんな玉ちゃん十一号は、目ん玉一つと口一つのキモカワな見た目で、迷宮術師のマスコットキャラという立ち位置をまだ維持していた。
僕は、迷宮術師の端末機能をも兼ね備える玉ちゃん十一号に、ボス敵の最も厄介な能力を剥ぎ取る命令を下す。
(じゃあ、玉ちゃん、ボス敵の翼、封印しちゃって)
僕の身体に憑依してるフェアさん由来のスキル『念話通信』を使ってみた。
これで、僕が何をしたのか、美穂には見分けがつかないと思う。
これまでは、素早く空中を駆け巡り、地上からは攻撃できなかったボス敵。
だったら、まずは地上に落としてしまえという、極めて単純な戦術を行使すればいいだけのこと。
玉ちゃん十一号からの短い念話が頭の中に流れ込む。
(アイアイサーでちゅ!!)
元々、ゲームの形を取っているが、この洞窟型プライベートダンジョンは『迷宮卵』玉ちゃん三号が『迷宮核』となって、完全支配下にあるダンジョンだ。
迷宮卵同士は思念リンクで結びついているから、玉ちゃん十一号を通じて玉ちゃん三号に命令すれば、しっかり仕事を果たしてくれる。
今回は、敵ボスの翼を使えなくして、あとは、みんなでボコって終了って感じでいこう。
さっそく、翼を封印され、空中移動手段を失った白き流星の佐々木は、空中から地上に真っ逆さま。
続いて、ドッカーンという大きな衝撃音が、スピーカーとコントローラーの振動となってリビングルームを揺さぶる。
「え、何したの?」
「ひ・み・つ。あともう一つだけ、援護しとくよ」
探索者にとっては、『ジョブ』『スキル』『魔法』は生命線なのは当然のこと。
ましてや、サイコ妖精フェアと言う特大難問を抱えていて、それを父さん母さんにもまだ秘密にしてるから、美穂にも言えることと言えないことの区別をしておく必要がある。
僕のアバターの側に卵BOXの黒い穴を出現させ、そこから一つの卵を取り出した。
この卵は、さっきクエスト報酬で貰ったばかりのレアアイテムが内包された卵。
「――卵開放」
そう口にすると、ゲームの中の卵が魔素粒子化し、一本の錫杖のかたちを形作っていく。瞬く間に、宙に浮かんだ錫杖を、僕のアバターがキャッチする。
錫杖の名前は、『昆布の錫杖』――正式名称:大日昆布如来の錫杖というレア武器だ。
錫杖を振るたびに心地よい音色が響き渡る。
シャリン、シャリン、シャリン、シャリン
破邪の音色を重ねるほどに、地面から胞子が芽吹き、ウニュウニュと伸び上がって昆布が生えてくる。
「ねえ、翔太。これ人馬兵たちの機動力も低下するんだけど……」
「ああ、ごめん。この戦場だけどさ。錫杖の特殊攻撃――昆布締め攻撃の対象にしたら、討伐するの簡単かなと思って。初めての戦闘使用だし、少しだけ使い勝手を試させてよ」
小恋路からの苦情が入ったけど、言い訳を並べて続行する。
「いいけど。立ち止まってたら、天井からのツララ攻撃来るから、その対処もヨロシクね」
「了解」
そして、フェア憑依時に使える共有スキル『念話通信』を通じて玉ちゃん十一号に追加オーダーをお願いする。
(天井から鍾乳ツララが落ちないように、ギミック機能停止しといて)
(アイアイサーでちゅ)
ダンジョン内の現状変化は、迷宮術師の得意分野だし、そもそもこのダンジョンは僕の支配下だから、何でもやりたい放題だけど、やり過ぎには注意したほうがいい。
みんなの僕を見る目が変わらないくらいのところで抑えておくのを、理想ラインにしよう。
ここ二日のゲームテストプレイを通して、武田のトラウマは解消したから、次は苦手意識が芽生えないうちに、佐々木対策を完了させられれば、今日のミッションは終了で問題ない。
シャリン、シャリン、シャリン、シャリン
ボス敵の対戦フロアからは昆布があちこちで生え、次々に現れる量産型クレイマン佐々木に昆布締め攻撃が効力を発揮していく。
ボス敵である白き流星の佐々木も、昆布巻きからの昆布締め攻撃の拘束に逆らえなかったようだ。
なにやら「庶民に負けて堪るか」とか「佐々木製薬は永遠に不滅だ」などと訳の分からん文句をがなり立てているようだが、聞くだけ時間の無駄だ。
「これくらいでいいっしょ。新之助、小恋路、美穂、あとは任せた、やっちゃって」
そう言葉を掛けたとき――
白き流星の佐々木の両目が烈しく赤く光った。




