第38話 白き流星の佐々木
ゲームアバターが最強種に生まれ変わった美穂。
そんな僕の妹は、予想の上をいくユニークアバターをプレゼントされて、うれしさを爆発させていた。
あの、顔を背けて不貞腐れていた氷の壁もすっかり溶けて、ニコニコと笑顔を浮かべ、この場の空気に明るい華を添えていた。
リビングルームでは、白いソファに座るプレイヤーたちが、思い思いの寛いだ姿勢でテストプレイに参加している。
それぞれが両手で操作するPDSのゲーム機を起点に、やや前方にアバターを配置した俯瞰視点、マップ、ログ、アイテムの四つのウインドウが宙に投影される。
その光景だけ切り取れば、ソファのあるリビングルームは、まるで別世界だ。
今では、ダンジョンバスターズのゲームで武田と小恋路と美穂の三人がパーティを組むと、声を掛け合いながら、異様なほど盛り上がっていた。
「美穂ちゃん、もうそろそろいいだろ、次さ、俺を乗せてくれ」
武田が美穂に話を持ちかけると、小恋路からの不満の声が持ち上がる。
「えー、まだわたしの番でしょ。このボス敵倒したら変わったげるから、もうちょっと待っててよ」
それを受けて、武田も小恋路に不満をぶつけた。
「いや、それクリアした後だから。その前に変わってくれよ」
「えー、武田君は下から、風林火山のアーツ唱えてよ。わたしがあいつを叩き切るまで、お願い。ちょっとくらいいいでしょ」
「八神、お前さ、もうこのゲームアバターも俺よりレベル高いだろ。最後の一撃くらい、俺にゆずってもいいじゃねえかよ」
「えー、勝負の世界は厳しいのよ。実力で勝ち取るならわかるけど、横から美穂ちゃんに顔面圧力使って、心を揺さぶるのは感心しないわね」
「おい、八神。顔面圧力って、なんだよ」
「言葉の通りよ。洗面所に大きな鏡あるから、一回見てきたら」
「俺の顔、圧力塗れってことか。そんなに怖いか……俺。美穂ちゃんには結構優しく接してるつもりだったのによ。その言い方はないんじゃないか」
この二人の口喧嘩を仲裁したのは、僕の妹、美穂だった。
「武田さんと小恋路姉、喧嘩しないでよ。んーっとね、じゃあ妥協案として、しばらくは五分交代でやってみたらどうかしら」
「よし、俺はそれでいいぜ。八神はどうだ?」
「わかったわ。じゃあ、わたしからね」
「……おい!」
みんながソファのあるリビングルームでゲームのテストプレイを楽しんでいる一方で、僕の視線はテレビ台付近の宙に展開している巨大ウインドウに向いていた。
パーティを組むと、ダンジョンWi‑Fiルーターの置かれているテレビ台の方に、観戦者用の大きなウインドウが追加で浮かび上がっていた。
異世界の魔術技術と現代科学をこんなふうに融合させたギミックを、当たり前の顔で再現してみせたのは、今も僕の身体に憑依しつづけているサイコ妖精フェアさんだ。
異世界文明の技術を、ちょちょいとテストゲーム機連動の周辺機器に内蔵させてしまうその手腕には、ついつい驚かされてしまう。
大型テレビ画面くらいの巨大ウインドウに映るゲーム画面は、個人視点とは違うものだ。
そこには、ダンジョンを見下ろす俯瞰視点が映し出され、三人のアバターの動きが、手に取るようによく分かる。
ただ、その画面には、どうしても理解が追いつかないものも映っていた。
そこへ、僕の心の動きを完全にトレースしているフェアさんから、魔力パスを通じて頭の中に念話が流れ込んできた。
(えへへ。どうですか~? 翔太様。ビックリしてくれて、よかったで~す。じゃあ、引き続きテストプレイ楽しんでくださいです~)
フェアの声に被せるように、頭の中でフェアに向けて同じく念話で話しかけた。
(フェアさん、あれ、やり過ぎじゃね。さすがに僕、ドン引きしてるんだけど……)
(この世界で言うブラックユーモアにしたら、面白いと思ったんですが、駄目だったですか~)
(駄目とかの問題じゃなくて、倫理的な問題なんだけど……っていうか、小恋路も新之助も美穂も、これ普通に受け入れられるんだ……?)
僕は、感情が表に出ないようにあえて心を無にして、この場のみんなに淡々と問いを投げかけた。
「ねえ、つかぬことを伺うけどさ。君たち、一体、何と戦ってるの?」
僕の問いに答えてくれたのは、にんまりと笑みを浮かべた小恋路だった。
「何って翔太、見たら分かるじゃない。この洞窟ダンジョン十階層のボス敵よ」
小恋路の話からバトンを引き継ぎ、次に「畜生、俺の放ったアーツ攻撃と魔法攻撃も、全部躱される。ムカつくぜ」と大きい声で感情を爆発させた武田が、僕の問いに答えた。
「おう、翔太。こいつさ、今までの魔物とは比較にならねえくらい強えんだぜ。でもよ。美穂ちゃんのアバターが参戦してくれたお陰で、こっちにも勝機の光が見えてきたかもな」
次に言葉のバトンが廻ってきた美穂は、僕に感謝の言葉を改めて送ってくれた。
「えへへ、翔兄のお陰で、わたしも大空を駆け巡れるようになったから、今は二人の足になってるの。っていうかこのアバター、マジで最強にカッコいい。本当にありがとね」
チョロイン美穂の感謝を素直に受け取った僕は、心の中で軽口を言う。
(うちの妹、よっぽどアッシーさんになるのが好きみたいだ。もう好きにさせよう)
という内面の声を取り繕いつつ、美穂の喜びそうな言葉を選び、口を開く。
「じゃあ、お兄ちゃんの期待に応えて、そのアバター、早くサーバントカード化できるように頑張ってね」
「うん。わかったよ。頑張るから見てて」
敵ボスからの遠隔攻撃をチョロチョロと躱す美穂アバターの動きに感心していると、横から美穂本人の元気な声が返ってきた。
ともあれ、このダンジョンバスターズというゲーム。
実際のプレイ舞台は、僕のジョブである迷宮術師の派生スキル『迷宮卵』の玉ちゃん三号が迷宮核になった洞窟型プライベートダンジョンだ。
それぞれの現実世界での探索者テストプレイヤーたちが動かすアバターは、プライベートダンジョン専用機という扱いである。
専用機は、現実世界の自分のジョブやスキル、魔法を、すべてLv.1にダウングレードした状態から扱える仕組みだ。
実際、僕のアバタージョブはLv.八で、僕自身のジョブはLv.三十五と、だいぶ開きがある。
このゲーム機で得た経験値は、プレイヤーとアバターで折半。
探索中で取得した仮想通貨DPは現実世界でも買い物の現金決算に利用できる。
探索者でなくても、このプライベートダンジョンで魔物アバターを操作してプレイできる。現実世界ではまだ探索者でもない美穂が、その一例だ。
探索者じゃない一般人がプレイした場合は、魔物アバターが経験値を総どり。
ここでレベルを一定値まで上げた魔物アバターは、サーバントカード化できるようになって、現実世界のダンジョンで召喚して活躍できるというのが、フェアの考えた新たなシステムだ。
そんなチョロイン気味の美穂は、愛しのハーレム思考の優斗兄さんと一緒に探索したいという夢を叶えるために、これからもゲームに邁進していくことだろう。
楽しそうにゲームにのめり込む美穂のアバターだけど、これはほんのつい先ほど大幅リニューアルした大作アバターだ。
初期アバターのユニコーンから三種の種族合成を重ねて誕生した新種族だ。
フェアさんから逐一更新される念話情報によれば、
アークエンジェル(大天使)+ケンタウロス+ペガサス+ユニコーン。
四つの種族名の下だけもらって、
ジェル+ロス+サス+コーン=
――ジェルロス・サスコーン。
という新種族が、プライベートダンジョンに爆誕した。
掛かった費用は、なんと驚愕の三十兆二千五百億DP。
それにともない借金妖精フェアの保証人効果で、歯止めがなくなり、またもや借金二十四兆DPを背負った僕。
史上最強の超高額アバター。その事実を美穂は知らない。
唯々、善意のプレゼントだと思っているようだけど、その事実を伝える気はない。
美穂の笑顔のプライス価格だと思えば、安いものだ。
(ん……全然安くないな。っていうかフェアさん、桁数容赦なさすぎだし、僕からぼったくり過ぎだろ)
明日から、また次なるC級ダンジョンを支配下に収めて、支配下報酬の十兆DPをコツコツ借金返済に充てていくことになるだろう。
ここで、僕の身体に憑依してるフェアからの横やり念話が届く。
(翔太様~、細かいことはフェアに任せてもらえれば大丈夫なので~、そんなことより、今度、天気のいい日にでも、支配下に置いたダンジョンにピクニックでもどうですか~)
サイコ妖精のフェアさんには、小一時間じっくり問い詰めたいことが山のようにある。
だけど、今はみんなの前だし、どうせ、上手くはぐらかされるのは目に見えてるから、適当に流しておく。
(ははは、わかったよ。行くかどうかはさておき、一応予定組んどいて)
(アイアイサー)
チョロイン美穂のことを軽口叩いてもいられないな。
僕も血筋は争えず、フェアにチョロチョロ転がされてる気がしてならないから。
まあ、明日は明日の風が吹くから、いま考えるのはやめよう。
再び、観戦用の巨大ウインドウに目を向けると。
そこには、美穂のアバターが天空を駆ける姿と、天空を優雅に飛び回るボス敵と刃を交わす姿が映っていた。
美穂のアバター、ジェルロス・サスコーンの背後には小恋路本人そっくりのアバターが背に跨っている。
今はペガサスのように二枚の羽根で大空を翔るジェルロス・サスコーンの背に乗る小恋路アバターは、雷属性の魔法を繰り出した。
「集え、雷の精霊。撃ち抜け、雷弾。我が前の敵を滅せよ――雷球砲弾」
魔素が具現化し、見る間にバレーボールくらいの雷球に育つと、猛烈なスピードで敵ボス目掛けて発射し、避ける間も与えずに着弾。
自分たちのゲーム機本体に内蔵された音声マイクからと、ダンジョンWi‑Fiルーター方面からのスピーカー音声から、ダブルで聴こえてくる小恋路アバターの詠唱ボイス。
それを耳にしている小恋路本人は、コントローラーの魔法ボタンを押したら、自分そっくりの声が響き返ってくる罰ゲーム感に、若干、頬を赤らめていた。
敵ボスは一旦はよろめくが、殆どダメージを受けていない。
なのに、ここで、敵ボスはあえてこんな言葉を吐きだした。
『この佐々木製薬の安全作業ヘルメットのお陰で助かったな。どうやら、わたしはまだ、運に愛されているらしい』
この敵ボスの発言、どこかで聞いたことがあるなと思ったら、そうそう、大作アニメのオマージュセリフだ。
相手のボス敵も翼をもつ種族だった。
そのボス敵は、六枚の翼を羽ばたかせる天使のような姿をしていた。
身に纏うコスチュームは、アニメ界では超有名タイトル「宇宙騎士バンダム」に登場する悪役ヒーローの戦闘服を、白基調にアレンジしたオマージュデザインで、だいぶマイルドな仕上がりに落ち着いていた。
ボス敵が被る白いヘルメットと、身に纏う戦闘服には、佐々木製薬のデザインマークが中央にデンと存在感を露わにしている。
ヘルメットの側面には「佐々木製薬大佐」と描かれたブランドロゴがプリントされているのと、同じく戦闘服のマント裏面にも同じロゴがついていた。
ことの経緯を全く知らない美穂は、見たままの感覚で小恋路に問いかけた。
「ねえ、小恋路姉。このボスキャラ、うちの中学で今年退任した前生徒会長の顔と声がクリソツなんだけど、これってさ、そういう仕様なの?」
「細かいこたー、分かんねえけどよ。これ造ったゲーム会社。相当攻めてるぜ」
武田は、新人研修時、自分自身を散々いたぶってくれた相手が、まさかのゲームのボス敵になってる状況に、苦笑を隠しきれない様子だ。
「多分だけど、このゲームソフト、プレイヤーの思考を読み取って、そこそこウザい存在を敵側に配置するとか、そんなイメージじゃないのかな?」
小恋路にはサイコ妖精フェアさんの複製体が憑依しているから、本体から複製体を経由して情報が渡っているはずだ。
とすれば、この発言は二人をそれとなく思考誘導するための一言に違いない。
(と言ってますが、フェアさん。そろそろ僕に種明かしする気になったかな?)
僕の心の中で、そう呼びかけてみると、次の瞬間には、フェアからの念話が流れ込んできた。
(でもでも~、翔太様、もうフェアがやったこと、薄々気づいてますよね~)
まあ、そうだ。
フェアの新人研修時、佐々木とその取り巻き達が起こした襲撃事件をフェアが簡単に鎮圧した後の念話に、「赤き流星の佐々木」とか「白き流星の佐々木」とか、他にも似たような言葉が並んでいた。
答えはそこにあるんじゃないかと睨んでいる。
ただ、正解を本人の口から聞いてみたい。
(翔太様の考えは大体正解ですかね~)
そういう念話の直後、作戦概要の情報データが一気に頭の中へ流れ込んできた。
読み込んでいくと、やっぱり僕の想像の範囲内だ。
悪役子息をそのつど探すのが面倒だからと、僕の卵生成スキル経由で増殖させ、いろんな場面に登場させるために用意された百個の駒。
フェアが僕の卵生成レシピに加えた条件は、ざっとこんなところだ。
・佐々木勝正本人の増殖コピー体を内包。
・孵化した生命体をアバター化。
・孵化した瞬間から翔太様に完全服従、強制契約締結。
・孵化した瞬間からフェアに完全服従、強制契約締結。
・佐々木本体が睡眠時、佐々木アバターが得た経験値一割を本体に継承。
・佐々木本体が睡眠時、アバター記憶の一部を夢という形式で本体に見せる。
・佐々木本体が睡眠時、アバターが覚えたスキル・魔法・アーツも共有。
(で、佐々木コピー体を迷宮核に吸わせて、永久復活するボス敵に仕立てた、と……そういうことだよね)
(はい、そういうことですね。ちなみに、八つあるプライベートダンジョンのボスに、それぞれ八属性の佐々木を採用しました。是非、お楽しみくださいです~)
……百個の駒。完全服従。経験値と記憶の一部継承。
永久労働搾取が約束された八人の迷宮ボス。
まだ、控えの佐々木が九十二人いる。
改めて文字にして並べると、やっぱりフェアはサイコ妖精だ。
(ふふ~ん、効率は正義ですよ~、翔太様!!)
そして、強制的に悪役子息の道を押し付けられた佐々木勝正。奴もまた、フェア被害者の会のメンバーだったというオチには、ため息しかでない。
「おい、翔太。いつまでボーっと大画面見てんだよ。早く参加してくれよ。お前のバフ卵ないと、こいつに勝てる気しねえから。早く来いって」
ため息をついた直後、武田から声が掛かった。
「えっ、でも僕、十階層まで到達してないし」
まだこっちはみんなみたいにガチ勢になってないから。
「じゃあさ、わたしのジェミホスのスキルにパーティメンバーを呼び寄せる転移魔法あるから、一回、ボス部屋から下がって、仕切り直したらどうかな?」
そしたら、美穂がそういう提案をしてきた。
ジェミホスと言うのが、美穂アバターに名付けた名前だと思う。
「そうね。いくらダメージ与えても、直ぐに回復されるから、翔太のバフを貰ってからみんなで一斉に攻撃しましょ。その方が手っ取り早いわ」
小恋路も美穂の方針に賛成の立場をとった。
「じゃあ、ちょっと待っててね。準備するから」
そうみんなに声をかけたところで、ふと気づいた。
(あれ、そういえば、玉ちゃん二号はどこいった?)
朝起きたとき、『迷宮卵』の玉ちゃん二号が二本の舌で器用に漫画を読んでいるところまでは見ていた。
けれど、その後どうしているかまでは気にしていなかったことに、ここでようやく思い至る。
そんな僕の心の中の疑問に、フェアはすぐさま念話で答えを返してくれる。
(玉ちゃん二号なら~、この八神家をダンジョン化結界で包んだあとに、翔太様の部屋で透明化したまま漫画を読み耽ってますね~)
(そう。僕の迷宮スキルも妖精眷属も自由気ままに過ごしてて、それはなにより)
(あ、でもですね~。いまちょっと公園に散歩に行く感覚で、富山ダンジョンに遊びに行きたいって、フェア複製体に話しかけてますけど~。どうしますぅ?)
(ホント、自由すぎるけど、透明化したままなら、いいんじゃない?)
(じゃあ、そう伝えときますね~)
『迷宮卵』の玉ちゃん二号が、『富山ダンジョン』を無双……しそうだけど、まあ、姿を隠してれば、大丈夫のはずだよね?




