第37話 チョロチョロ、チョロイン爆誕
ダンジョングルメオンライン上で美味しく昼食を済ませ、全員分の会計も、一括ニコニコDP払いで終えた。
「ふう、食った食った。翔太悪いな、ゴチになってよ」
武田は、ソファの上でだらしなく満腹感を身体全体で表現しつつ、感謝の気持ちを示した。
「いいよ。ふところ温かいけど使い道ないしね。バブリー翔太はみんなの心が温まれば本望だよ。ほら、みんなも拝んどいて。ご利益あるかもよ」
ちょっと照れくさかったから、いつもの軽口口調で話を流そうとしたら。
「ふふっ、そうね。それじゃあ、神様、仏様、翔太様、ゴチになりました」
「お大臣様、翔兄様、美味しかった、ありがとね」
「翔太、ありがとな。次の降臨も期待してるからな」
小恋路、美穂、優斗兄さん、みんな、ご満悦の表情を浮かべながら、両手を合わせると本当に拝んでくれた。
(……やっぱり恥ずかしいや)
僕はみんなに向けて、軽口でこの場を締めようとした。
「神様仏様は盛りすぎだって……。でもまあ、喜んでくれたならよかったよ。じゃ、ゲーム閉じ──」
ゲームを閉じようとした時、「お客様、ちょいと待っておくんなせえ」と割って入る声が店内カウンターの板前から掛かる。
ずっと僕の相手をしてくれた昆布人板前は、板場のほうに声を掛けると、バックヤードから何やら杖のような物を持ってこさせた。
「今日は珍しい品をお取引いただき、ありがとうごぜえやす。つまらねえ物ですが、よければお持ち帰りくだせえ」
板前が差し出したのは、一本の錫杖だった。
その錫杖は、先端に金属の輪飾りが重なり合うようについていて、その中心には、海の色を閉じ込めたような青い宝珠が一つはめ込まれていた。
ちょうどタイミングを合わせたかのように、僕の正面にクエストを達成した時のウインドウが立ち上がる。そこにはこう書かれていた。
『昆布王国:下町の名店「昆布大将」クエスト①を達成しました』
『ジョブ経験値:10,000取得しました』
『スキルSP:1,000取得しました』
『クエスト報奨品が進呈されました』
合わせてフェアからの念話が届く。
(翔太様たちが昼食中に、フェアが聖命卵百個の納品クエストを終わらせておきました~。これはその報奨品ですね。ついでに鑑定スキルの練習にもどうですか~)
僕は心の中で独り言を呟いていた。
(あ、そういえば……そんなスキルあったな)
迷宮商人の派生で覚えた――『鑑定』スキル。
一昨日の討伐で一気にLv.8まで上がったのに、一度も使っていなかった。
ラノベでは、結構活躍する場面が多いのに、この扱いは不遇すぎる。
せっかくだし、やってみるか。
『鑑定』――
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『昆布の錫杖』――正式名称:大日昆布如来の錫杖。
・解説:昆布寺院に奉納され、長い年月をかけて昆布王国民の願いや祈りが積もり、大日昆布如来の神力の一端を宿した錫杖。
・特殊効果:破邪の音色を重ねるほど地面から胞子が芽吹いて昆布が生え、足場を悪くできる。十分に育つと“昆布締め”攻撃が可能となる。
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鑑定結果を受けて、僕の心の中で、ツッコミが炸裂した。
(へ……昆布締めの刺身ならわかるけど、“昆布締め攻撃”って何?)
(まあ、せっかく板前さんがくれたんだし、大事に使わせてもらうか)
ともあれ、心の中の声は表情にださないように気をつけて、世間一般的な言葉を返しておいた。
「えっ、僕に……? こんな立派な物、もらっていいんですか?」
板前は、いきな江戸前口調で、感謝の言葉を述べた。
「お気になさらず。アッシらの気持ちでさぁ。お客様なら使い道があると思いやして」
そういうことならと、僕は有難く頂戴することを伝えた。
「使い道……まあ、昆布生やす錫杖なんて他に持ってる人いないだろうし、面白そうだし、もらっときます」
“向こうのお店と繋がる”ウインドウ越しに手を差し入れると、昆布人板前が僕の手に錫杖をそっと渡してくれた。僕は錫杖を持ったまま手を引っ込める。
「じゃあ、御馳走さまでした。また寄らせてもらいますね」
「ええ、次は妖精経由でご予約くだせえ。今日みたいにゆっくり楽しめますぜ。ぜひまたのお越しを。ありがとうごぜえやした」
『昆布大将』の板前さんと従業員は、揃って礼をする。
生まれたばかりで身売りされた妖精たちは、これが普通なのだという顔で一緒にお見送りしてくれた。多少胸が痛み、後ろめたい気持ちがあったけど、そこはあえて、触れないでおいた。
(頑張れ。負けるな。生きてればきっと良いことあるさ)
心の中でそう声をかけたら、妖精術師のジョブ効果なのか、妖精たちから魔力パス越しに念話が返ってきた。
(お父ちゃん、早く迎えに来てね……)
(わたしたち、お父ちゃんのために頑張るから)
(いつかお父ちゃんの横に立てる妖精になるから、待っててね)
妖精たちの念話を受け、僕は魔力パスを通じて念話で返した。
(そっか……僕、まだ小作りもしてないのに“お父ちゃん”になったんだ。衝撃の事実だよ。……わかった。また来るから、身体には気をつけてね)
((((はーい))))
そんなやり取りを最後に、ダンジョングルメオンラインの画面は消え、PDS本体は、ゲームの初期設定画面へと切り替わる。
手元の昆布の錫杖を軽く揺らすと、シャランと澄んだ音が鳴った。どう扱うか考えていたところで、武田が声を上げた。
「なあ、翔太、『昆布大将』の板前さんと卵の納品取引しただけで、なんで密教仏具みたいなアイテム貰えるんだ? もしかしてダンジョンクエストか?」
武田の質問に答えを返す。
「うん、どうやらそうみたい。クエスト報酬ウインドウも出てたしね。ジョブ経験値は一万……まあ、レベルは上がらなかったけど」
武田は、羨ましそうな顔で僕を見る。
「まじか。生産系ジョブはそういうのあるからいいよな」
武田は気楽そうに言うけど、僕は全然そんな気になれない。
明日のギルドとの正式交渉を思うだけで頭が痛いし、これからの面倒を想像すると、むしろ武田と立場を入れ替わりたいくらいだ。
「僕からしたら、戦闘系ジョブのほうが羨ましい気もするけど……まあ、いいや。とりあえず、この錫杖、今必要ないし仕舞っとくよ」
『卵BOX』を使うと宙に黒い穴が開き、補充済みの『アイテム回収卵』を取り出した。それを錫杖にコンと当てると、二つは粒子になって混ざり合い、また卵の形に戻った。
妹の美穂は、僕の卵スキルを間近で見て、感想を述べた。
「翔兄の卵スキル、便利よね~。もしかして、それダンジョンバスターズのアバターにも持たせられるんじゃない」
思いがけない指摘に、僕は思わずハッとする。
僕は短くこう答えた。
「えっ……あ、できるかも」
美穂はそのまま軽快な調子で、いつものように軽口を重ねてきた。
「そっか。翔兄、探索者にならなくても、芸能事務所に入って、卵を使うマジシャンでも食べていけるよ。そっちの方が妹として鼻が高いかも」
美穂の言葉からそういえばと、頭の中にエンタメ情報系知識が浮かび上がる。
確か、大手探索者クランにも、それ系があったよな。
そうそう、『ダンスタ』だっけ。正式には『ダンジョンスターエンターテイメント』。
タレント全員が美形探索者で、生々しい部分をカットした探索者活動記録を、テレビ視聴者向けに流している。さらにゴールデンタイムには、ダンスタタレントがゲームやクイズをしている番組を見ない日はない。果てには歌手活動まで一手に手掛ける超大手クランだ。
よく『ダンスタ』とテレビキー局との黒いスキャンダル騒動なんかを、お茶の間から眺めているけど……どうやら美穂は、僕にああいう“表舞台の探索者”になってほしいらしい。そんな頭の中の情報を横に置くと、美穂に向けて軽口を言う。
「じゃあ、美穂。僕のマネージャーでもやる? 食ってけるよ!」
そしたら、僕の心の中にフェアさんの念話が届く。
(翔太様がそっち系に進むなら、フェアも全力バックアップしますよ)
僕はフェアさんに念話を返す。
(いやいや、フェアさん。本気にしないでいいからね。ただの兄妹同士のコミュニケーション取ってるだけだから)
そしたらいつもの締めの念話がフェアから届く。
(あいよー)
頭の中での念話のやりとりが終わった頃合いに、嫌そうな顔を隠そうともしない美穂からの答えが返ってきた。
「い・や・よ。お断り。わたしは、優兄と一緒に探索者パーティ組む道に進むって、さっき、決めたもの」
その僕らの言葉の掛け合いを、横から微笑ましそうに眺めてた小恋路だったけど、ここで横から口出ししてきた。
「美穂ちゃん……考え直したら。悪いけど……うちの兄さん、探索者学校でハーレムパーティ作ってるからね。美穂ちゃんじゃ太刀打ちできないと思うよ。そんな美穂ちゃんが夜な夜な枕元で泣き腫らしてる姿、わたし、想像したくないな」
そう話をしながら、小恋路は、優斗兄さんを侮蔑するような視線を向ける。
一方で、心から心配そうに注意を促す小恋路の優しさが、言葉の端々からにじんでいた。そのせいで、美穂の心がチョロチョロと揺れ動いているのが、傍から見ていてもよく分かる。
「えっ! そうなの? 優兄、わたしのこと、捨てちゃうの?」
美穂は涙目の上目遣いで、直接優斗兄さんに答えを求める。
優斗兄さんは、美穂の目を真っすぐ見詰め、言葉を紡ぐ。
「そんなわけないだろ。美穂のこと《《も》》大事にするよ」
一瞬で自分の世界に入ったチョロインの様子と、その甘くて吐き気がする光景に、僕は心の中で容赦のないツッコミを入れた。
(……いやいやいや。その言い方、完全に“ハーレム前提”だよね)
八神家、長男の優斗兄さんは、朝倉家の僕の妹をハーレムの道に誘おうとしてる。
兄として、ここはさすがに黙っていられない。
ただし、やり過ぎにはご用心。
なんてったって、僕の後ろには、サイコ妖精フェアさんが控えているから。
僕の感情が大爆発したら、一体、この日本はどんなことになるのやら。
恐怖の大王が日本に突如降臨するとか、現実にしたくもないから、余り強い感情は極力排除する方向性でいくしかない。
「優斗兄さん、美穂はまだ中二のお花畑チョロインだから、今から自分色に染めようとするのやめてくれる? 度が過ぎると、ほら……バブリー翔太より先に“小さなラスボス”が出てくるかもよ」
僕の発言を受けて、さっそくフェアさんからの思念が頭の中に流れ込んでくる。
(はい、翔太様、言いつけ通りダンジョンバスターズのアップロード完了ですぅ)
さすがはフェアさん。僕が「あ」といえば、「いうえお」までをしっかり察してやってしまうクオリティには正直、脱帽だ。
フェアさんの念話はまだまだ止まらない。
(もういつでも翔太様の号令ひとつで、優斗ちゃん本人をアバター化して、プライベートダンジョンに放り込めますよ~)
しかも、やることなすこと、しっかりPDSゲームテストプレイにマッチしてるところが素晴らしすぎる。
そして、フェアさんは、えげつない提案内容を、念話で無邪気に繰り出していく。
(えーっと、プレイヤーはどっちがいいですかね~? 翔太様、それとも美穂ちゃん、決まったら教えてくださいね。……ちなみに、この一連の『念話通信』、優斗ちゃんも対象に入ってますよ~)
「そういうつもりはないが……ただ、妹として……」
優斗兄さんは僕の軽口にスッキリとした答えを返さずに、テーブルに付いたまま、しばらく押し黙っていた。
そうした時、ソファに座っていた優斗兄さんがおもむろに、ポケットからスマホを取り出した。画面を見た途端、露骨に顔をしかめる。
さっきまで余裕そうだった表情が、どこかバツが悪そうなものに変わっているのは、きっと気のせいじゃない。
「悪い、急ぎの連絡だ。三日連続で探索サボり扱いされていて、夏休みの予定を至急出せと学生連盟クランから催促が来てる。おそらくはパーティメンバーがチクったんだろう。これから拠点行くから、今日のテストプレイはパスにしてくれないか。埋め合わせは後で必ずする」
そう言い終えると、優斗兄さんは、どこか逃げるような足取りでリビングを後にした。
(演技だよね……)
僕の心の呟きに、すぐさま応じるフェアさん。
(はい、百パー演技ですぅ。なんか、これから優斗ちゃん、クランに待機中のパーティメンバーからのお誘いで~、合流して久しぶりの生命の探索をする気みたいですよ~)
心が読めるからって、なんでも言っていいものでもない。
プライバシーは必要だ。それは知らなくてもいい情報だった。
(フェアさん、そこまでの報告はしなくていいから)
(はーい)
いきなりの優斗兄さんの脱落宣言に、「そんなー。早く帰ってきてね。優兄」と哀愁ただよう言葉を捧げているのは、僕の妹、チョロイン美穂。
そして、優斗兄さんが居なくなるや否や、僕にキッと鋭い視線を投げかけてきた。
「もう、翔兄のせいで優兄出ていったじゃない。どうしてくれるのよ。あとでちゃんと謝っといてよね。しないなら、しばらく口きいてあげないから」
ふん、と顔を僕から背ける美穂。
ずっとソファでテレビを見ていた武田が、さすがに焦れたのか、ダイニングのテーブルまでやって来て、小声で僕に話しかけてきた。
「なあ、俺、先にゲームのテストプレイしてていいか?」
「いいんじゃない。もうしばらくしたら合流するよ」
「わりいな」
そんな武田だが、家族には弟がいても妹がいないからか、そんな美穂を、興味深そうに眺めている。軽く笑みを浮かべた武田は、またソファのほうに戻っていった。
「じゃあ、わたしも武田君とパーティ組んで先にテストプレイしてるわ。翔太は美穂ちゃんのケア、しっかりしときなさいよ。美穂ちゃんもあんまり翔太を困らせるんじゃないわよ。兄妹揃って仲良くね。じゃあね。アデュー」
僕を残して、小恋路も武田の後を追うようにソファのほうに移動していった。
僕は念話越しにフェアさんに相談を持ち掛けた。
(フェアさん。こうなったら、美穂、頑なになるから、どうにかできない?)
僕の念話を受けた次の瞬間には、フェアからの念話が頭の中に飛び込んできた。
(そんなの、お茶の子さいさいですよ~。美穂ちゃんのアバターを強化したげるって金の力で懐柔すればイチコロ、チョロチョロだと思いますぅ)
そのフェアの念話の指示内容に沿ったものが、僕の頭の中に“チョロイン美穂ちゃん懐柔作戦カンペ”として提示された。僕はもっともらしくカンペを暗唱する。
「なあ、美穂、機嫌直せって。じゃあ、お兄ちゃんが美穂のアバターを強化するDPだしてあげるからさ。どうせ、『サーバントカード』にするなら、カッコいいほうがいいだろ。どうする? いまなら無料で特別強化週間実施中だよ」
いまだに不機嫌な様子を貫き通して目線を逸らしたままの美穂だけど、急にモジモジしだしたかと思えば、僕に聞こえるくらいの小さな声で話しかけてきた。
「……本当に出してくれるんでしょうね? 嘘だったら、もう一生、口聞いてやんないけど……」
「そこは信じてもらうしかないかな。ところで、美穂ってどんなアバターにしたの?」
「……ユニコーンよ」
「ちなみに、なぜ、それを選んだの?」
「そりゃあ、優斗兄さんを乗せて運びたかったからよ。言わせないでよ」
恥ずかしそうに俯く美穂。
(そっか。自ら進んでアッシーさんになるって……こりゃ、重症だ)
僕は、頭の中で随時更新されていく“カンペ”を見て、やり過ぎだろと思いつつ、棒読みしたくなるのを何とか堪え、美穂に言い聞かせるように朗読する。
「じゃあ、ペガサスとケンタウロスとユニコーンで種族合成するのはどう? あと『翔兄大好き!!』って言ってくれたら、そこに天使も追加しちゃうけど、どうする?」
「翔兄、キモ、ウザ、一回死んで。ホント、どっか行ってほしいよ……もーお、今回だけはしゃーなしよ。あとで聞こえなかったはナシだからね」
美穂は深呼吸を何度かして、呼吸を整え始めた。そして小さく「あー、あー、あー」と発声練習までしだしては、自分自身の気力を高めている。
(気合い入れすぎじゃない?)
そしてこそっと「はあ、優兄のためよ……負けちゃ駄目!!」という呟き声が漏れ聞こえてきた。
(いや、そこまでのことなの? お兄ちゃん、逆にショックだよ)
そして、美穂は顔を背けたまま、罰ゲーム気分の口調で小さく呟く。
「……翔兄……大好き……ふんだ。これで嘘だったらホント怒るからね」
ツンとしながらデレが入る。
僕は、心の中で悦に浸った。
(夏の季節にピッタリの余韻、心が洗われますなあ。フェアさん、ナイス!!)
思わず頬がゆるんだ。
僕は美穂に話しかける。
「はー、久々の美穂のデレが見れてお兄ちゃんは大満足でした。じゃあ、美穂のPDS、ちょっと操作させてよ。ちゃっちゃと済ませるから、待っててね」
「うん。早くしてね。わたしも小恋路姉たちの輪に入りたいし」
ようやく僕の目と目を合した美穂は、少しぎこちない笑みを浮かべた。
「分かってるって」
美穂のPDSを実際に操作しているのは、もちろん僕の身体を自由に動かせるフェアさんだ。
フェアさんは僕の卵生成スキルと卵合成スキルを扱い慣れた手つきで、テキパキと作業を進めていく。
僕はその邪魔をしないよう、自分の身体から意識を外にそらしつつ、念話で恐る恐る質問をぶつけてみた。
(ちなみにフェアさん、僕の卵生成の中に、ケンタウロスは御経塚で手に入れてて、ユニコーンは美穂のアバターを合成素材として使うとして、天使とペガサスってまだなかったと思うんだけど、どうするの?)
と思ったら、次の瞬間には。
『ペガサスを取得しました』
『大天使オスティネルを取得しました』
『卵生成スキルにペガサス情報を登録しました』
『卵生成スキルに大天使情報を登録しました』
『卵生成スキルにユニコーン情報を登録しました』
僕の頭の中にアナウンスが流れていく。
フェアさんは構わず、僕に念話を送り続けた。
(はい、いまペガサスは購入できましたよ~。天使は品切れ中だったので、大天使になっちゃいましたけど~、大天使はチョット割高だった気がしますが~、まあ必要経費ということで、良いと思いますぅ。石碑オークションに他派閥陣営から、翼をもがれた大天使が一匹出品されてたので~)
「……は? 翼をもがれた?」
思わず、心に思ったことが口から漏れ出てしまった。幸いなことに、美穂は小恋路たちが居るソファに様子を見に行っていた。
(ちょっと入札の応酬で競りましたが、最後には、しっかり競り勝ちました。よかったですぅ)
……もう嫌な予感しかしない。
これは、過去二回の借金パターンと同じ匂いがする。
恐る恐る念話越しに尋ねてみると――……
(ちなみに、おいくら?)
フェアの陽気な口調で語る念話が、僕の頭の中に降ってきた。
(総額は三十兆二千五百億DPでした~。借金は二十四兆DPになりましたけど、C級ダンジョンを支配すればすぐ返せますし~。大天使を卵生成で増やしてオークションに出せば元も取れますよ~。ただ、他派閥が得するので出品は慎重にしたほうがいいと思いますけど~)
――借金二十四兆DP。
(ほら、やっぱりね。マジで最悪!!)
頭がクラクラした。
午前中のプラスだった約六兆DPが一瞬にして溶けて、バブリー翔太からボンビー翔太に、一気に坂から転げ落ちてしまった。
僕は心の中で愚痴を零す。
(はあ……全くついてけねえ)
これは……つまり、新たにC級ダンジョンを三つ支配下に置くDP金額だ。
もう、こうなったら疑問が浮かぶ。
これ、絶対にワザとやってる疑惑が僕の中で持ち上がってくる。
そんな僕の疑問をスルーしたフェアさんは、陽気な口調で念話を返してきた。
(大丈夫ですって~、はい、こっちも作業終了しましたです~)
僕は首を左右に振ってから「はー」と、大きく深く息を吐いた。
ここ最近、フェアとのやり取りは神経をすり減らす。
今日も、精神を何度も上下に揺さぶられた。
これって、全部フェアが仕込んだ精神修行の一環なのかと、思っちゃうほどだ。
それにしても、大天使オスティネル……って何者? 海外の神話には登場しない名前だけど、まああえて突っ込まない。以前、フェアが作成、一部改良した『捕縛洗脳卵』をこの大天使さんを押し込めて『卵BOX』に収納済みってことだと理解はできた。ただ、このまましばらく冬眠してて貰ったほうが精神衛生上いいから、それでいこう。そうしよう。そういえば、翼がもがれたとかフェアがいってたな。
(その、大天使オスティネルさんだっけ。しっかり治療しといてね)
僕がそう念話越しにやりとりすると、すぐさまフェアからの念話のキャッチボールが返ってくる。
(はい、フェアの副官として、しっかり三百六十五日働いてもらう予定ですし~、飴と鞭はお任せ下さ~い)
自分基準で部下を動かすことに躊躇しないフェアさん。今日もブラック一直線だ。
(そう……あんまり、ブラックに染めないで上げてね)
(アイアイサー)
フェアさん被害者の会メンバーが一人増えた。
僕がどうこうする前に、フェアの中ではもう大天使の扱いが決まっているなら、あえて口出しはしない。
サイコ妖精ひとりでも大変なのに、大天使が追加なんて僕の肩には重すぎる。
投資回収も諸々フェアさんにお任せしたほうが無難で安全だ。
下手に首を突っ込んで関われば神の使い扱いされそうで面倒だし。
(うん。見なかったことにしよう)
それにしても、大天使の上司が鬼畜妖精フェアって、すごい逆転ヒエラルキー。多分、今日中に大天使さんの高い鼻がポッキリ折られることになりそうな予感がするけど……
(うん。それも見なかった。心の平穏が一番だし)
僕は心の中で蓋をする。
(またDP借金生活に逆戻りだから、全然平穏じゃないけどね)
そして、僕は最後に、心の中で軽口を言って締めた。
思考の海から帰還した僕は、美穂に短く言葉を告げた。
「はい、美穂、終わったよ」
小恋路のほうで、ゲーム観戦していた美穂は僕のほうに寄ってきた。
設定完了したPDSを美穂に手渡した。
「やった。見せて、見せて。うっわー、うっそー。これ、メッチャカッコよ!!」
第一声からしてその場で飛び跳ねそうなくらい、美穂がめちゃくちゃ嬉しがってる。
「まさか、翔兄がここまでしてくれるなんて思ってなかった。天使の輪が二つあるし、天使の翼が四枚、顔はわたしそっくりだし、角も似合ってる。鎧も真っ白で。馬の部分にも二枚の翼があって。あっ、この翼、消したり生やしたりできるんだ。純白の天人馬騎士って感じだね。こんなの思った以上の完成度だよ。スゴッ、マジスゴッ、翔兄、ここまでしてくれて、ありがと。さすがはわたしのお兄ちゃんだね」
そう僕に礼を言うと、美穂は勢いよく小恋路たちがソファに座ってゲームしてるリビングのほうに、PDSを片手に向かっていった。
「……小恋路姉、見てよ。わたしのアバター、大変身しちゃったー」
そんな美穂を僕は後ろから眺める。
(ねえ、フェアさん。あの三人のなかでもしかして、一番伸びしろあるの、美穂だったりしない?)
(はい、なんといっても大天使の能力値上昇幅は高いですからね~。チョロチョロヒロインの誕生ですかね~)
「……うん、もう好きにして」
小恋路よりも強いチョロインが爆誕したのは想定外だった。
美穂が、はやくチョロインから卒業してヒロインになる日が早く来てほしい。
僕の平穏の日々のためにも――……。




