第35話 朝の日常の風景
夏休み三日目、七月二十三日(金)。
(翔太様、朝ですよ~。修行タイム、はっじっまっるよ~)
サイコ妖精フェアの念話が、僕の頭の中にこだました。
次の瞬間――
僕の魂は、またもや魔力の海の底に沈められた。
フェアの力の一端が解き放たれ、僕の魂を一瞬で焼け焦がしていく。
溺れる。苦しい。頭が割れる。
全身の血管が焼けるような痛みに、反射的に身体が暴れる。
絶叫が出るほどの激痛なのに、自分の声すらフェアの制御下にあった。
苦しくても、パクパク口を動かすだけで精いっぱいだ。
もう駄目。
死ぬほどの苦しみに屈しかけたその時、全ての負荷がスッと立ち消えた。
『スキル:精神抵抗のレベルが上がりました』
『スキル:魂魄保護のレベルが上がりました』
『スキル:精神防御のレベルが上がりました』
『スキル:精神障壁のレベルが上がりました』
『スキル:精神干渉耐性のレベルが上がりました』
『スキル:憑依耐性のレベルが上がりました』
(朝の十秒重圧負荷訓練、終わり。今日もスキルのレベル、上がって良かったですね~。さて、翔太様、気分はどうですか~)
「はー、はー、はー、……最悪デス!」
頭の中にアナウンス音が流れていくが、今はそれどころの話じゃなかった。
汗びっしょり。肩で息をするのがやっとだ。
と思いきや、僕を中心に白いエフェクトの煙が立ち上ると、汗臭さも一瞬で消えて、悲鳴を上げていた身体の疲労も、全てが強制的に癒された。
(『生活魔術』の『洗浄』『浄化』『回復』使いましたので、もう大丈夫のはずですよ~。じゃあ、翔太様、起きましょうか~)
念動力が行使され、強制的に浮かび上がる体勢に移行すると、頭文字に「パ」がつく某警察アニメロボットの専用車両から立ち上がるような動きをさせられる。
これがもっと過激化して、「エ〇ァ、発進!」みたいな掛け声と一緒に、地下駐機場から地上に向けて射出されることがないよう、祈るばかりだ。
(その案、いただきです。面白そうなので、今度やってみますね~)
「いやいや、やらなくていいからね。絶対だよ。頼むからやめてね」
そんなこんなで、朝から気疲れがひどい「フェア流・朝のラジオ体操」をすませて、朝食を食べに行こうとしたけど……そういえば、昨日の夜、ステータス確認するって言っといて、やらなかったことを今頃になって思い出す。
「おはよう、玉ちゃん二号。さっそくだけど、魔力結界お願いしても大丈夫?」
MPは∞でも、油断したら死ぬのがこの世界の怖いところ。
事故はいつも「まあ大丈夫だろ」で起きる。
自転車のヘルメット感覚で、念のため結界をお願いした。
その玉ちゃん二号は、勉強机の上でコロコロ転がりながら、二本の細長い舌を器用につかって、本棚の漫画を取り出し、読み耽っていた。
「おはようでちゅ。結界はもう張ってあるでちゅよ」
と思ったら、すでに結界内はダンジョン化済みだった。
冷静に考えれば、自分の身体から白い蒸気が上がっている時点で、本来なら魔素濃度がダンジョン並みだと気付くべきだったのに、僕はそれを完全に見逃していたようだ。
ただ、フェアの拷問……もとい朝の訓練を無理やりやらされた後で、すぐに察知しろと言われても、無茶ぶりが過ぎるというものだ。
「あ、そう、ありがとね。はあ、朝からDP借金眺めるのはキツいけど、これも安易に妖精を信じた僕への戒めだしね。よし、覚悟を決めよう。どうせロクなことになってないんだろうけど――……」
ひと息ついてから、お決まりの文句を口から吐き出した。
「――ステータスオープン!」
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■ステータス
名前:朝倉翔太(15)
種族:人間
属性:【卵】【迷宮】【光】【闇】【命】【無】【霊】【空間】
ジョブ①:卵売りの商人 Lv.3 ⇒ Lv.35
ジョブ⑧:妖精術師 Lv.1 ⇒ Lv.35
ジョブ⑨:迷宮商人 Lv.1 ⇒ Lv.35
ジョブ⓾:迷宮術師 Lv.1 ⇒ Lv.35
生命力:250 ⇒ 3690
魔力総量:∞
基礎体力:290 ⇒ 3630
基礎魔力:4900 ⇒ 38630
筋力:238 ⇒ 3578
器用:260 ⇒ 3600
敏捷:240 ⇒ 3580
運:102 ⇒ 236
SP:(parameter):40200 ⇒0
SP:(job):4020 ⇒ 0
SP:(skill):4020 ⇒ 0
DP:+1,250,015,000,000 ⇒ −3,749,985,120,000
スキル:卵生成 Lv.10⇒32/卵合成 Lv.1⇒25/卵BOX Lv.4⇒25/卵念力 Lv.1⇒15/生命介助卵 Lv.1⇒12/迷宮卵 Lv.41⇒45/迷宮階層サーチ Lv.25⇒26/迷宮階層干渉 Lv.30⇒31/精神抵抗 Lv.25⇒26/魂魄保護 Lv.1⇒16/精神防御 Lv.30⇒31/精神障壁 Lv.31⇒32/精神干渉耐性 Lv.28⇒29/憑依耐性 Lv.35⇒36/妖精召喚 Lv.1⇒15/妖精強化 Lv.1⇒12/妖精羽根 Lv.1⇒11/妖精繭 Lv.1⇒10/妖精糸 Lv.1⇒9/妖精石 Lv.1⇒8/購入 Lv.1⇒10/販売 Lv.1⇒10/買取 Lv.1⇒10/鑑定 Lv.1⇒8/アイテムBOX Lv.1⇒7/工房 Lv.1⇒5/DPスーパー Lv.1⇒4/DPオークション Lv.1⇒4/ダンジョン罠 Lv.1⇒15/浄化の噴水 Lv.1⇒15/復活の神殿 Lv.1⇒15/真実の鏡 Lv.1⇒15/デイリーミッション Lv.1⇒10/迷宮ポーター Lv.1⇒10/迷宮門 Lv.1⇒10/デイリーダンジョン Lv.1⇒10/プライベートダンジョン Lv.1⇒10/エリアコピーペースト Lv.1⇒10/魔力譲渡 Lv.1⇒15/魔力供給 Lv.1⇒15/
支配ダンジョン;御経塚C級ダンジョン
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「は~、マジか。恐れていた通りだったよ。前回のステータス更新から時間が空いたから、僕用にわかりやすく表示してくれたのは嬉しいんだけど。……はあ、どうコメントしたらいいの、これ? 『フェアさん、よくやった、ありがとう』が正しい反応? それとも、『翔太発進!!』って決め台詞を残して、この場から強制離脱するのが正解なのかな? もうさ、わかんないよ」
そう感想を述べていたところ、憑依していたフェアからの念話が、頭の中に送られてきた。
(翔太様、考えたら駄目です~。心のままに感じるのが一番ですよ~)
「あ、そう、勉強になりました」
改めて、フェア本人の憑依特典の凄まじさを痛感した。
呆れ果てると言ってもいいかもしれない。
まず、気合入れてレベル上げしてないのに上がりすぎ。スキルも増えすぎ……もう、全てがやりすぎ。DP借金も情報更新したから完全確定しちゃったし、朝から嫌なものを纏めて見た気分だった。
(はあ、明日、黒田さんに会ったら、どうやって誤魔化せばいいんだろ)
(でもでも~、これでも、だいぶ抑えたんですよ~)
念話を通じてそう言い訳をかますサイコ妖精さんだけど、フェアさんの言い分によると、一昨日の御経塚魔物進軍の雑魚狩りで、本来ならテイム魔物中隊が倒した討伐経験値の全てを献上しようか迷ったらしい。けど、思いのほか僕がレベル上げに執着してなかったから、数パーセントだけ経験値を回すように設定を見直したそうだ。
それでも、あのテイム魔物中隊にはフェア複製体が憑依していたから、全能力値上昇補正とジョブ経験値八倍、というスキル効果が乗っている。
そうして反映された結果が、今のこの数字らしい。パラメーターの急上昇については、憑依中のフェアのスキル『手加減 Lv.MAX』の影響下にあるので、いまは機動力を最小限にした状態を維持しているとのこと。
とりあえず、朝一からキレッキレのサイコっぷりを示したフェアさんには、あとで読み返せるように、現状のスキル説明書の作成をお願いしておいた。
今日の夜にでも確認するから、それまでにとお願いしたところ、そのスキル説明書はすでに完成しているということでした。
本当、有能すぎるのも考え物だと、つくづく身に染みる朝の始まりだった。
◆◇◆◇◆◇
「おはよう」
朝の挨拶の声掛けをしながらダイニングルームに足を踏み入れると、朝のいつもの光景が、そこにあった。
(……はぁ。精神的に疲れたけど、家の空気はやっぱり落ち着く)
つけっぱなしのテレビから流れるワイドショーの情報には一切耳も傾けず、おのおのが好き勝手に喋るお茶の間の空間に入ると、何だか心が和む。
八神家の兄妹が、朝倉家のダイニングで我が物顔で溶け込んでいる様子も、すっかり見慣れたものだ。
小恋路は、優雅な洋風スタイルの朝食に浸り、昨日のゲームの中での活躍を、さり気なく自慢しているし、妹の美穂は、今日も優斗兄さんにべったりだ。
(……うん、やっぱりこの家、僕の家じゃなくて八神家の別荘だよね……?)
母さんは、いつものように家事をこなしながら、父さんと仕事の予定の話をしている。父さんは新聞を読みふけりながら、母さんの話に相槌を打っていた。
「おはよ、翔太。お、今日は寝ぐせないし。ようやく恋人の前でおめかししてくれるようになったんだ。成長したねえ。いいよ、いいよ。その調子でお願いね」
そういう小恋路は、よそ様の家に上がっても気にならないほどには、毎日ばっちり身だしなみにも気を遣っている。髪にも櫛を通し黒髪に天使の輪が浮き出て、今日も見ている僕のほうが照れちゃうくらい、可愛さが増していた。
「え、普通で良くない?」
「駄ー目!! わたしだって、ときめき成分が欲しいの。翔太もマスコット彼氏でいいなら別だけど、嫌なら身だしなみくらい整えてよね」
「はいはい、してもいいけど、その前に僕を早めに起こしてね。というわけで、明日から僕専用の目覚まし時計でお願いね。お目覚めのチューしてくれたら、直ぐに起きると思うよ」
「いやよ。恥ずかしい……」
(じゃあ、かわりにフェアが担当しますね~)
(いや、いいです。お構いなく)
うーむ。やっぱり普通の彼氏彼女の距離感には程遠い僕らデコボコカップル。 でも、この微笑ましい関係が妙に居心地よくて、「このままでもいいんじゃないか」という心の声に、つい同意してしまう自分がいる。
そんな照れが入った小恋路を微笑まし気にみていると、父さんが横から割り込んできた。
「おはよう、翔太、毎朝、飽きもせず、ラブラブだな。それにしても、今日はいつもより早く起きてきたが、いったい、どういう風の吹き回しだ」
そう声を掛けてきたのはうちの父さん、朝倉 清治(49歳)。
「ほんとね。いつもそうして早起きしてご飯食べて貰えると、母さん助かるんだけど」
父さんの声に同意する口調で話すのは母さん、朝倉 優里華(48歳)。
「それをいうならさ、『寝る子は育つ』なんて嘘を広めた人に文句言う方が先だと思うよ。こんなに規則正しい生活送ってるのに、いつまで経ってもチビのまんま……もう一回ふて寝して現実逃避してきていい?」
「また、そんなこと言って。もう、さっさと朝御飯食べちゃって? 固唾かないでしょ」
「はーい」
いつものように茶碗にご飯をよそい、自分の席につくと、毎朝の献立が僕のお腹の虫を刺激する。
今日はいつものように卵かけご飯だけど、今日はキムチがあったので、キムチとネギときざみのりを追加トッピングしちゃおう。
そうそう、父さんがいるときは、手を合わせ「いただきまーす」と言ってからご飯を食べ始めるのが朝倉家のルールなんだ。
この父さん、そういう細かいところに五月蠅いけど、ただ、別にそれさえ守れば、それほど普段の生活に干渉してこないから、それで良しとしている。
僕が朝の定番である卵かけご飯を食べていると、新聞を畳んだ父さんが、穏やかな口調で僕に話し掛けてきた。
「翔太、今日はどうするんだ。もしダンジョンに行くんだったら、父さんが指導してやろうと思ってたんだが、どうする?」
勿体ぶった言い方だけど、これが父さんなりの家族サービス、なんだろう。
そういうところは、ちょっと嬉しい。
でも、父さんと一緒にダンジョンに潜る気は、やっぱりない。
「……え、僕に特設サイン会の整理やらせる気?」
父さんの眉がピクッと動く。
「父さん目当てのギャラリーを引き連れて探索して、魔物を倒すたびに歓声と拍手。
おまけにサイン攻めに付き合わされて、ついでに『息子です』紹介までセット。
……そんなイベントに、なんで僕が参加しなきゃいけないの?」
(考えるだけで寒気が……)
父さんは呪いで両腕を失い、いったん現役を退いたとはいえ、元S級狩猟者。地上で魔物を討伐する方面では、いまだに名前が出るレベルの有名人だ。
以前テレビで特集が組まれたせいで、僕まで学校で騒がれたことがある。今は両腕に戦闘用魔導義手まで付けているから、なおさら目立つ。
おちおち、父さんと一緒に出掛けると、こっちに被害が降りかかる。
だから、絶対に行きたくなかった。
「そういうわけじゃないんだよ。翔太が初めて自分から動き出したから、父さんも嬉しくてな。息子の成長を父として見届けたい気持ちなんだが……駄目か?」
父さんの凄さは、昔から人伝てに嫌というほど聞かされてきた。
わかってはいる。けれど、その前に自分の身なりを鏡で見てきてほしい。
その外見、一目で正体バレるって、そろそろ自覚したら。
「どうする、小恋路?」
自分で考えるのがもう面倒になって、隣の小恋路に丸投げしたら、露骨に嫌そうな目が返ってきた。「なんで私に振るのよ」という文句が、無言のままグサグサ刺さってくる。
(小恋路の総額五兆の特大お買い物……昨日の悪夢、忘れてないよ)
(あれ全部、僕のツケに回ってマイナス三・七兆DP背負ったの、もう忘れたの……?)
長年かけて積み上げた二人の阿吽の呼吸を信じて、僕の言いたいことを視線だけで投げてみた。
そしたら「わかったわよ」という睨みのあとに、小恋路は急にニッコリ笑みを浮かべ姿勢をただすと、うちの父さんに語り掛けた。
「清治小父さん、ごめんなさい。今日の予定は、もうあるんで……」
「あ、そうなんだ。ちなみにどんな予定なのかな?」
「普通に仲間うちの遊びですよ。隣の家で翔太とクラスメイトと勉強会したあとで、ゲーム大会して遊ぶ約束してるから。そういうわけで、またでいいですか?」
「なら、仕方がないか。またにするよ。そういえば翔太、お前宛に探索者ギルドから封筒が届いていたぞ。触った感じだと、カードが入ってる感触だったが……」
そう言うと、父さんは僕に封筒を差し出した。
(そういや思い出した。一昨日、探索者カード貰い忘れてたんだった……)
魔物進軍掃討戦後、夜遅くに受け付けに並ぶの面倒だったし、次の日でいいやって速攻で帰ったからね。まあそれでも、父さん母さんからのお叱りは受けたけど。
昨日も普通に『迷宮商人』専用のコマンドウインドウ、購入コマンドから普通に決済できたし、不都合感じなかったから、ただ単にど忘れしてた。
とりあえずは、咄嗟に頭の中に浮かんだストーリーを父さんに話して聞かせた。
「あ、そりゃ見つからないよね。あの、ほら……カード貰ったはずなのに見つからなくて、てっきり無くしたのかと思って……あはは……。ギルドに忘れてただけだったんだね……」
僕の演技に騙されてくれればいいんだけど、とりあえずは今この場を乗り切ることに知恵を絞ったほうがいい。そう思っていたら、すぐ横で母さんがため息をついた。
「はあ……翔太ったら、そんなんで探索者になって、本当に大丈夫かしら。小恋路ちゃん。しっかり翔太をサポートしてあげてね」
「じゃあ、優里華小母さんの頼みだし、翔太には首に縄つけて連れて歩きますね。ほら、翔太もそれでいいでしょ?」
「ワン、ワン、ワン、クーン……」
僕がここを乗り切る為に咄嗟にとった行動は、場を和ませる行動だった。
この間抜けな演技についてきたのは、息ピッタリの小恋路さん。
「おー、よしよし、翔太君は今日も元気ですね~」
いつものように小恋路から優しく頭をナデナデされて、犬化した僕は満更でもない笑みを浮かべた。
(なんでだろう……ちょっと嬉しい自分が悔しい)
「翔兄、それでほんとにいいの」
妹の美穂が呆れ果てた顔で、超鋭いコメントを投げかけた。
「美穂、それを行っちゃお終いだから、止めて」
優斗兄さんも溜息をついて、僕に冷たい視線を投げかけていた。
場を温かくしようとしたのに、一部、冷たい空気に納得いかなかったけど、この場を乗り切れたのだから、良しとしよう。
こうして、朝食を終えた僕らは、昨日と同じく八神家のほうに場所を移した。
◆◇◆◇◆◇
一足先に、夏休みの課題を抱えて、美穂と優斗兄さんが八神家に向かった後を追いかけるように、僕ら二人も八神家の玄関に入り、靴を脱ぐ。
「おじゃましまーす」
声を掛ければ、テンポよい返事の声が隣の小恋路から聞こえてくる。
「はいどうぞ―」
スリッパが用意してあるので、それを履いてダイニングに向かおうとしたんだけど、ここにいるのは二人っきり。
そういえばと思い出した、DP借金返済の危機的状況からの対処方法をどうしようかと、小恋路に相談を持ち掛けてみた。
「ねえ、小恋路さんや、首に縄を巻いて連れ歩く前にさ、僕の首、DP借金の縄で絞められてるんだけど、なんかさ助言があれば、教えてほしいな……」
(……なんで借金背負ってる僕が下手に出てるんだろう)
小悪魔モードに変身した小恋路さんは、妙に陽気な口調で話しかけてきた。
「そういえば、まだ5兆DPのプレゼント貰って、お礼いってなかったね。ありがとね。翔太君。君のことは一生忘れないよ……借金の意味でもね。じゃあ、また何か進展あったら“こっそり”教えて」
(え、それで終わり……ですか)
ニッコリ笑みを浮かべつつ、僕の頭をナデナデするのは、こういうときでも変わらない。
「いやいや、雑すぎるでしょ。そうじゃなくって、なんか他にいうことあるでしょ」
世界中探したって、兆って金額のプレゼントもらう人いないと思うけど、これが小恋路クオリティの本領発揮ということなのか。
僕ごときじゃ、太刀打ちできないかもしれないな。
「そんなの、翔太の友達兼眷属のフェアちゃんの領分でしょ。わたしがでしゃばったら悪いし、さっさと悪魔の妖精に魂を売り渡して、お願いしたらいいんじゃない?」
小恋路が欲望全開になったときの行動力とコミュ力を再評価した、まさに次に瞬間に繰り出された言い訳は、物凄い逃げムーブで、その強者ぶりには、ただ唖然とするしかなかった。
「小恋路ちゃん、フェアは祝福の妖精だって、何度も言ったと思いますけど~」
そこへ僕の身体に憑依していたフェアさんが、能力解除してこの場に姿を現した。
「でたわね。悪魔の妖精」
小恋路は、こう強い言葉を吐いて、フェアを揶揄う。
「いや、実はラスボスだったりして」
と僕が合いの手を差し出すと。
「小恋路ちゃんも翔太様も酷いですぅ。フェア、そんなんじゃないですからね~」
抗議の言葉を声にしたあとに、フェアはぷっくりと頬を膨らませる。
「はいはい、それよりこの場に現れたってことは、救いの手を差し伸べる気があると言う理解でいいのかな?」
「はい、ちょっと時間が掛かりましたけど~、今の翔太様の別荘にピッタリのダンジョン物件、三つほど見繕っておきました~、」
その言葉のあとに廊下の壁際に三つの情報ウインドウが立ち上がり、ダンジョン物件情報が映し出された。
・C級、高岡ダンジョン――
銅製品が多く取れる。昆布人王国迷宮。昆布消費量日本一の高岡に、異世界から昆布人の挑戦状というべき迷宮。高岡銅器の武器が格安な迷宮。
・C級、立山黒部ダンジョン――
立山黒部アルペンルート迷宮。トロッコ電車あり、トンネル迷路あり、黒部ダムあり、剣岳階層には修験者の里あり。雪の街道あり。さあ、貴方も心安らぐ旅にでよう。
・C級、滑川ダンジョン――
無数のホタルイカが灯りとなった海底城の迷宮。海洋深層ポーションはいまなら定価の半額。息ができる海底で深海魔物が支配する領域での探索は、貴方のハートを鷲掴み。
「ダンジョン物件って……はあ、深く考えたら負けね」
「ホントだね。それよりなんかさ、僕より小恋路のほうがフェアを理解してる気がするんだけど……」
「だってさ、冗談で言ったこと、本気で叶えられたら、そうなるって」
うん、そうだよね。その想い。痛いほど伝わった。
「じゃあ、小恋路はどこがいい? 最初はお試しで、この中から一つ選んでいいよ」
「そうねえ、翔太の厚意に甘えさせて貰うとして、わたしなら、滑川ダンジョンかな~。ホタルイカの魔物をテイムできたら、暗いダンジョンもスイスイ探索できる気がするし……」
「お、目の付け所がいいね。魔物を引きつける餌にもモッテコイだし。じゃあ、今日は勉強とゲームのテストプレイでここに缶詰だから、フェアさん、悪いけど、滑川ダンジョンでお願いできる?」
「ハイです~。じゃあ、小恋路ちゃんのために、フェアのほうでホタルイカ魔物、乱獲しときますね~」
「やりー。じゃあお願いねー。……ていうのに、素直に喜んでしまうの、これでいいのかな? 翔太はどう思う?」
「うん、わかるよ。その気持ち。世界観があまりにも違い過ぎて、どう反応したらいいのか、混乱するよね。だから、ここは二人でフェアに立ち向かうしかないと思う」
『滑川ダンジョンを支配下におきました』
さっそく僕の頭の中にアナウンスが流れた。
「わお、はやっ」
「翔太、どうしたの?」
「滑川ダンジョンがたったいま、僕たち二人の別荘になっちゃったみたい」
「あははははは、それじゃあ、新築完成会の意味合いも込めて、お祝いしなきゃね。そうねえ、今日のお昼は何がいいかしら?」
「お任せあれーです。フェアが取って置きの会食を用意しますよ~」
という言葉の後に、僕の頭の中に直接イメージが注ぎ込まれる。
なんでも、滑川ダンジョンに遠征中のフェア複製体のみなさんがダンジョンを支配下に置く際にとれた新鮮な素材が、全て『次元収納』に放り込んであるらしい。
その素材を中継リレーするイメージが流れ込んでくる。
まずは、収納してある海の素材を、高岡ダンジョンに出張中のフェア複製体に引き取ってもらう。
そのまた次に、王国下町に美味しい寿司屋があるという情報元を伝に、そのお店に、新鮮な海の幸を持ち込んで、刺身とお寿司を握ってもらうように、パパっと指示をだしたことが共有された。
その情報は憑依しているフェア複製体を通じて、小恋路にもイメージ念話が届いて共有したようで、ニッコリと笑みを浮かべてこう話した。
「じゃあ、会食の準備はフェアちゃんに任せた。よろしくね」
抵抗するだけ、労力の無駄。早くも順応しつつある小恋路は、全てをフェアに丸投げした。
「アイアイサーです~。あ、そういえば──ちょうど今、武田ちゃんがマンションのエレベーターのボタン押しましたよ~。いいタイミングですね~。じゃあ、今日もゲームのテストプレイ、よろしくお願いしま~す」
これを最後の言葉としてフェアはまた僕の身体に憑依した。
八神家にはダンジョンWi-Fiルーラーがそのまま設置してあるから、普通にステータス更新も普通に出来るとフェアからのお墨付きなので、安心してステータスオープンと念じてみた。
すると。
DP:−3,749,985,120,000 ⇒ +6,250,014,880,000
支配ダンジョン;御経塚C級ダンジョン、滑川C級ダンジョン
(一気にバブリー翔太になっちゃった。でもなんで、迷宮を支配権を奪っただけでこんなにDP貰えるんだろう?)
その僕の疑問は憑依したフェアから直ぐに、解答が帰ってきた。
(魔物を生み出すにもDPが掛かるんです。迷宮神様からダンジョン維持費が振り込まれるから、こんだけ貰えるんですよ~。詳しいことはまたおいおい説明していきますね~)
そういえば、フェアのステータスに載ってたのを思い出した。確かフェアって、第四迷宮神という支配神の下で働く立場だったはず。その神様がかなりバブリーってことなのかな?
(その認識であってますね~。でも、あんまり全部打ち明けると翔太様の頭がパンクしちゃうかもです~)
(じゃあ、一生話さなくていいから。ずっと僕をそっとしておいて)
これで心配の種が一つ減ったと、安堵した僕たち二人は、ダイニングの部屋を跨いで入る。
すると、そこにはすでに、超至近距離で勉強を見てもらい、クンスカと匂いを堪能する美穂の笑顔と、困った妹を見るような優斗兄さんの二人の禁断の甘い世界が広がっていた。
「相変わらず、引くわね」
「同感です」
そこにフェアの宣言通り、来客を告げるドアインターフォンのベルが鳴る。
小恋路がインターフォンに出ると、鼻息荒い武田の様子が画面上に映った。
「武田君ね。どうぞ、入っていいよ」
小恋路の声を受けて、ドアを開ける音と、「オーッス、お邪魔しまーす」という挨拶が玄関から聞こえてくる。
学校の一限目が始まる時間帯にやってきた武田は、八神家のダイニングに入って来るなり、超絶に喧しい第一声を言い放つ。
「よう、翔太、昨日はありがとな。八神もあんがとよ。さっそくだけどよ。俺さ、あの後、家に帰ってからも嵌ってよ。でよ、テストプレイの感想だけど、あのゲームマジで面白すぎ! ダンジョンバスターズを作った奴ら、全員絶対、頭いかれてるわ。マジで最高に笑えたぜ!」
(うん、あのゲームのどこに笑える要素あったっけ)
ただ、これほどの力の入りよう。僕の知らないゲーム要素があって、それを武田がみつけたということか。とりあえず、今日の予定通りに午前中は夏休みの課題をやってから、午後からゲームテストプレイと洒落こむとしよう。
「新之助、落ち着いて。その話は学校の課題やりながら話そうか」
「そうだな。楽しみは後にとっとかないとな」
武田がニヤニヤしてるから、よっぽどのことなんだろうけど、なんだろう?
(……気になるな)
「武田君もあれ、見ちゃったのね。わたしも、あれ見た後、爆笑しちゃった」
うん? 小恋路もみたってことは、この中で僕だけ仲間外れ?
(なんか……嫌な予感しかしないんだけど)




