第34話 ゲーム内リハビリ施設にご案内
「魔物を引きつれてきたよ。新之助、あとは宜しく」
魔物の群れを引き連れ、ひたすら走る僕のアバターは、正面に構える武田アバターとすれ違い、そのまま駆け抜ける。
ちなみに、小恋路アバターは、この場にいない。小恋路本体に憑依するフェア複製体からの指示により、一旦この場から離れてもらった。これは、武田をモンスターハウスに誘導するフェアが、計画実行に移している裏工作の一環だ。
ついさっき、「良い経験値集めの場所探し」に行ってもらう芝居を二人でした。経験値集めの場所を見つけたら、のちのちトレイン役・第二弾として登場する予定で話してある。そう大雑把な計画を話したら、武田は納得してくれた。
そんな武田本人が操作するアバターは、魔物の群れを前に立ち、構えた刀を振り下ろし、一撃、二撃、三撃と、一心不乱に敵を切り伏せていく。ただ、魔物の数が多い。武田アバターの肩がわずかに上下している。はーはーと息が荒い。
(……すごっ)
本物と見紛うほど精巧なアバター。とてもゲームとは思えない、まさに本物の質感だ。
「なあ、翔太も手伝ってもいいんだぜ」
コントローラー操作にだいぶ慣れてきた武田だけど、僕にも魔物討伐に参加してほしそうな目を向けてくる。
「いいよ、いまは武田のターンってことで。気にせずジャンジャン経験値、稼いじゃって」
いまの僕の仕事は、侍大将・武田アバターのサポートだ。
何度か被弾するのも構わずに、パーティウインドウの武田の生命力パラが一定値を下回ったら、フェア特製の回復バフ卵を武田アバターめがけて投げつける。
卵が命中した次の瞬間、白い光が武田アバターを包み込み、傷が癒えて生命力も回復する。回復した瞬間、武田アバターの動きが一瞬だけ軽くなる。その流れで、さりげなく『睡眠卵』も混ぜておく。
そして、討伐した魔物が黒い粒子になって消えたあとに残った魔物素材や魔石なんかを、ひたすら拾いまくる。
武田がゲーム世界に集中する状況を作り出したら、現実世界のほうでも工作活動を開始してもいい頃合いだ。
まずは、八神家で透明になって隠れている玉ちゃん二号に、憑依中に使えるフェア念力を通して指令を出す。指示内容は簡単だ。
(玉ちゃん二号、仕事だよ。武田本人に気づかれない様に、睡眠卵と特製バフ卵を使って回復させといて)
(アイアイサーでちゅ)
まずは、玉ちゃん二号が隠れてる付近に、『卵BOX』の黒い穴を作り出す。
そこから、昨日、戦場に散々まき散らして実証検証を終え、作り置きしてある『フェア特製回復バフ卵』と、フェアが千個も作り置きしている『睡眠卵』を取り出すと、玉ちゃん二号は長い舌でそれを巻き取った。
玉ちゃん二号は、そっと卵を武田の身体に添わせると、卵が粒子となって溶け、身体の中にゆっくりと入っていく。
それから間を置かずに、武田本人の周りでも、かすかに赤い蒸気と白い蒸気のようなものが、同時に立ち上り始めた。
ゲーム世界で武田アバターの回復エフェクトが、また立ち上がり始めたのと、ほぼリンクしたかたちで。
「んん、おい、翔太」
根っからの脳筋とはいえ、自分の身体に起こった異変に、さすがに気付いた武田は、僕に話しかけてきた。
「どうしたの、武田?」
いろいろと裏工作が進行中なのを隠すため、できるだけ自然を装い、言葉を返した。
「なあ、俺に隠れて何やってんだよ。この腕から浮き出る赤いのと白いの、これ、なんだよ」
ゲーム画面から目を離して、武田本人が見ているのは“自分の腕”だ。
(まあそうなるよね……魔素濃度が薄い地上でエフェクトが見えるなんて、本来ありえないもんね。これも、玉ちゃん二号が八神家のリビングダイニングをダンジョン化して、魔素濃度をダンジョン並みにしてるせいなんだけど……説明するのが面倒すぎる)
そう話し終えた武田本人は、ゲームを一旦テーブルに置いて、腕を曲げ伸ばしして僕に見せてくる。その腕からは赤い蒸気と白い蒸気が交互に揺らめいているけど、赤い蒸気はすぐに消え、白い蒸気はもう少し続きそうな勢いだ。
赤い蒸気の正体は、『睡眠卵』の睡眠吸収効果。
白い蒸気の正体は、戦場で大変お世話になった『フェア特製回復バフ卵』効果だ。
武田は一度だけ、『フェア特製回復バフ卵』の効果を自分の身体で実体験してる。
「何だろね。このゲームのバグかなんかじゃないの。どうせ、気にしたら負けの仕様でしょ」
そんな軽口を叩いてはいるけど、今の僕たちの第一の目標は、武田と美穂が妖精沼に入る資格があるのか、見極めること。
だから、薄々玉ちゃん二号の異常さに気付いても、何も口出ししない優斗兄さんと小恋路と、上手くやっていけるのか。そこの見極めをフェアさんが厳しく査定してるのが、魔力パスを通じて伝わってくる。
安易に情報公開して「失敗でした~」でフェアが終わらせるわけがない。
後でサイコ妖精のフェアが、武田と美穂の記憶をちょちょいと操作するかもしれない、そんなサイコチックな状況に追いやられるのだけは勘弁してほしいところだ。
「おい、ダチだからって扱いが雑だぞ。ゲームのバグで片づけんなって。地上で赤と白の蒸気なんて出るわけねえだろ、どう考えても変だって」
言いたい事は百も承知。でも、ここは誤魔化すしかないんだって。
「はいはい、それで調子はどう? さっきまで目元に隈があって、疲れ切った顔色だったけど、今はスッキリしてみえるよ」
とりあえずは、話の腰を無理やり変えて、武田の体調に話を持っていったら。
「お、そういえば、瞼の重いのも無くなったし、眠気も感じねえ。身体もポカポカしてあったけえし、だけどよ、これぜってえ翔太、お前の卵効果だろ」
「いや、でもさ、僕、ずっと武田の視界に居たでしょ。卵を手に持って武田に向かって投げてないし。もうさ、あんまり深く考えすぎると、将来、頭禿げちゃうよ」
軽口で話を締めようとした時、丁度いい具合に小恋路アバターが魔物の群れをトレインしつつ、この場に参上した。
◆◇◆◇◆◇
「武田君、いつまでサボってんの。もうすぐ、わたしの魔物トレイン、到着しちゃうよ」
僕らは互いに目線で語り合い、小恋路にナイスアシストと感謝の心を伝えた。
次に、僕に憑依しているフェアから魔力パスを通じ、ゲーム進行状況に合わせて徐々に情報公開される内容を話して聞かせた。
「そうそう、早くしないと新之助のアバター死んじゃうよ。ちなみに、アバターが死んだら、『復活の神殿』で蘇生するのに、一万DP必要らしいからね」
すると、効果は覿面。武田は勢いよく両手でPDSを握りしめると、口喧しくも真剣にゲームに打ち込み始めた。
「おいって、それを先にいえよ。ゲームしてるのにDPがマイナスになるなんて洒落にならねえって。済まねえが、翔太も八神も応戦するの、手伝ってくれ」
「はいはい」「しょうがないわねえ」
洞窟の通路を埋め尽くすように、スライムと大ねずみと一角兎が徐々に迫り、空からは吸血蝙蝠の群れが折り重なるように押し寄せてくる。
先頭に立つ武田アバターが刀を構え、自動詠唱を唱える。武田流アーツだ。
『一太刀は終わりにあらず。白き軌を描きて巡れ、命運を断つ輪廻の刃――白軌輪廻!』
武田アバターがアーツの技名を声高に叫びつつ、踏み込みと同時に一太刀。振り抜いた軌跡に沿って白い残光が走り、前列の魔物がまとめて黒い砂となって崩れ落ちた。
武田アバターの一撃で前列は消えるが、後列が波のように押し寄せる。
しかし、忘れて貰っては困る。
こちらの前衛二枚目は、三つのジョブを持つ、S級探索者候補間違いなし、英雄姫の小恋路が後ろに控えている。
その小恋路アバターが一歩踏み込むと、武田アバターを意識して上段の構えを取る。そのまま全身の力を蓄えつつ、英雄流アーツの自動詠唱を始めた。
『白き雷よ、この一刀を天槍と成し、道を穿て――英雄流・白雷一刀貫穿《はくらい いっとう かんせん》』
小恋路アバターも中二病満載の技名を叫びつつ、雷をまとった一閃を放つ。細い通路の奥まで白雷が駆け抜け、一直線上の一角兎たちを縦に割って消し飛ばした。
ゲームプレイヤーである小恋路本人は、ゲームBGMと一緒にコントローラーマイクから流れてくる自分の声色にちょっと恥ずかしそうにしてる。
けれど、後ろから後ろから湧いてくる群れは減る気配を見せない。
直ぐに乱戦に突入する。
僕のアバターは武田アバターの斜め後ろに位置を取り、抜刀して一刀の元に切り捨てる射線から逃れた魔物に対して、青色の睡眠付与状態にした『睡眠卵』をぶつけて次々に眠らせていた。ただ、前衛二強の勢いには全然ついてイケてない感じだ。
(やば、こっちもそろそろ本気出さないと置いていかれる……)
そう思った次の瞬間。
(翔太様、適当にいくつか攻撃用卵レシピを作って、サブスキル登録しましたので~、良かったら試してみて下さいね~)
僕の身体に憑依するフェアからこんな念話が届くと同時に、頭の中にアナウンスが流れていく。
『サブスキル:手裏剣卵を取得しました』
『サブスキル:トゲトゲ鉄球弾卵を取得しました』
『サブスキル:爆弾卵を取得しました』
『サブスキル:螺旋風刃卵を取得しました』
(戦闘職よりの『卵売りの商人 』。ちょっと、かっこよ)
試しに一通りのサブスキルを使用すると、真ん中に卵がある手裏剣、卵の形を土台にしたトゲトゲ鉄球卵、手榴弾っぽい形をした卵、円状の螺旋竜巻に包まれた緑色卵がそれぞれ宙に浮かぶ。
コントローラーボタンを一つ押すと、一斉にそれらの卵は、自動追尾しつつ標的の魔物に向けて飛んでいく。
手裏剣卵は確実に吸血蝙蝠を仕留め、トゲトゲ鉄球卵はスライムを爆砕させ、爆弾卵はというと、通路の奥のほうで爆発、大惨事の破壊跡を作り出し、螺旋風刃卵は着火した場所が螺旋竜巻が吹き荒れ、風の刃が魔物の群れを無残に切り刻む。
(……いや、これ威力おかしくない? 絶対、商人の仕事じゃないよね? いや、このままフェアに従ってたら、卵売りの武器商人に、ランクアップしちゃうかも)
『卵生成スキルに吸血蝙蝠情報を登録しました』
紙装甲防御の僕のアバターを守るのは、鉄壁の防御陣を敷く玉ちゃん十一号で、鋭い長い舌を駆使して、魔物の急所を一撃で仕留め貫いていく。
ゲーム内での活躍が目覚ましい“戦闘卵種”、緑色の玉ちゃん十一号。それを八神家から透明化したまま楽しそうに見学してる黒色の玉ちゃん二号から、ウズウズしてる感情が僕に漏れ伝わってくる。
二強の前衛がいる前には、ここに押し寄せた魔物の群れでは、正直相手にならなかった。次第に後方には敵が寄り付かなくなり、最後には僕はアイテム回収係に徹した。
「さて、あらかた片付いたわね。お疲れ、翔太、武田君」
「お疲れ、八神、翔太」
「お疲れ、小恋路、新之助」
お二人とも、数の暴力に屈せずに、魔物の群れを殲滅出来て、大満足のご様子。
「じゃあ、次いってみよー」
「おいおい、八神、一回休もうぜ」
「ええー、ここの迷宮十階層しかないから、今日中にクリアしたいんだけど」
「そこまで急がなくてもいいんじゃねえか。どうせ、テストプレイだろ」
「そうだけどさ、ただね、わたしのジョブ『雷風姫 Lv.32』あるから、アバターの経験値、折版だっていっても、ここの魔物倒しても雀の涙だもん」
「え、八神、お前さ、もうそんなにあるのかよ。俺、まだ『侍大将 Lv.10』だぜ」
(そっか。そりゃ経験値入らんわ……Lv.32とLv.10じゃ、そりゃ差が出るよね)
「うふふん。そりゃあ、昨日、前線で沢山格上の魔物討伐したもの」
「マジかよ。俺も八神みたいにブリーフィングの時に、交渉してギルドGメンに土下座してでも翔太と八神と一緒の班になるよう、しとくんだったぜ」
二人の話が長くなりそうだったので、僕は二人の話に割って入った。
「はいはい、新之助、小恋路さんや、もうお昼だし、一回休憩を挟もうよ」
「はあ、もう仕様がないわねえ」
そういうわけで、僕らは一旦、ゲームセーブして休憩がてら、昼食タイムを挟むことにした。
◆◇◆◇◆◇
大変、不服そうな小恋路さんだったけど、僕の奢りで、空から八神家ベランダまで料理を運んでくれるスカイイーツのデリバリーを頼むと言うと、すっかりご機嫌になった。
その際、豪勢な寿司パになったのも誤算だったけど、それより酷いのが、またもやDP借金の再現。
支払いを探索者御用たし仮想通貨DPで支払おうとしたら、マイナス三.七兆DPだったのには、思わず心臓が止まりそうになった。
(は、ナニコレ――……ウッヒョ~~、フェアさーーーーん、これ、どういうこと、ついさっきまで約1.3兆の黒字だったのに、もうマイナスに転じてるんだけど)
そんな借金妖精フェアさんからは、
(大丈夫でーす、翔太様はドーーンと構えていれば、フェアがなんとかしますから~……多分)
そんな念話が届くと同時に、僕の頭の中に領収書のようなものが映し出された。
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実行計画書:第1弾、小恋路ちゃん、バディー計画!!
DP経費
・小恋路ちゃんにジョブスロット3つ解放 ⇒ -3兆DP
・小恋路ちゃんに2つレジェンドジョブ購入 ⇒ -2兆DP
・前回残高 +1.25兆 ⇒ 残高合計 -3.75兆DP
(小恋路ちゃんが、翔太だけズルいって駄々をこねたので~)
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(……いや絶対、桁おかしいでしょ!! 兆って何?)
武田のトラウマももちろん心配だけど、僕もDP借金地獄でトラウマになりそう。
(――誰か助けて)
そんな僕の心の叫びとは裏腹に、八神家を会場とした、笑顔あふれる和気あいあいとした寿司パが繰り広げられていた。
◆◇◆◇◆◇
休憩を終え、僕らは再び迷宮の奥へと進む。
「目的のモンスタールームはこっちが近道よ。ついてきて」
午前中に小恋路が探していたという設定はまだ生きている。
でも実際のところは、ここの洞窟型プライベートダンジョンを管理する、迷宮核になった玉ちゃん三号が“特別仕様”のモンスタールームを作成。僕らはマップ上に赤印がついた第三層の目的地に、武田アバターを誘導している。
武田アバターのステータス欄には、まだ“トラウマ”のデバフが残ったままだ。
つまり、アバターをコントロールする武田本人も同じ状態だということ。
本人は眠気と身体の不調も取れて、大分いつもの調子に戻ってきてる。
武田の心の傷は厄介だけど、フェアの強制的な治療魔術だけは使わせたくなかった。だからこそ、この“遠回りのリハビリ作戦”に賭けている。
「ついたわ。ここよ。さて、準備が出来たら行くけど、武田君、大丈夫?」
ゴツゴツして洞窟の壁面に埋め込まれた重々しい両扉が、僕らの前に立ちはだかる。ここが経験値集めに最適という話で連れてきた場所だけど、実際のところは武田専用に特化したトラウマ解消リハビリ施設だ。
そんなことはつゆ知らず、寿司パで気分アゲアゲになった武田本人は、力の入った言葉を返した。
「おう、いつでも行けるぜ?」
僕らの心配を他所に、武田本人は脳筋濃度を上げてきてる。
「そう……あ、そうだ。武田君。うちの超高性能モバイルバッテリーの翔太君、貸してあげるから自由に使っていいからね。翔太のアバターと手を繋ぐと、魔力譲渡と魔力供給のダブルのスキル効果で、魔法使い放題だから便利よ」
これからの試練を思うと心配する気持ちが強まったのか、小恋路は軽口まじりで、武田本人にまだ話してなかった支援方法を打ち明けた。
「おう、八神。いろいろすまねえな。じゃあちょっくら、モバイルバッテリー彼氏を借りとくわ。頼むぜ、ダチ」
八神家のソファの隣に座る武田は、僕の背中をバンバンと二回叩くと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「じゃあ、モバイルバッテリー彼氏からは、昨日、大活躍した特製回復バフ卵を五個ほど渡しとくよ。これ、効果一時間だから、要所みながら使ってよ」
サイコ妖精フェアさん曰く「ちょっとだけ盛っておきますね~」という特製品質卵だから、その効果はぶっ壊れだ。
改めて思い返すと、その効果は『ステータスパラメータ十倍』、『スキル威力二倍』、『魔法威力二倍』、『再生Lv30』、『自動生命力回復Lv30』、『自動魔力回復Lv30』、『ジョブ取得経験値十倍』、『スキル取得経験値十倍』、『取得SP十倍』、『バフ効果一時間』。
(これさえあれば、モバイル彼氏、不要だと思う……いやマジで)
「じゃあ、俺からもお前らにバフかけてやるよ」
その武田本人の言葉の後に、ゲームの中で待機中の武田アバターが、徐に詠唱を唱え始めた。
『その動き風の如く、その静止林の如く、その侵略火の如く、その不動山の如し――風林火山!』
武田流アーツから繰り出されたのは、バフ系の特殊戦技みたいで、僕ら三人のアバターに緑、黄緑、赤、茶の見た目が派手なエフェクトが立ち上る。
「うわお、かっこよ」
「武田君、さっきからウズウズしてたの、これみせたかったのね」
「どうだ、イケてるだろ」
「うん、最高だね」
これで準備が整ったので、両扉を開けて僕らのアバターは中に足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇
両扉を跨ぐと、中は鍾乳洞のような広々とした空間だった。
天井に目線を向けると、長い鍾乳石のツララが幾つも垂れ下がっていた。
ツララからは、水滴が落ちて、水の飛び散る音がコントローターマイク越しに聞こえてくる。
――モンスタールーム。
その証拠といえるもの――黒い渦、それがフロアの中央に存在していた。
中央で脈打つ黒い渦が、僕らを待っていたかのように膨れ上がり、魔物が這い出してくる。
ストーンビートル。シャードインプ。
そして――無表情の仮面をつけた、細い糸を引きずる人形の魔物。
パペットマン。
サイコ妖精フェアが、武田の“恐怖の核”を再現するために選んだ魔物。
さっそく、迷宮核である玉ちゃん三号の指示により、武田アバターを攻撃対象に定め、パペットマンの特殊能力が次々に発動していく。
そして――
パペットマンの身体がぐにゃりと歪む。影が七つ、床に落ちる。
その影が立ち上がった瞬間、武田の呼吸が止まった。
現れたのは――
A級探索者パーティ『紅蓮の炎』の五名。
佐々木の取り巻き二名。
そして、佐々木の第一夫人候補の高飛車女。
さらに、佐々木子飼いのギルド指導員。
――昨日、武田を追い詰めた連中が、笑った顔のまま、そこにいた。
「……は?」
武田の声は、声になっていなかった。手首が震え、コントローラーを落としそうになっている。目が、焦点を失っていた。
「新之助、大丈夫? いけそう?」
僕が声をかけると、武田は唇を噛みしめ、かすれた声で答えた。
「……無理だ。身体が動かねえ」
その言葉に、胸が痛んだ。
今日、大分元気になったと思ったのに。
まだ、こんなにも心に傷が残ってる。
「じゃあ、ちょっと待ってね。もう少し闘いやすくするから」
(フェアさん、力貸して)
(アイアイサー)
そう言うと僕は、昨日大活躍したテイム状態の封印魔物の群れを、ゲーム世界とは名ばかりの、実在するプライベートダンジョンに解き放つことにした。
僕のアバターに憑依したフェア複製体が力を解放し、『卵BOX』が宙に十の黒い穴を開く。卵が一斉に射出され、上空で膨張し、殻が弾けた。
飛び散った魔素粒子が魔物の形を形作り、次々と孵化する。
――ウッドガーゴイル、五十。
――木製人馬兵、五十。
翼をたたみ、天井の鍾乳石のツララに掴まったウッドガーゴイルの姿は、迫力満点で、いつでも攻撃体制に移れるように身構える。
そして、地上に整列して槍を掲げるのは人馬兵の軍勢。
封印を解除して孵化したテイム魔物は、大体レベル三十~三十二ぐらいの個体。
第三階層の雑魚魔物では、相手になるはずもない。
僕は息を吸い、短く命じた。
「――駆逐しろ」
その瞬間、軍勢が一斉に動いた。
ガーゴイルが上空から落ち、偽・佐々木たちを黒い砂に変えていく。
人馬兵の槍が、パペットマンの変身体を容赦なく貫き、床に影だけを残す。
「なんじゃ、こりゃーーー」
「うわっ……すごっ……今日の翔太、ちょっとカッコいいかも……わたしも負けてらんないね」
負けじと人馬兵の背を飛び移り回る小恋路は、空中から雷の刃を敵陣めがけて撃ちまくり、大暴れしていた。
『卵生成スキルにストーンビートル情報を登録しました』
『卵生成スキルにシャードインプ情報を登録しました』
『卵生成スキルにパペットマン情報を登録しました』
偽物の加害者たちは、何度も黒い渦から補充されては、瞬時に討伐される。
武田の脳裏に焼き付いた“恐怖の記憶”を、上書きするように。
「……悍ましい光景なのに、胸がスッとするぜ。いまでも、これがゲームなのが信じられねえが……」
僕は武田の隣に座り、そっと声をかけた。
「新之助、一撃でもいれれば、あとはテイム魔物が止めをさすし、適当に魔法打ち込んでみたら。昨日、小恋路もこの手法でレベルあげたんだし、新之助も学んでおくと後々楽になると思うよ」
武田の肩が、わずかに震えたまま止まった。
「サンキュ、翔太。ここまで世話になったら、もう腹をくくるぜ。おっし、見てろ」
僕らのアバターは手を繋ぎ、武田は何度も魔法を撃って、撃って、撃ちまくった。
そして、次第に武田の顔に生気が戻っていった。
ゲームを終える間際に武田アバターのステータスをみれば、トラウマの文字は消えていた。
終わってみたら、夕方十八時。今日も楽しく遊んで、気分は爽快。
武田と美穂は明日もゲームしようとご機嫌だった。
夜、枕元についた時、フェアさんの思念が僕の頭の中にこだました。
(今日のは真面目バージョンでお送りしました~。明日はお笑いバージョンでお送りしたいと思いますけど~、翔太様、どう思います~)
(まだ、なんか隠してるんかい!!)




