第32話 ダンジョン革命の予感
「あははははははははは……もう乾いた笑いしか出ないよね」
ダイニングの空気が、さっきまでの雑談とは違う熱を帯びていた。
テーブルの向こうで小恋路が椅子をきしませて身を乗り出し、目をキラキラさせている。ステ振りの話なんて、もう頭から吹っ飛んでいるのが丸わかりだ。
優斗兄さんまで、フェアの“新しい経験値稼ぎ”の説明に、少年みたいな目をしている。普段の落ち着いた兄さんの面影は、そこにはなかった。
順調にフェアの妖精沼にハマっていく二人の様子を見ていると――なんというか、肩の力が抜ける。
(まあ、旅は道ずれっていうし……)
「この調子だと、なし崩し的にリーダーポジ、ゲットできるかもだね」
僕自身の思いを口に出して呟いていると、
「で、フェアちゃん。わたしと兄さんもテスターに選んでくれたってことは、ゲーム機もあるんだよね?」
小恋路は、まるで発売日前日にゲームショップに並ぶ子どもみたいに前のめりになっていた。そのテンションに押されて、テーブルの上のコップがカタッと揺れた。
フェアはというと、テーブルの端にちょこんと座り、特製半熟煮卵をもぐもぐしている。頬をふくらませたまま、のんびり手を挙げた。
「はいです~。すぐに用意できるですよ。それじゃあ玉ちゃん二号、出番ですよ~」
「了解でちゅ。頼りにされるの嬉しいでちゅから、頑張るでちゅ」
玉ちゃん二号は、拳二個サイズの卵からぷるぷる震えながら膨らみ始めた。
空気が押し広げられるように、部屋の温度が一瞬だけ変わった気がする。
「むーーーーん……生まれるでちゅ!!」
炊飯器くらいの大きさになった瞬間、ぱかっと口が開き――
銀色の宝箱が、ぽんっと吐き出された。
絨毯の上にふわりと落ちた宝箱は、青みがかった冷たい光を反射している。
装飾付きの豪華な箱で、どう見ても地上の品じゃない気がした。
「ふう……任務終了でちゅ」
玉ちゃん二号は、表面に浮いた汗を長い舌でぺろりとひとなめ。
優斗兄さんが片手で頭を押さえた。
「待て待て、なんで地上でミスリルの宝箱が出てくるんだ。普通にありえないだろ……ミスリルは上位希少クラスでも滅多に出ないのに」
あり得ない、とでも言いたげな優斗兄さんの表情を補足するように、魔力パスを通じてフェアから念話が届く。
(翔太様、宝箱のランクで言うと、ミスリルは上から三つ目の希少クラスになりますね~)
「へー、そうなんだ」
そんな説明なんて耳に入ってない小恋路は、宝箱を開けた瞬間、全身で喜びを爆発させた。
「いやっほー! 誰も遊んだことないゲームを初プレイって、超快感かも!
しかもゲーム機が魔道具で、ダンジョンWi-Fiルーター完備って、もう最高!
ねえフェアちゃん、いっそのことわたしと結婚しない?」
冗談のつもりの言葉に、彼女の目はやけに真剣だった。僕は内心で焦る。
(あれ、これ、フェアに僕、負けてね?)
ただ、そこはフェアさん。
卵もぐもぐタイム中のフェアは、のんきな口調でキツい発言をいい放つ。
「フェアと結婚するには、超キツい花嫁修業とセットですけど、大丈夫ですか~」
小恋路が、しょんぼりとへにょんとへたれた。
「……やっぱやめとく」
十五年の幼なじみ歴が一瞬でフェアに負けたかと思ったら、小恋路が挫けた。最後まで立っていたフェアが勝利だ。
ということはだ――。
(もうさ、こんなチビより、フェアが主人公でいいんじゃね)
僕は苦笑しながら、小恋路のテンションの乱高下を見届けると、今度は自分が実践で学んだフェアとの付き合い方の“極意”を優斗兄さんに伝えた。
「フェアの話は、基本『ふーん、そうなんだ』で流すのが一番。抵抗すると疲れるよ。優斗兄さんも、早く耐性つけたほうがいいんじゃない」
さっきまであれほど悩んでいたDP借金の件からもわかるように、フェアは僕たちがいちいち動揺する姿を見て楽しんでる。もはや、それは疑いようがない事実だとすら感じている。
「それはつまり、俺を巻き込む気満々ってことか……」
「まだ言う? さっき涙あふれる感動宣言したの、もう忘れちゃったの?
年長者として、自分の言葉には責任を持たなきゃね」
図星を突かれた優斗兄さんは、ぐっと言葉に詰まる。ほんの少し前まで頼れる大人の顔をしていたのに、今は完全に、反論材料を失った子どものようだ。
「くっ、殺せ……」
全面降伏した優斗兄さんをどう使うかは、もう僕の心の内しだいだ。とりあえず、せいぜいこき使ってあげるとしようか。
「いや、殺さないよ。手足に縄を括りつけてでも、地獄の底まで付き合ってもらうから」
がくりとうなだれる優斗兄さん。そこにサイコ妖精と従者卵が追い打ちをかける。
「じゃあ、フェアもお供するです~」 「玉ちゃん二号もお供するでちゅよ」
そんな僕らのやり取りに業を煮やした小恋路は、宝箱から取り出したゲーム機を優斗兄さんに手渡し、自分の分は胸にぎゅっと抱えてテストプレイに誘ってきた。
「ねえねえ翔太、兄さん、いつまでも話してないでさ、『ダンジョンバスターズ』って新作ゲーム、早くテストプレイしよっ」
「このゲーム、パーティも組めるんだって。アバターは自分自身のステータス初期設定からスタートできるみたいだし、すごい本格的だよ。早くやろうよ」
小恋路に憑依してるフェア複製体からの念話情報なんだろうな。
こっちは初見プレイなのに、小恋路はまるで二周目のように自信満々で説明した。
◆◇◆◇◆◇
結局、僕らは小恋路の勢いに押され、フェア命名『private-dungeon-switch—―略してPDS』に初めから入っていた『ダンジョンバスターズ』をテストプレイすることになった。
三人のアバターはそれぞれ自分そっくりの容姿で生成され、能力値は初期ステータスのまま。僕は非戦闘職の二ジョブ持ち『卵売りの商人 Lv.1』『迷宮術師 Lv.1』かと思いきや、あとで覚えた二ジョブも覚えてて『妖精術師 Lv.1』『迷宮商人 Lv.1』、全部で四ジョブ持ちだった。
小恋路は『雷風姫 Lv.1』。
優斗兄さんは『聖騎士 Lv.1』。
二人とも戦闘職で、全員、最初は揃って横一線のレベルスタート。
そうなると、八神兄妹の間で勝負に火がつくのは当然の流れだった。
勝負のきっかけになったのは、最初に小恋路から飛んできた一言だった。
「よし、ボタン配置は掴めた。兄さん、どうせなら勝負しない?
昨日、わたしさ、討伐数で勝っちゃったけど、まさかあれが本気じゃないでしょ。
『いつか探索者として俺を追い越してみろ』って昨日の新人研修のとき言ってたし、同じ土俵で勝負するにはさ、このゲームいい環境じゃない?」
小恋路は、テーブルの隣に座る優斗兄さんに、挑発めいた笑みを向けた。
「どう? やる? それとも尻尾まいて逃げちゃう?」
こういう好戦的な態度をとるには訳があるはず。そういえば、昨日の新人研修は小恋路一人だけ、優斗兄さんが後ろから見守る保護者同伴だった。本人的には恥ずかしい思いをしたみたいだし、それが胸の奥に引っ掛かっているということなんだろう。
「臨むところだ。そうだな、先に三階層まで到達したほうが勝ちってことでどうだ?」
そして、今後もシスコンムーブを続けたい優斗兄さんにとっても、小恋路のほうから勝負に挑んでくるのは、内心うれしくて仕方がないっていう状況なんだろうな。
「いいよ、それで。最初に言っとくわ。また勝っちゃったら御免ね」
「よし、決まりだ。その軽口、あとで後悔しても遅いからな。
さて、昨日の魔物進軍掃討戦での雪辱、ここで晴らしてやるとするか。行くぞ、小恋路」
「OK、兄さん。勝負よ」
八神兄妹のバチバチした余熱が、テーブル越しにも画面越しにも伝わってくる。
その横で、「フェアは関係ありませーん」的な解説者ポジをとるフェアさんは、半熟煮卵を頬張りながら『ダンジョンバスターズ』のルール説明を始めた。
「初回テストプレイなので~、F級プライベートダンジョンからのスタートで~す。
今回のダンジョンは、薄暗い洞窟タイプですよ。もぐもぐ……十階層の最奥フロアボスを討伐できたらクリアで~す。あとはプレイしながらおいおい説明しますね~。お三方、頑張ってくださいね~。もぐもぐ……フェアは応援してますよ~」
それぞれがスタートボタンを押して、ゲームを始める。
すると視界に、前方視点ウインドウ、ステータスウインドウ、階層マップウインドウ、コマンドウインドウが同時に展開され、コントローラーの入力に合わせてアバターが滑らかに動く。洞窟内に掲げられた松明からパキパキと木が割れる音がするのを、コントローラマイクがしっかり拾って聴こえた。
機械的なグラフィックでは決して味わえない、本物の“生きた”質感。
動きの一つ一つに実体感があり、足元では地面を踏みしめる音がして、まるで自分の身体がそこにあるみたいだ。
(すごっ、BGMつきかよ。これ、販売したら絶対売れるやつだ)
剣が空気を切る音が響き、スライムがパンと弾ける音、魔石が地面に転がる小さな音に至るまで、ゲーム内の演出が臨場感を増幅させる。
僕がいちいち新しい発見にウキウキしながらゲーム機能に感動している一方で、八神兄弟は「そんなの知ったこっちゃない」と、ゲーム越しにバチバチ兄弟喧嘩を勤しんでいる。
小恋路はVRMMORPGで鍛えたゲーム操作感で、優斗兄さんは実戦経験に裏打ちされた冷静な立ち回りで、初期装備の青銅の剣を振るい、第一階層のスライムや大ナメクジなんかを次々と薙ぎ倒していく。
優斗兄さんと小恋路が握りしめるPDSからは、さっそく、レベルアップしたアナウンス音が聞こえてくる。
僕は後方支援職だから、初期装備は木の棒。
ゲーム操作に慣れようと、初めての対戦相手に選んだのは、ぷるぷるしたゼリー状の丸いスライムだった。
けれど、横から優斗兄さんのアバターに一撃で奪われてしまった。
僕のアバターの足元に残ったのは、小さな魔石だけだった。
「ああ、僕の獲物まで……マジそれ、酷くない? もう少し後方支援職を労ってくれてもいいじゃん」
宙に浮かぶウインドウ越しに、優斗兄さんのアバターが駆け抜ける。
聖騎士の動きは無駄が削ぎ落されていて、敵の攻撃をいなしながら確実に前へ進んでいく。僕はテーブルに座る優斗兄さんを睨みつけた。
「ふっ、甘いな。そんな戯言、姑息な熟練探索者には通用しないぞ。普通にカモにされるだけだ。翔太、いい勉強になっただろ。俺たちは次の階層に進む。翔太はその辺でちまちま経験値稼ぎでもしててくれ」
優斗兄さんの声は冷静だけど、画面の中では激しい衝突が起きていた。小恋路のアバターが真正面から突っ込み、剣を振るう。金属がぶつかる鋭い音、魔法の衝撃波が地面を揺らす振動、火花のようなエフェクトが視界を一瞬赤く染める。だが、次の瞬間――
「そんな簡単に次の階層には行かせないから……って、ええええ」
小恋路アバターの剣撃が、優斗兄さんアバターにことごとく弾かれる。剣先が盾に当たるたびに、硬い防御エフェクトが青白く光り、衝撃が跳ね返される。
小恋路の攻撃は力強いけど、『聖騎士』の初期装備である青銅の盾を構えた優斗兄さんアバターの防御は、それ以上に堅牢だった。
「なんで、なんで、嘘でしょ。わたしの剣の攻撃、全部、弾かれたんですけど」
「ふふふ、小恋路の剣術はまだまだだね。探索者として磨いた盾術スキル、防御スキル、回避スキルの感覚はゲームでも健在だったようだ」
「レベル一とはいえ、これまで現実世界のダンジョン探索を通して覚えたスキル全て、このゲームの初期バッシブスキルとして使えてるみたいだね。只のゲーマーの小恋路には、最初から勝ち目なんかないみたいだよ」
優斗兄さんの一言で、画面の向こうの戦場が急に現実味を帯びた。
二人のPVPは、もうただの遊びっていうより、本気の勝負に近い空気になっている。
剣と剣がぶつかるたびに、周りのモンスターが一斉に反応して、戦況がどんどん変わっていく。
(……この兄妹には、ゲームの中でじゅうぶんストレス発散してもらうのが正解だね。これを現実社会でやられたら、絶対に僕も巻き添え食らうやつだ)
僕は外野席からその様子を見下ろし、次にどんな一手が飛び出すかと固唾を飲んで見守った。
「じゃあ、戦法かえて、次は魔法だとどうかしら」
小恋路が次に繰り出したのは、広範囲の雷魔法。
小恋路アバターの周囲に、臨場感満載のバチバチと雷の火花が弾け始める。
アバターが呪文を呟く演出は、正直びびるレベルで迫力があった。
だけど、そこは冷静さが売りの優斗兄さん。
即座に反応を示す。
詠唱しているあいだに、優斗兄さんは即決で撤退を選び、素早く次の階層へと逃走を図った。
「まったく、初心者はこれだから。小恋路、忠告だ。ここぞというときまで、魔法は取っておいたほうがいい」
小恋路はコントローラーを握りしめたまま、思わず天井を仰ぐ。
椅子から浮いた両足が僕の足にコツンと当たって、「あ、ごめん翔太」と謝りつつ、そのまま椅子の背もたれに寄りかかって大きくのけぞった。
「もう、そんなあっさり躱すの、やめてほしいんですけど。お馬鹿さんなわたし、丸見えじゃない」
魔法を回避された小恋路は、とっても悔しそう。
小恋路アバターは、一度呪文を詠唱してしまうと暫くその場に留まり動けないようで、誰も居なくなったフロアに、無数の稲妻の針が地面に突き刺ささる。
折角の雷属性の広範囲魔法はただの無駄打ちで終わった。
「あーんもう、一瞬でMPが底をついちゃった。雷魔法って使い勝手悪いわね。ねえ、フェアちゃん、マジックポーションは何処に売ってるの?」
小恋路が視線をフェアに向けた瞬間、思わず口をぽかんと開けた。
卵を食べ続けていたはずのフェアさんは、気がつくといつの間にか念動力で八神家の冷蔵庫からパック入りの葡萄を取り出し、食後のデザート感覚で皮ごとがぶりと頬張っていた。
「あ、それ、わたしの……」
丁度、葡萄をもぐもぐ、ごっくんと飲み込んだフェアさんは、話を遮るように、小恋路の質問に答えた
「はい、この葡萄、瑞々《みずみず》しくって美味しいでーす。小恋路ちゃんの質問に答えるとですね~」
フェアは、ぷちっと葡萄をかじりながら指を折っていく。
「まず一つ目。プライベートダンジョンでは石碑はないので~、ポーションは基本、宝箱から取るか、魔物討伐素材から得るルートになりまーす。
二つ目。翔太様の『迷宮商人』のスキルから、石碑システムを経由してポーションを買うルートもありまーす。
三つ目。翔太様の卵生成スキルで魔力回復卵を作って、小恋路ちゃんアバターに譲渡するとか~。その魔力回復卵を商品として扱って、DPで売買交渉したり~、もできます。
そして四つ目。それすら面倒だったら、翔太様が昨日の夜から朝にかけて寝てて暇だったので~、フェアが翔太様のステータス弄っておきました。
そのときに『魔力譲渡』と『魔力供給』スキルをSP消費で取得しておいたので、翔太様アバターと手をつなぐだけで、魔力回復できますよ~」
「さすがはフェアちゃん。用意周到ね。今後も翔太のステータスメンテお願いね。じゃ、そういうことだから、翔太、早くこっちのフロアまで駆け足だよ。ささ、早く、早く。兄さんに負けたら翔太のせいだからね」
小恋路は、ゲームの画面から一瞬も目を離さないまま、当然のように僕を作戦に組み込み、勝負の行方まで丸投げしてくる。
このテンションのときの小恋路は、だいたい僕のリソースをフル活用する前提で話を進めてくるから、付き合う方は毎回、大変な思いをするまでがセットになる。
「はいはい、今向かってますよ~。ていうかさ小恋路さん。僕って、完全に便利な魔力バッテリー扱いなんですけど、もう少しこう、彼氏として立ててくれるとやる気で出るんですが……そこんとこ宜しくできないかな?」
軽口っぽく言いつつも、内心としてはわりと切実な要求だ。
なにごとも最初が肝心だし、ここで「高性能モバイルバッテリー」ポジを簡単に受け入れてしまった日には、どんどん扱いが雑になる未来が想像できたので、言いたい事は言ったつもりだったけど。
「大丈夫、大丈夫。分かってるって。翔太はわたしにとって、可愛い大切なマスコット彼氏なんだから。メンテは怠らないって。ちゃんとするから、やる気出そうよ」
(マスコットって、小恋路さんや。いくらなんでもぶっちゃけすぎでしょうが……)
笑いながら言うそのセリフが、冗談半分、本気半分なのを、僕はもう知っている。
マスコット扱いなのはちょっと不満だけど、「大切」の一言で、結局ちゃんとやる気を出してしまうあたり、僕もだいぶチョロいと思う。
ただ、妹の美穂と血を分けた兄妹だから、僕の中にもチョロイン属性の血がしっかり流れてるって証明ができてしまったのが、なんとも歯がゆかった。
「はいはい、マスコット彼氏が行くまで待っててね。あ、魔物トレインして向かうから、そっちで何とかしてね」
「まっかせなさい!!」
急いでいたから魔物トレインしたまま目的地フロアまで辿り着くと、待ち構えていた小恋路アバターが『姫武装』アーツを使用していた。キラキラエフェクトをまき散らしつつ外見装備を派手に一新した状態で、ホーンラビットとか吸血蝙蝠といった魔物を、バッサバッサと返り討ちにしてくれた。
その後、小恋路アバターに接近し過ぎて、アバター同士で抱き着くハプニングがあったけど、そこはお互い顔を赤らめつつもスルー。気を取り直して、再びアバター同士が手をつなぐ距離までで留めると、両者が握手して魔力充電は無事完了した。
「じゃあ、超高性能モバイルバッテリーの翔太君、パーティ登録して、二人で兄さんを追い詰める作戦、いい考えだと思うんだけど、協力してくれるわよね」
「いいけど、小恋路さん。ひとつ忠告しておく。あんまりのめり込みすぎると、フェアの術中にはまるから、気をつけたほうがいいよ」
「そうね。翔太の言いたいことはわかるわ。でも、今だけならいいでしょ。お願い、手伝って」
小恋路のお願い攻撃が来たら、もう無理でした。
惚れた弱みもあって、僕はあっさり白旗を上げてしまった。
結局、小恋路の懇願に押し切られる形で、二人でパーティを組み、優斗兄さんに対抗することになった。
戦術は、僕に一任された。
まずは、戦術を作るにあたっての想定できる行動予測を考えてみる。
外部支援の玉ちゃん二号を使えば手っ取り早く勝てるだろうけど、今回はテストプレイという体裁を壊したくないし、フェアが中立を保っている状況を汚すのも避けたいところだ。外からサイコ妖精のフェア複製体とか、テイム魔物など強力な個体を持ち込めば「卑怯だ」と言われかねないし、そうなれば兄妹の関係にも余計な軋轢が生まれる。
だから、ルール内の枠内で公平に戦える方法を模索すべきだろう。
だけど、フェアの憑依支援のない僕の戦闘能力と支援能力じゃ、お話にならないレベルだ。
現状の問題点はそんなところだな。
それならば、ダンジョンにおいては使い勝手がいい僕の迷宮術師のスキル――『迷宮卵 Lv.1』スキルをプライベートダンジョン内で使えば、いいんじゃないか。
優斗兄さんの見てる前でスキル操作をすれば、それで問題解決。
『迷宮卵』同士、リンク機能があるから、このゲーム内のプライベートダンジョンの迷宮核になった『迷宮卵』、玉ちゃん?号にも直接命令できる。
はい、これでもう勝ち筋はみえた。
ただ、その際、ふと気になった点があったので、魔力パスを通じて、フェアに質問を投げかけた。
聞いた内容は――本日、この時点で玉ちゃんは何号まで、存在しているのか?
その質問の答えは。
(えーっと、今の時点だと玉ちゃん十号までいますよ。玉ちゃん一号は御経塚の迷宮核と同化して~、玉ちゃん二号が翔太様が使うダンジョン端末用としてで~、ここのプライベートダンジョンの管轄は玉ちゃん三号ですね。残りの玉ちゃんズにも、このゲームの規模を拡張していくのにプライベートダンジョンの迷宮核になってもらいました~)
そういうわけで、今回僕自身が創造した『迷宮卵』は玉ちゃん十一号に命名決定。
あとは単純な命令さえすれば、玉ちゃん十一号が何とかしてくれる筈。
その僕の期待に応えるよう「頑張るでちゅ」とコントローラーマイクから、玉ちゃん十一号の気合の籠ったセリフがBGMと一緒に耳に伝わった。
それにしても、玉ちゃん十一号の戦術はえぐかった。
僕は、ゲームコントローラ―のマイクに「優斗兄さんのアバターの進路に罠をバラまいて進行を邪魔しつづけて」とだけ命じただけだ。
そこからは一から十までの玉ちゃんズによるリンク支援と、玉ちゃん十一号の独断専行による戦術がはまりに嵌った。
二階層で洞窟迷路に行ったり来たりする優斗兄さんのアバターの足元に、転移罠を連続で仕掛ける。罠失敗は多いけど、いずれどれかは当たる。結果、一階層、一番最初のスタート地点まで逆戻りというわけだ。
近づいてきたら、また転移罠を使う戦術を多用してたら、優斗兄さんがついに切れてしまった。
「お前ら、少しは年長者に対する敬う心を持ったらどうだ」
という敗戦の弁をいただいたこともあり、 勝敗の行方は、僕と小恋路の圧勝で幕を閉じた。
◆◇◆◇◆◇
僕らの中では、確立してるいつもの勝敗ルールがある。小さい頃からずっと長年続いている、朝倉八神家共通ルールだ。それは、勝った方が負けた方に、本日一日限定のルールを命令できるというもの。今回勝者だった僕らが優斗兄さんに命じたのは、語尾に”様”をつけること。
「翔太“様”。スマホ鳴ってるけど、とらなくていいのか?」
敗者となり、若干不貞腐れた表情の優斗兄さんから言われて、初めて気が付いた。
でもスマホの画面を見たら、出る気をなくした。
「出なくてもいいんじゃない。美穂だから。どうせ優斗兄さんを返せって電話でしょ」
そこに、フェアから横やりが入った。
「出た方がいいですよ~、武田ちゃんと遊ぶ約束したじゃないですか~、朝倉家に武田ちゃんが来たみたいですよ~」
まるで近くで見ているかのような物言いだけど、僕の頭の中にフェア透明複製体を経由した、武田が僕の部屋で色々物色している視覚映像が映し出される。
(……いや待て、なんで武田が俺の部屋にいるんだよ。
あ、そうだ。昨日の約束……完全に忘れてたわ)
完全に抜け落ちていた記憶が一気に戻ってきて、ようやく状況が繋がった。妹の美穂が遊びに来た武田を家に入れたのも、全部その流れってわけだ。
そういえばあったね。そんな出来事。
昨日、暗く沈んだ武田を励ます意味でした約束事。
「あ、そういえば、すっかり忘れてた。どうする? 小恋路?」
「うーん……それ、完全に翔太の落ち度だよね。
まあ来ちゃってるなら仕方ないか。どうするの? 武田君、どっちかというと口軽いし、フェアちゃんはなにか考えあるの?」
「フェアは、いまのところは基本、翔太様、小恋路ちゃん、優斗ちゃんにしか姿を見せないことにしようかな~って思ってますけど~。情報がある程度コントロールされてて、秘匿されているという状況こそが真の武器になりますから~、それに抵触しなければ、武田ちゃんをゲームテスターにするのも、問題ないと思ってま~す」
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魔力譲渡
自分の魔力そのものを相手に“移してしまう”チャージスキル。チャージされた側は、その魔力を自由に使える。一度渡した分は基本的に戻らない。一度スキルを使うとクールタイムが必要。クールタイムはレベルに依存する。
魔力供給
手を繋ぐ、接触する、魔力媒体ロープを使うなどで一時接続。接続中に相手が消費する魔力を、すべてこちらが肩代わり。ただし相手の「最大出力」や「制御技術」はそのまま制限として残る。スキル使用中の時間制限あり。使用時間、クールタイムはレベルに依存。




