第31話 フェアさん暴走防止協議会(後編)
「にーらめっちゅ、しーまちゅ、あーちゅっちゅ」
僕と玉ちゃん二号の二人?は、親睦を深める名目で変顔をして遊んでいた。
変顔をして遊んでいる様子は、どう見ても緊張感ゼロだ。
「あはははは、無理、玉ちゃん強すぎ。それ反則だって」
玉ちゃん二号は、僕の頭の中の記憶から「これは」という人物を選んで変身し、全力で笑わせにくる。今回は、髪型まで真似した妹の美穂そっくりに変身。
――ただし、一つ目で。
その顔のまま、口から長い舌を出して、唇の周りをべロリと舐めた。
もうそれだけで、僕の表情筋は崩壊してしまった。
ほかにも、大人の冷静さが売りだった黒田さん一つ目バージョンが、目の前に現れた瞬間には、もう腹を抱えて笑ってしまった。
まだまだある。
昨日、一緒に新人研修に参加した上杉憲政、武田新之助、京極マリン、熱血指導員の鬼塚剛一、黒田さんの部下でイケオジ大好きな赤槻万理華、悪役襲撃犯の佐々木勝正。
昨日の新人研修で、顔と名前が一致する全ての登場人物を一つ目にして、それぞれ声質そのままに「~でちゅ」とされたら、もう腹筋崩壊まったなしだ。
「主ちゃま、よわよわでちゅ。話にならないでちゅ。出直してくるでちゅ」
「ごめんて。でも玉ちゃんに勝てる奴、絶対いないと思うよ。その芸風あれば食べていけるし、芸能界デビューも夢じゃないかも。いっそ、“翔ちゃん、玉ちゃん”でコンビ組んでみる?」
「考えておくでちゅ」
こうして、僕と玉ちゃん二号が関係を育むべくにらめっこしている横で、小恋路と優斗兄さんは、真面目を装って、一心不乱に自分のステータスウインドウとにらめっこしていた。
ときおり、玉ちゃん二号の顔芸に二人共大爆笑してたけど、そこはまあ、ご愛敬ということで、スルーしておくとして。
ここまで来るには、ちゃんとした訳があった。
あのあと、二人の熱い言葉に胸を打たれた僕は――協力を申し出た。
……というのは、ちょっと違って。
実際のところは、録音してある宣言の証拠をこっちが握っているわけだし、「ここが勝負所だ」と畳みかけることにした。
絶対に掴んで離さない、地獄の底まで一緒にいく気合を込めた大暴露は、衝撃とともに二人は受け止れた。
そこからは、もう僕のターンだ。
昨日、僕自身の身に起こった、いや、まさに貧乏神が降臨したかのような悪夢の出来事を、洗いざらいぶちまけてやった。
(まず、黒田さんから聞かされたヤバい話がこれ)
迷宮省の審議官が乗り出してきて、政府管理下の預言者から予言があったこと。
その予言には「味方にも敵にもなりうる存在が生まれる」とあり、それが僕だとされたこと。
(……いや、もうこの時点で胃が痛い)
そこで終わりじゃなくて、さらに政府からは
「政府管理下に入るか」「ギルド管理下に入るか」
の二択を突きつけられた。
拒否したら、僕は監視対象。
家族も友達も巻き込まれる……つまり、僕のせいってことだ。超最悪。
(笑えないよ。マジで――そして極めつけはこれ)
人間側につく気があるなら、御経塚の魔物進軍掃討戦に参加してほしい。
そこで力を示せば、政府もギルドも僕を保護する──らしい。
最終的に「ギルド管理下に入る」と伝えたけど……
(いや、もう本当に昨日は地獄だった)
ここまで一気にまくし立てた結果、『支え合って立ち向かいましょ』という素晴らしい名言を残してくれた小恋路さん。彼女は今、非常に後悔している様子だ。
「……ごめん、翔太。一回さ、頭を整理したいから、休憩しない?」
「そうだな。年長者だった俺が何の役にも立ててなかった反省もしたいし、正直、俺も頭がいっぱいだ。休憩には賛成だ」
「フェアはどっちでもいいですよ~」
こうして優斗兄さんと小恋路の二人の賛成票と、フェアの中立票、そして僕自身が賛成票を投じたことで、『フェアさん暴走防止協議会』の前半戦を終了とし、休憩時間を挟んで、再び後半戦に突入することとなった。
要するに、いまは休憩中というわけだ。
「主ちゃま、これおいちいでちゅ、もっとほしいでちゅ」
玉ちゃん二号の舌が長く伸びて、フェア特製の半熟煮卵をべロリと口の中に頬り込む。
「そうだよね。これ、やっぱ旨いよね。ほらほら、玉ちゃん、もっとお食べ」
僕は、フェアがたくさん作り置きしてくれた半熟煮卵を『卵BOX』から取り出し、器に盛った。
しかし冷静になってみると、僕のスキルだった『迷宮卵』が卵を食べる様子、これ、共食いにしか見えないけど、玉ちゃん二号的にはアリってことか。
そんな取り留めのないことをして和んでいると、小恋路からこんな質問が飛んできた。
「翔太はステ振りしないの? わたし、結構レベル上がってすごいことになってたわ。時間あるんだし、地上でステ振りできるんだから、今やっちゃえばいいのに」
そう話をしながら、小恋路に憑依してる複製体フェアと念話しているようで、「ええ、ジョブスロット三つも解放って、フェアちゃん大好き。愛してるわ」
……みたいな、聞こえちゃいけないワードが普通に飛んできた。
いぜん、なし崩し的に告白した時は、ゲームしながら『じゃあ、試しに付き合ってみる?』だったのに、フェアのほうが優遇されてるようにみえるのは、気のせいか?
(ていうか、ちょっと待って)
ついさっき、フェアが念話で暴露してたのを思い出した。
――ジョブスロット一つ=マイナス一兆DPだったと。
で、八つ解放してマイナス八兆DP……この小恋路へのプレゼント・ジョブスロット解放の原紙って……僕のDPじゃないと信じたいところだけど……
(……いやいや、考えるのやめよ)
あまりにも精神衛生に悪すぎる。ジェットコースターより過酷な乱高下なんか、見る気もおきはしない。
そんな僕の心の声が滑らかに口から出ていく。
「ホントはそうしたほうがいいとは思うんだけど、正直に言うとさ、自分のステータス見るの怖いんだよね。フェアがまた高額DP借金してたらと思うとさあ」
特に、僕の許可なくフェアが小恋路に“3兆DPプレゼント”してたとか知った日には、また前半戦の地獄に逆戻りになる。
(……うん、知らない方が絶対に幸せって、こういう時に使うんだな)
フェアは、半熟煮卵をぱくぱく食べながら、くすくす笑って満面の笑顔をまき散らし、まるで他人事みたいな調子で口を開いた。
「翔太様のステ振りは、フェアがしっかりばっちり責任をもって管理しますから、まかせてくださいです~。高額DP借金しても、返済期日前には利息分もしっかり耳を揃えて返しますから、大丈夫です。安心してくださいです~」
見た目は愛くるしいマスコットキャラだ。ただ、言っている内容の物騒さは裏腹すぎるし、ちょくちょく初耳情報を挟んでくる。
だから、内心でこういう強い思いが頭の中を駆け巡るのは当然だ。
(やめてもらっていいですか。いい加減、お腹いっぱいなんですけど)
石碑システムにDP借金の返済期日なんてあったのはまさに初耳だった。返済できなかったらどうなるのか、興味津々ではあるけれど、それはフェアと二人きりのときに聞くのが筋だろう。
「まあ、結果だけ見たら、マイナス八兆七千五百億DPからのプラス一・三兆だから、株の収支だとしたら大儲けってことなんだろうけど。やったことないから分かんないけどさ。フェアって凄腕トレーダーだったりする? それとも、ただのギャンブラー? さて、どっち?」
「どうでしょう~。DPを借金しても、ヤバくなったらプライベートダンジョンを創造して石碑オークションに掛ければ、すぐに返済できますし、別に気にする必要なくないですか~」
小恋路は、その説明を最後まで聞き終わる前に、小さく首を左右に振った。
これ以上踏み込んだら頭がパンクする、とでも言いたげに、そっと自分のステータスウインドウへ視線を落とす。指先でスクロールしながら、真剣な顔でステ振りに集中し始めた。
優斗兄さんは、ぶつぶつと呟きながら言った。
「探索者養成学校で学んだ知識が意味を成してない。ここはフェアを指導者として仰ぐべきか。ただ、そうしたら、間違いなく翔太のように抜け出せなくなるだろう。やはり優里華小母さんに相談しておくべきだったのでは。でも、そうすると朝倉家全員を巻き込むことになるのは間違いない。ここはあとで翔太と話を詰めておかないとな」
ずらーっと、優斗兄さんの思考がそのまま口から流れ出ている感じだった。とりあえず、思考の海に漂う優斗兄さんが無事に生還できることを祈るとしよう。
「そっか、僕の考える斜め上だったか。納得した」
フェアと僕、お互いの価値観が違い過ぎるのは、ひとまず横に置いといて。
そのプライベートダンジョンを創造するスキル。
(あれ、僕のスキルだったと思うんだけど。おかしいな)
もう、フェアがスキル独占する前提の話に聞こえて仕方がないし、高額DP借金も、これからもする前提で、どうすればこの妖精を大人しくできるのか、全く見えてこない。
それにしても、「翔太育成計画」という名目のもと、僕のスキルを使って、キャッキャウフフと楽しく遊んでいるようにしか見えないのは、気のせいだろうか?
「気のせいですよ、翔太様~」
僕の頭の中に浮かんだ疑問に、即座に答えるフェアさん。
あなたの前にはプライバシーというものが存在しないのだと、改めて痛感しました。
「それより、翔太様、フェアはですね~。面白いこと思いついて、ちょちょいと面白いゲーム機、開発しちゃいました~。翔太様、今暇そうですし、ゲーム機のテスターやってみませんか~」
「ゲーム機って、フェアさん、そっち方面でもチートだったんだ。
あ、そっか。そういえば、魚津ダンジョンで石碑システム、ハッキングしてたっけ。
石碑システムを簡単に書き換えるくらいのスキル持ってるなら、もう疑問に持つのも今さら感あるよね」
「翔太様、だいぶフェアのこと分かってきたようですね~。
ツッコミはほどほどに。ただ、見たままを感じろ、です~。
ちなみに、ゲーム機はこれで~す」
グググっと浮かび出た次元収納の黒い穴からフェアが念動力で取り出したのは──あれ、これ、見覚えのある姿形。
「あ、これ、僕の任〇堂スイッチⅣじゃん」
色も形も、そっくりそのまま。だけど、新品みたいにピカピカだ。
そうだ。フェアには、優斗兄さんのダンジョンカートを無断で魔改造した前科があったんだった。さっきもそうだけど、高額DP借金のことに意識が向きすぎていて、すっかり注意するのを忘れていた。
「はいデス~。ゲーム機本体を一から造るの、さすがに面倒だったので、翔太様の部屋に置いてあったゲーム機を、フェアが魔改造しちゃいました」
全く反省する気がないご発言だ。むしろ「魔改造してやったんだから、ありがたく思えよ」的なニュアンスすら、うっすら言葉に乗っている気がするんだけど。
宙にぷかぷか浮かんでいた僕のゲーム機を受け取ると、たちまち、地上とは思えないレベルの、信じられない初期起動を見せた。
(あ、そっか、今は玉ちゃん2号の結界内だから、大丈夫ってことか)
そうだ。ダンジョンの中なら魔素が大量にあるから、ステータスウインドウが余裕で立ち上がるのと同じ原理で、ゲーム機を中心に、宙に透写された透明なウインドウ画面が四つ立ち上がった。
四つのウインドウを前に、フェアはいたずらが成功した子どもみたいに目を輝かせている。こっちはツッコミどころしか見えないのに、本人はどこまでも楽しそうだ。
「そうでもあるけど、そうじゃないですね~」
得意げにドヤ顔を決めながら、フェアは首をかしげた。僕の理解は大きく外してはいないけれど、本題はそこじゃないと言いたいらしい。
「え、どゆこと」
フェアが指さす方へ視線を向けると、部屋の端の収納棚に、見慣れないクリスタル状の長方形の物体が置かれていた。いつの間にあんなものが、と目を凝らすと、そのクリスタルの中で雪が舞い散るような光景が揺らめいていた。
「あれ、さっき玉ちゃん二号に造ってもらった魔道具です~。名称はそうですねえ、ちょっと長いですけど、ダンジョンWi-Fiルーターでどうですか? この世界の人もわかりやすいかもです~」
「Wi‑Fi」という聞き慣れた単語に反応したのか、ステータスウインドウとにらめっこしていた小恋路の手がぴたりと止まった。ゆっくりと顔だけこちらに向けて、こっち側の会話を凝視していた。
さっきまで小声で思考を垂れ流しながら、頭だけ思考の海に漂っていた優斗兄さんも、そこでようやく現実に浮上したらしい。口をつぐんでぶんぶんと首を振り、今度は黙ってこちらの成り行きを見守り始めた。
「つまり、そのダンジョンWi‑Fiルーターてのがあると、このゲーム機が作動するってことでOK?」
僕の要約に、フェアは「よくぞ分かってくれました!」と言わんばかりにぱあっと顔を輝かせた。小さな手を胸の前でぎゅっと握りしめて、尻尾があったら全力で振っていそうな勢いだ。ていうか、四枚の羽根が高速回転していた。
「はい、ついでに地上でステータスを開けない問題も、これ一つあれば解決できる商品として石碑システムに提案しようと思ったんですけど、翔太様、どう思いますか~?」
詳しく話を聞くと、石碑の仮想売買システム内に『フェア工房』なるお店を立ち上げて、そこで以前フェアがいた異世界の商品を流用し、こちらの世界の新商品として登録して、がっぽり売りさばく腹積もりらしい。
この発言には、これまで横で口をはさまずに耳を傾けるだけにとどめ、沈黙を貫いていた二人も、さすがに反応せざるをえなかったようで。
「フェアちゃん、誕生したのが昨日でしょ。まずは世間の常識を学んでから、そういう話をしよっか。そのほうが絶対にいいから。わたしが断言するよ」
小恋路は、少し腰をかがめてフェアと目線を合わせながら、子どもに言い聞かせるみたいな口調でゆっくりと言った。その顔は笑っているのに、言葉の内容だけはやけに真面目だ。
「そうだ。あまりことを性急に進めると、痛いしっぺ返しをもらうことになる。ここは一旦、信頼できる大人に相談すべきだ」
この場の年長者らしく、腕を組んだまま少しだけ声を低くして告げる優斗兄さん。その表情には、さっきまでの思考ダダ漏れなお兄ちゃんモードとは別の、「八神家の長男」としての責任感がにじんでいた。
「うん。僕もそう思う。信頼できる大人枠だと、黒田さんかな。明後日に多分、探索者ギルドの方から接触してくると思うから、その時にでも話してみるよ。それでどう? 勝手に石碑登録しないと約束できるかな?」
僕の提案を聞いたフェアは、「待ってました」と言わんばかりにぱっと笑顔を弾けさせた。悪びれる様子は一切なく、純粋に新しい遊び仲間が増えることだけを楽しみにしている、そんな無邪気さだ。
「はい、大丈夫です。約束してもいいですよ~。翔太様に交渉権をお譲りしますね。ただ、その代わりと言っては何ですが~、ゲーム機テスターとして小恋路ちゃんと、優斗ちゃんも参加してくれたらの話でどうですか~」
いつの間にか「フェアさん暴走防止協議会」メンバー一同、気づけば足元が土俵際まで追い詰められていた。ここまで押し込まれたら、もういっそ、とっとと止めを刺してもらったほうが楽なんじゃないかという気すらしてきた。
「フェアさん、情報量が多すぎ、三行でお願い」
無茶ぶりのつもりで投げたはずなのに、フェアがきっちり応えてくる予感しかしない。
「はいです~。まず初級プライベートダンジョンを造りましたので、ゲーム機のアバターを操作して探索していってください。アバターの経験値は、ゲームプレイヤーに半分届く仕組みです。これでどうですか~」
僕を含め、この場のみんなが壊れた。
「「「ははははは」」」
なかでも小恋路は、ステータスウインドウを開いたまま、口元を両手で押さえて肩を小刻みに震わせていた。
笑いをこらえきれずに漏れる声を必死で飲み込みながら、それでも目だけは『ダンジョンバスターズ』のロゴから離そうとしない。
「世に出したら、これ、これまでのダンジョンの価値観が一変するね」
僕の視界の中心には、透明なウインドウに『ダンジョンバスターズ』というゲームタイトル画面が、どーんと表示されていた。
直訳すると、「ダンジョンを粉々にぶっ壊す連中」。
けれど、このゲームの本質は、探索者制度そのものをぶっ壊す意味合いが、多分に含まれている気がしてならなかった。
(あったりでーす)
魔力パスを通じて、僕だけに届いたフェアの本音。
八神家のリビングには、フェアの楽しそうな笑い声と一緒に、僕らの乾いた笑いがこだました。




