第13話 午後実習⑩ 実験と立ち直り
第13話 午後実習⑩ 実験と立ち直り
(さて……もうひとり、忘れてないからね。武田――今から起こすよ、新之助)
僕はそっと武田の方へ歩み寄った。
上杉とマリアの甘い空気が背中に刺さるけど、ここは見なかったことにしておく。
武田は、三人の中で一番豪快に寝ていた。
大の字で、口を半開きにして、「ぐおー……」と小さく寝息を立てている。
(……いや、よくこの状況でそんな寝方できるな……)
僕はしゃがみ込み、肩に手を置いた。
「新之助、起きろ。大丈夫か?」
すると――
「ガオー……」
(ガオーってなんだよ。お前はライオンか!)
何度かしつこく体を揺さぶってみるけど、瞼は重く閉じたまま。
(全く起きる気配がない。そういや、新之助って寝相も寝起きも悪かったな)
思い返すと、修学旅行の時はマジ最悪だった。
朝起きたら、超むさ苦しい顔がすぐ目の前、そんな武田の涎まみれの抱き枕にされた僕。同じ部屋メンバーから深夜の熱い抱擁相手がまさかの武田だと聞かされ、クラス女子からは憧憬の眼差しを注がれる中、ついには二人はおホモ達疑惑が飛び交う結果に。これが二人の黒歴史。
(……オエッ)
そんな苦い経験則から、このまま真面目に起こしても、煩いと拳が飛んでくる予感しかしない。
おっ、こういう時にあると便利なもの、閃いた。
んんん、目の前には、ぐーすか鼾を立てて、いまだ深い眠りについてる新之助。
そうそう、起きない新之助が悪いということで、実験台……もとい、スキル能力の可能性をはかる協力者になってもらいますか。
(……てなわけで、フェアさん、出番ですよ)
前回は、目を開けてたからか、凄まじい情報の洪水に襲われ、一時飲み込まれそうになった得難い経験を活かし、今回は最初から、目を瞑って精神安定を意識しながら、魔力パスを通じてフェアに話しかけてみた。
(はーい、翔太様、お手伝いしますよ~。実験には周りの目が邪魔ですから、気配が薄くなる遮音結界はっときますね~)
刹那、フェアが憑依し、サポート体制万全の状態を確保。
「――卵生成」
今回のイメージレシピは、妖精卵・孵化しない・睡魔吸収・睡魔付与・魔力切り替えスイッチ(外見:赤色⇒吸収/青色⇒付与)・睡魔蓄積・衝撃時能力起動同化・能力発動後再構築(百回)・能力発動後手元に戻る・作成時間1秒。
静かな音もなく、僕の手のひらの上に“赤色と青色が半分に別れた卵”がふわりと現れた。
表面はつるんとしていて、ほんのり温かい。
半々に色合いが別れているのがデフォルト状態で、魔力を込めることで赤い側の“睡魔吸収”、青い側の“睡魔付与”に切り替えるイメージにしたんだけど、さて、上手くいったか、試してみよう。
最初、魔力を流してみると、おっ、上手くいった、卵の色が真っ青に染まった。
もう一度魔力を流してみると、真っ赤に変わる。
(よし! つかみはOK!……じゃあ実験台――いや、協力者の新之助くん、いってみようか)
僕は立ちあがると、武田を上から見下ろし、胸めがけて赤い卵を落とす。
卵は武田に接触すると、赤い魔力粒子となって崩れ、そのまま武田の身体に入っていく。
間を置かずに、武田の身体全体から湧き出た赤い粒子は勢いよく宙を流れ、僕の手のひらに集まると、赤い卵の形を成す。で、次は青い卵に変換しておく。
「……んぐ……? ……あれ……?」
青い卵投下――接触。
「……ぐおー…………ぐがー……」
手元には青い卵が戻っている。
(うん、いい感じ)
赤⇒青⇒赤⇒青と交互に繰り返してみたけど、特段問題はなかった。
その度に何度も起きる兆候をみせる武田を見る度にクスッとくるのは、ご愛敬。
(実験に笑いは付き物っていうし……あれっ、失敗だっけ、まあいいや)
とりあえず実験は成功ということで、このレシピをサブスキル登録しておく。
登録スキル名は――『睡魔卵』で決定――すると。
《サブスキル:睡魔卵を取得しました》
アナウンスが頭の中に響いた。
(じゃあ、後は引き継ぎまーす。フェアのほうで『睡魔卵』千個くらい作って、卵BOXに収納しておきますね)
(えっ、なに、その量……多すぎない? 千個って……それもう睡魔の卸売り業者じゃん……)
と思った次の瞬間。
《ジョブ:卵売りの商人のレベルが3になりました》
《スキル:卵BOXのレベルが4になりました》
続けてアナウンス音が頭の中に鳴り響いた。
(いやいや、仕事早すぎでしょ。てか待てよ……あれ……卵生成スキルのレベル、上がらないんだ……)
そう疑問が浮かんだら、即、フェアから答えが返ってくる。
(……卵生成スキルって、経験値上がる要件がムズイですー。条件は卵を孵化させること。卵孵化させて経験値1貰えて、次のレベルに上がるのに必要な経験値が、あと99必要ですねー)
(……いや、レベルアップ条件エグすぎない?)
(……その辺はもう対策済みですから安心してくださーい。しっかり翔太様の育成プログラムにも、盛り込んでますから~!!)
(育成プロ……うん。聞かなかったことにしよう!)
気分が萎えたので実験終了――
気を取り直して、大変お待たせしました。新之助君。お目覚めの時間です。
武田の真横で膝をつき、寄り添う姿勢に整えたら準備完了、
睡魔吸収モードのを武田の頭に向かって落とし――接触。
の効果で、武田の瞼がゆっくりと震えた。
深い水底から浮かび上がるように、意識が戻っていく。
「……ん……? ……あれ……? ……夢か……」
寝ぼけた声。
でも、目が完全に開いた瞬間――
そこに宿った光は、寝起きのぼんやりしたものじゃなかった。
焦り。悔しさ。怒り。そして――仲間を案じる色。
(……やっぱり武田だな)
フェアが憑依しているせいで、武田の心の奥底が、
まるで透明な水みたいに透けて見えてしまう。
――“守れなかった”
――“悔しい”
――“情けない”
――“でも仲間が心配だ”
その声が、胸に直接流れ込んでくる。
武田は、まだ身体が重いはずなのに、無理やり上体を起こし、僕の腕を掴んだ。
「……翔太……」
その声の裏にある感情が、フェアを通して全部伝わってくる。
「……上杉と……マリアは……無事か」
(……ほら、やっぱり最初に出るのはそこなんだよな)
僕はゆっくりと頷いた。
「無事だよ。
二人とも五体ピンピンしてる。
……いま、ちょっとアオハルしてるけど」
武田の眉がぴくりと跳ねた。
その裏で――
(……よかった……本当に……よかった……
俺……何もできなかったのに……)
そんな声が、フェアを通して僕に届く。
武田は大きく息を吐いた。
胸の奥に溜まっていた緊張が、ゆっくりと抜けていく。
でも――
その直後、拳がぎゅっと握りしめられた。
肩の筋肉がぴんと張り詰めて、奥歯を噛みしめる音が、かすかに聞こえた気がした。
「……で……佐々木の野郎は……どうした?」
表向きは怒りの声。でも、心の中は違う。
(……俺がやらなきゃいけなかったのに……
なんで俺は……何もできなかったんだよ……
一矢報いたかった……)
その声が痛いほど伝わってくる。
(翔太様〜、武田さん、いま“やり返したい欲”がMAXですよ〜。
心をほぐすのも簡単ですけど……どうします〜?)
(……やめて。そんなことしなくていい)
僕は心の中でフェアを制した。
仲間の心をいじるなんて、絶対に違う。
武田は悔しさを噛みしめるように、拳を震わせていた。
(……このままだと、武田……自分を責めすぎるな)
だから僕は、ゆっくりと言った。
「新之助。
僕、今日エラー出たでしょ」
武田の目が揺れた。
“規格外の友人”という記憶が、武田の中で蘇る。
「……ああ……翔太……お前……なんか……すげぇことになってたな……」
「なんか……人より魔力が強いみたい……でさあ、よくあるでしょ。
アニメでは定番の修行回。僕って、それに打って付けだと思うんだよね」
武田の心が大きく揺れたのが分かった。
(……翔太が……俺を誘ってる……? 一緒に……強くなるって……?
俺と……? マジで……?)
僕は続けた。
「一緒に見返してやらないか。
僕ら二人でさ。
――で、いつかこう言い返してやるんだ。
お前ら、いくら徒党を組んでも、無駄だ。
さっさと失せろ――雑魚が!! ってね……」
(……まあ、実際に言う時はもっと震えてるかもしれないけど……)
「どうする、やる?」
武田は唇を噛み、拳を握りしめた。
「……お、おう……
やる……やるに決まってんだろ……
俺は……強くなりてぇんだ……
絶対……負けねぇ……!」
その声は震えていたけど、それは弱さじゃない。
決意の震えだ。
(翔太様〜、明日、一緒に遊ぶ約束さえしてくれたら、
後はフェアの方で舞台を整えておきますよ〜)
(舞台って……何する気?)
(明日のお楽しみでーす♡)
フェアはわざとらしく誤魔化した。
真っ暗闇に沈むフェアの深層意識の向こう側はさっぱり読めない。
これはクジラと蟻くらいの実力差があるから仕方ない。
その裏で、
ひみつの百個の特殊卵に意識を飛ばしている気配がする。
(……絶対なんか隠してるよな……)
でも、今は追及しない。
武田の目が、さっきまでの濁った光じゃなく、まっすぐな光に変わっていたから。
「翔太……
明日から……頼む……いや……今日からでもいい。
俺……もっと強くなりてぇ……
一緒に……見返そうぜ……!」
(……うん、それでいいよ、新之助)
武田の瞳に宿った光は、さっきまでの濁った影をすっかり押し流していた。
悔しさも、怒りも、情けなさも、全部いったん胸の奥に沈めて、
ただ“前を向く”時の武田の目だ。
(……ああ、戻ってきた。
これが、僕の知ってる新之助だ)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
仲間が立ち直る瞬間って、こんなにも嬉しいんだな、と
自分でも驚くくらいに。
「ようやくいつもの目に戻ったね。お帰り、新之助」
武田は大きく伸びをし、肩の力を抜くように息を吐いた。
その仕草ひとつで、胸の中の黒い感情が霧散していくのが分かる。
「ああ、ありがとな、翔太。それにしても、あーぁ、なんかよく寝た気分だぜ。ウジウジ悩むのも性に合ってねえし、残りの新人研修、気持ちを切り替えていくぜ」
「そうだね」
その後、武田は今更ながら、怪我が完治していることにビックリしたり、Aランク探索者も襲撃に参加していたのに、何故こんなにのんびりしているかとか、もう色々質問をぶつけてきた。
正直ヘキヘキしている。
武田の質問に対する僕の基本的なスタンスは、分からないで通すことになっている。これは上杉、マリアにも同様のスタンスで対処している。例え襲撃現場を生映像で見てて知っていたとしても、今は答えられない、明日なら答えられるとは言っておいた。
武田は嘘をつくのが下手だから、下手にこちらの裏の事情を話してしまえば、ギルドの事情聴取を乗り切るのは難しい。
その点で三人共、意見は一致している。
どういう感じで詰められるのか、リスクを最小限に抑える為の対策を講じている。
(あまり、大事にならなければいいんだけど……)
そんな僕たちの心配を他所に、
いつのまにやら憑依を解き透明化したフェアは肩の上で小さく笑う。
魔力パスを通じて念話が届く。
(翔太様〜、明日は楽しいですよ〜。
赤い佐々木〜、黒い佐々木〜、白い佐々木〜……
量産型も定番だから準備しとこっか~。
とりあえず、いっぱい準備しておきますから〜)
(……いや、だから何を?)
(お楽しみでーす♡)
フェアは、
翔太にだけは絶対に見せない“黒い笑顔”を浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇
フェアにお願いして、気配が薄くなる遮音結界とやらを解いて貰ったら、さっきまでここでアオハルしてた二人と小恋路は、いつのまにやら忽然と姿を消していた。
(あれ、どこに行った? フェアわかる?)
魔力パスを通じて問いかけると、
フェアの声がすぐ頭の中に返ってくる。
(三十分ほど前ですかね~、新人研修の警備責任者と名乗る人が優斗ちゃんに接触したのを確認したので、見えないこっち側の状況も含めてで小恋路ちゃんに報告しておきました〜)
(……仕事早いな)
(そしたら、小恋路ちゃんから、
“上杉とマリアと一緒に先に事情聴取受けてるから、武田くんが起きたら合流してね”
って伝言を頼まれました〜)
その伝言と共に、イメージ映像が頭の中に投影される。
(なるほど……)
僕は武田の方へ向き直った。
「新之助、ギルドの警備責任者が現場職員十人程引き連れて、現場検証も兼ねて来てる。で、上杉たちは先に事情聴取受けてる。僕たちも今から合流するよ。ついてきて」
武田はむくりと起き上がり、腕時計を見て、目を見開いた。
「……は? もう四時超えてんだけど。今日、四時に石碑前集合して初探索だろ?
上級探索者からの指導、逃すとか……」
拳を握りしめ、悔しさと焦りが混ざった顔で僕を見る。
「なあ翔太、ギルドの事情聴取なんか後回しにして、
そっち行かねえ? 今からでも間に合うだろ……?」
「いや無理だし」
「バッサリしすぎだって。もうちょい躊躇しろよ。俺達友達じゃねえか。死ぬときは一緒だろ」
(……いやいや、新之助と死ぬ気はありません……)
「さっ、いくよ。新之助」
◆◇◆◇◆◇
その後、しのごの駄々をこね続ける武田を何とか宥めながら優斗兄さんたちがいる遺跡の袋小路までやってきた。
襲撃現場跡に戻ってきたんだけど、ひと目見て違和感を覚えた。
(あれれ、何かが足りない……なんだろ?)
口から泡を吹いていた佐々木だが、しっかり目を覚ましていた。
今は目じりに皺を寄せ、我が物顔でのさばっていた。
丁度、連行される場面に出くわしたみたいで、暴れ散らし、辺り構わず当たり散らしている。
「これは俺に対する冒とくだ。さっさとこれを外せ!! 早くしろ!!」
その手には当然手錠がつけられていた。
まあ、それはどうでもいい。
「お前たちの顔も全員覚えたぞ。覚悟しろ。しっかりこの落とし前はつけさせてもらうからな」
暴れる佐々木を、強引に両脇から押さえつけるギルド関係者の姿が視界に映り込む。
(……ああ、煩いな)
「なあ、殴ってきていいか?」
武田は目がマジだ。拳を握りしめ、いつでも襲い掛かれるよう、ゆっくりと歩を進める。このままいったら、乱闘騒ぎになりそうだから、感情を排した冷静な口調で押しとどめる言葉を吐く。
「周り見なよ。捕まるよ。マジで」
武田は周りを見渡すと、他の探索者も拳を握りしめ堪えている姿を目の当たりにし、大人の対応ぶりを見て、冷静さを取り戻したようだ。
(……だったら、消しちゃいましょうか)
(……お願いだから、止めて……頼むから)
(ホント、血の気の多い人、大杉君だって)
視点を動かすと、暴行容疑者の佐々木から大分離れた位置に、ギルドGメンの腕章をつけた男性と女性の二人から上杉・マリアが事情聴取を受けていた。
小恋路もそこから少し離れた場所で事情聴取を受けている。
僕の存在を発見した小恋路は、僕に向かって手を振る。
僕も手を振りつつ、小恋路が事情聴取を受けている所に方向を定めると、その真横に武田が並んで付いてくる。
僕は小声で言った。
「新之助。大丈夫。“何も知らない被害者”で通せばいいから」
武田はごくりと喉を鳴らし、小さく頷いた。
「……お、おう……任せろ……
……早く終わらせて、魔物討伐するぞ……」
(……まだ諦めてないんだ。これは、新人研修終わってからも、付き合わされそうな予感がひしひしとする……)
当たる確率が高そうな考え事をしてたら、武田が足をとめ、何故か上空を見上げている。
「……おい……翔太……上見てみろよ……スッゲー」
「――あっ、そうか、これだよ!!」
襲撃現場跡に戻ってきて感じた違和感の正体――そう、ダンジョンカートが停車してなかったんだった。
上空を見上げるとダンジョンカートは遊覧飛行をしていた。
乗員は満席のようだ。運転席で操縦しているのは、勿論、優斗兄さん。
研修でみかけた新人やら、他この迷宮で探索する一般探索者、そんな人達が大勢集っている場所があるから、どうやら、そこが遊覧飛行の待合場所のようだ。
一部、鑑識捜査員やら新人研修警備員と背中に書かれた服装の人も並んでいるのは、どういうことだろうか。
(……なんだこれ?)
いい大人の探索者の集団が、目をキラキラさせて待っている。まるで夢を叶えるまで待ちきれない少年のような眼差しで。
「おいおい、あれ、運転してるの優斗さんだろ……俺も後で乗せて貰いてえ。なあ、翔太からも頼んでくれよ」
(……さっきまで事情聴取から逃げようとしてた人と同一人物とは思えない……)
武田の目は、完全に“遊園地に来た小学生”のそれだった。
(優斗兄さん、探索者やめても大丈夫だね。遊覧飛行の仕事でも食べていけそうだよ)
聴取へ向かった。
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「この後一体どうなるのっ……!?」
と思ったら
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
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